響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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絶不調

 

 「楽器にとって、天敵の季節が来てしまった……」

 

 音楽室、窓の外の曇天を恨めしそうに見上げながら、秋川はそう呟く。

 まだ6月前だが、関西一帯は、予定より早い梅雨真っ只中で、外は雨が降っている。今日は合奏練習の日で、周りを見てみると全パートが集合していた。

 

 「ペットは金管だから、まだ良いじゃないですか」

 

 すると、隣に居た一年のトロンボーン担当の塚本が、そんなことを言って来た。他パートの後輩なのに何故こんな仲が良いのかと思うかも知れないが、そもそも吹奏楽部と言うのは女子が多く、男子は肩身の狭い思いをする。

 すると数少ない男子同士、他パートでもすぐに仲良くなれるのだ。サンフェスの練習の時は着替えで一緒の教室になる事もあって、秋川と塚本は先輩、後輩の間柄としていつの間にか仲良くなっていた。

 

 「分かってないなー、塚もっさんよ。金管だって、油断したらカビとか生えるんだぞー?」

 

 秋川は尚も恨めしそうに空を見上げてそう返す。

 楽器にとって湿気は、天敵と言える。特に木管。オーボエやクラリネットは、その影響を受けやすい。湿気で水を含んでしまった楽器は、安定した音を出せなくしてしまうのだ。

 

 「ああ、こんな環境で、みゆきも可哀想に……」

 

 「楽器に名前付けてるんすね……」

 

 悲痛な顔でトランペットに頬擦りをする秋川に対し、苦笑いになって塚本はそう返す。

 空模様と同じく、秋川の気持ちも下がり気味だった。

 すると、音楽室の扉が開き、部長の小笠原が入ってくる。

 

 「はーい、それじゃあ、今日から合奏始めます。滝先生は別件で遅れて来るので、まずはチューニングと基礎練から始めましょう」

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

 こうして、合奏の準備が始まった。

 

 ___________

 

 

「少し、音が安定してないので、各自気をつけて」

 

 「「「はい」」」

 

 「自分の耳で、自分の音と周りの音。ちゃんと確認しながら外さない様に」

 

 「「「はい」」」

 

 「じゃあ、5分休憩で」

 

 小笠原の掛け声と共に、緊張感が張っていた音楽室が、少しばかり緩む。滝先生はまだ来ておらず、今は彼女が中心となって練習を進めていた。

 

 「あー、なんか調子上がらん……」

 

 秋川が音楽室の天井を見上げながら、そんなことを呟く。

 周りに迷惑が掛かるほど集中力が散漫なわけでは無いが、秋川の気持ち的には絶不調と言ったところだった。

 

 

 「おー、アッキーがそんな顔してんの、初めて見たかも」

 

 

 すると、天井を見ている秋川を上から覗き込む様にして、茶髪を後ろで一つに束ねた髪型にした一人の少女が話しかけて来る。

 

 「あ、なつきち」

 

 その吊り目気味の少女は低音パートの2年。ユーフォニアム担当の、中川夏紀と言う少女だった。

 

 「なーに?スランプ?」

 

 揶揄う様に、秋川に対して中川はそう聞く。

 

 「スランプと言うか、気が乗らんのよねー。雲はどんより、空気はジメジメ。このままじゃ性格まで湿っちゃうよ」

 

 「なるほどー。いつも全開のアッキーが、今はエンジンが掛かりにくくなってるってわけねー」

 

 へらりと、皮肉っぽい笑顔を浮かべて、中川はそう返す。この少女、1年の頃から何かとトランペットパートの吉川に絡んでいたので、その過程で秋川とも仲良くなっていた。 

 話してみると意外と気が合い、今ではたまにこう言う軽口を飛ばし合う事もある。

 

 「で、どうなの?オーディション。受かりそう?」

 

 すると、中川の方からオーディションの話題に触れた。

 

 「もちろん。ソロも取るつもり」

 

 そして、秋川は即答する。対して中川はへらりと笑顔になった。

 

 「ふーん、相変わらずなんだねー」

 

 そして、何処か含みを持たせた様な口調で、そう言い放った。

 

 

 「ちょっとどいてくれる?そこ、邪魔なんだけど?」

 

 

 すると、その二人の横から不機嫌そうな声が聞こえて来た。二人ともその声の主の方向に顔を向けると、吉川が口調通りの不機嫌そうな顔で立っていた。

 

 「避けてけばいいでしょー」

 

 対して中川は避けるどころか、逆に反発する様にそう言い放つ。そんな態度に、吉川の顔が一層険しくなった。

 

 「ふんっ、ごめんあそばせっ!」

 

 「うわっ!おい、何すんの!」

 

 そして、わざと中川にぶつかる様にして、横を去っていった。

 

 「………相変わらずだねー」

 

 そんな光景を見て、秋川はそんな事を呟く。

 

 「ったく、どうせ香織先輩に誘いとか断られたんでしょ?」

 

 中川も不貞腐れる様に、悪態を吐いた。

 今のやり取りでもわかる様に、この二人はとことん反りが合わない。

 大体は今の様に吉川の方から突っかかって来る事が多いのだが、中川も中川で中世古関連で吉川を揶揄う事もあるので、どっこいどっこいと言ったところだろう。

  

 「あ、葵先輩、塾ですか?」

 

 すると、ここから程近い場所で、2年生がそんな事を言っているのが聞こえた。

 

 「うん、ごめんね」

 

 そう言ってテナーサックスを持って立ち上がったのは、3年の斎藤葵と言う少女だった。

 

 「じゃあ、晴香、後はよろしく」

 

 「あ、うん……」

 

 斎藤はそれだけ言うと、足早に音楽室から去って行く。そんな斎藤を、小笠原はどこか複雑そうな表情で見ていた。

 

 「葵先輩、今日も塾かー」

 

 そんな光景を見て、他人事の様に中川がそう呟く。

 

 「まあ、3年生だしね。受験とかもあるんじゃない?」

 

 同じく他人事の様に、秋川もそう呟いた。

 

 「で、なつきちはどうなの?」

 

 「?、何が?勉強?」

 

 すると、秋川から唐突にそんな事を言われ、中川は首を傾げる。

 

 「オーディションだよ。受かりそうなの?」

 

 秋川がそう尋ねると、中川は微妙な顔つきに変わった。

 

 「うーん、どうかな?アタシはあんま真面目じゃ無いから、落ちるかも知んない」

 

 「じゃあ、今から真面目になりゃ良いじゃん」

 

 あまりにもストレートにそう言い放つ秋川に対し、中川は一瞬目を逸らした。

 

 「………あははっ、アッキーはホント相変わらずだねー。……そうだね。今回は真面目になってみよっかな?」

 

 そして、何か決意した様に、中川はそう呟く。

 

 「うん、そっちの方が面白いと思うよ?」

 

 そんな中川の呟きを聞いて、秋川は屈託のない笑みを浮かべる。やはり変わってないなと、中川は心の中でそう呟いた。

 

 「アタシをこんだけやる気にさせたんかだから、もしオーディションに落ちたら、何か奢ってもらおーかな?」

 

 「えー?、そんな金無いよー?」

 

 冗談めいて中川がそう言うと、秋川は困った様な顔になってそう返した。

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