響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「……なるほど」
忍が曲を演奏し終え、篠田は驚きの面持ちでそう呟く。
「どうだった?」
お返しにと、忍も篠田に感想を求める。しかし篠田の方は言語化に苦労しているのか、今度は難しい顔になった。
「……なんって言うんやろな。まず、上手い。これはそうなんやけど、想像してたもんと違う言うか……」
何とも的を得ない回答だ。物事をハッキリ言う篠田としては珍しい。
「……期待してたよりガッカリしたって事?」
「いや、それはない。寧ろその逆や。忍からこんな音が出るとは思わんかった」
レベルが落ちた訳ではない。寧ろ上がっている。となると、変わったのは……
「……全国大会のソロの頃から薄々勘づいとったけど、お前、スランプ抜け出してからホントに音の引き出しが増えたんやな。曲の解釈の深さが段違いや」
意識が変わり、音の引き出しが増え、深さが増した。
楽譜通りの、その先。
正に今ここにいるソロコンの挑戦者達が、1番手に入れたい物を、忍は持っていた。
「……こりゃ、本格的にヤバいわ」
深刻な面持ちで、篠田はそう呟く。関西大会で聴いた時よりも、全国大会で聴いた時よりも、ずっと音が進化している。この男とソロコンで張り合うのかと思うと、いつもの自信にも陰りが見えて来そうだ。
「うん、面白い演奏を聴かせてもらったよ」
すると、今度は少ししゃがれた男性の声が聞こえる。この声は先程も聞いた声だ。顔を向けると、満足そうに笑う好々爺がそこに居た。
「月永先生……」
忍の演奏をじっと聴いていたのは、源ちゃん先生。
忍も少し背筋が伸びる。目の前にいるのは、誰もが知る様な名指導者。そんな人が、自分の演奏を聴いたのだ。数多の音を聴いてきたこの人は、自分の演奏にどの様な評価を下すのか。
先生はまず忍の方を見て、今度は伴奏をしていた優子の方に交互に目線を向ける。そしてゆっくり噛み締める様に頷くと、誰もが予想しなかった言葉を投げかけた。
「……ふむ。なあ、君たちって、付き合ってたりするのかい?」
「「………は?」」
二人して返事が遅れる。と言うよりも、この反応が正しい。忍としては何の指導が来るのかと身構えていたのだが、蓋を開けてみれば全く関係ないプライベートな質問。
「ええっと……俺と、コイツがって事ですか?」
一度では理解出来なかったのか、忍が優子を指差しながらそう聞き返す。優子も反応としては同じ様で、恥ずかしさよりも驚きが先に来ていた。
「あ、そう言うの隠してる感じ?じゃあごめん!さっきのは無しって事で」
しかし源ちゃん先生はひょうきんにそう言う。拍子抜けとはこう言う事を言うのだろうか。優子と忍も呆然としていた。
「お前ら、そう言う関係なん?」
すると、今度は横にいた篠田がなんとなしに忍にそう聞く。
「んー、優子、パス」
「えぇ!?私!?」
今まで黙っていたのが急に忍に無茶振りをされ、慌てふためく吉川優子。
「……ええっとー、そう言う関係って言いますかー……」
やっと羞恥心が沸いてきたのか、顔を赤らめながら優子はしどろもどろに何か言葉を続けようとする。
しかしその反応だけで十分だったのか、源ちゃん先生は大きく笑った。
「あっはっは!!いやー!ごめんごめん。そう言うの気になっちゃう性格でさー」
「はあ、でも、なんで急にそんな事聞いたんです?」
「ジジイになるとそう言う話が聞きたくなるもんなんだよ。孫と同じくらいの歳の子の話なんて、普段は聞けないからねぇ」
なんと言うか、もう引退をする程の年齢なのに気持ちが若い。と言うよりも、今の若い子達からいろんな物を吸収して同じ目線でいられるのだろう。
ぷっと、吹き出したのは優子の方だった。
「なんか、月永先生って先生じゃないみたいですね」
「お、なんだ?バカにしてんのか?」
「褒めてるんですよー」
先生と言うよりかは、同じ目線で語れる友達。そしてそこに、長年培われた"経験"が加わる。一種の理想的な教育者像だった。
「まあ、無駄話はそれくらいにして。ただ今の演奏を聴く限り、私はそうなのかなって思ったんだよ。……それぐらい、互いに信頼し合って演奏してる様に見えたからね」
源ちゃん先生の言葉に、忍と優子も照れる様な仕草を見せる。
彼が合宿の最初に言った。『お互いに何も知らないから、まずは知ってから指導を行う』と言う言葉は、こう言うところから来ているのだろう。
「そうだね、私としては……」
そんな彼が行う指導とは、如何なものか。忍と優子はいつの間にか真剣に耳を傾けていた。
________
その後も練習は続き、1日目の合同練習が終了する。初日から随分と濃い内容の練習をしたと、忍としても満足の内容だった。
「お、晩飯カレーだ」
「へぇ、いいじゃない」
そして、現在は夕食の時間。食堂のテーブルの上に用意されていたのは、シンプルなカレーライスだった。忍の呟きに優子がそう返すと、二人して隣同士に座る。束の間、近づく影が一つ。
「おう。ここ、お邪魔するで」
「邪魔するなら帰ってー」
忍となんだか既視感のあるやり取りをして、篠田は対面の席に座る。
「はっ、ええやないか。それともなんか?二人だけの時間を邪魔せん方が良かったかいな?」
「そう言う事じゃ無いわよ!」
こう言うデリカシーが無いところは忍と似たのだろうか?揶揄う様な篠田の言葉に今度は優子が少し顔を赤らめてツッコミを返す。
「まあ、積もる話もあるやろって事よ。源ちゃん先生も言っとったやろ?"自分とは違う魅力的な音を出せる人が居ると知ること"って」
「……篠田くんは知る前に人との距離感を覚えたらいいんじゃないかしら?」
「俺の距離感にそっちが合わせばええやろがい」
「横暴もここまで来ると清々しいわね……」
どうやらこの1日でだいぶ仲良くなった様だ。どこまで行っても俺様態度の篠田に対し、優子はゲンナリとした顔でそう返す。
「隣、いい?」
そんな中、3人に話しかける声が一つ。振り向くと、参加者である一人の女性が居た。
「あ、フルートの……」
「
忍が言う前に、皆山と名乗った女子は元気に自己紹介をする。声と同じく見た目も活発そうな女性だ。少し焼けた肌にショートカットの切り揃えられた栗色の髪は、吹部ではなく運動部と言われても納得するほどの見た目だった。
「君たち、この合宿で1番目立ってるからねー。ちょっと気になっちゃって」
そう言って皆山は忍と優子を見やる。
それもその筈。今回のソロコン合宿、伴奏者は同性か、そもそも連れて来てないケースが殆どだった。そんな中、男女ペアで参加しているのは、忍と優子のみ。
どっからどう見ても目立つ。しかし、そんな意識はこの二人には無い様で
「ほら、やっぱアンタやかまし過ぎなのよ」
「はあ?そんな騒いでねーよ。優子の方がうるさいんじゃねーの?」
「はあ!?……全く、これだから周りが見えてない男ってのは」
「出た。そうやってなんでもかんでも男のせいにするやつ」
どっちが悪目立ちしているかの喧嘩を始めた。そんなズレた議論をする二人に対し、皆山は吹き出す様に笑った。
「あははっ!練習中も思ってたけど、君たちやっぱ仲良いよねー」
ストレートにそう言う皆山に対し、二人ともバツの悪そうな照れる仕草を見せる。ここで素直に"はい"と言わない辺り、まだまだ人前では捻くれる様だ。
「まあそれはそれとして、今篠田くん言ってた様に、演奏の話もしたかったからさ。どうかな?」
少し逸れたが、本題はこれだ。
今日一日、共に練習して彼女が1番興味を持ったのは、紛れもなく忍の演奏だった。そんな実力者の話を積極的に聞こうとする辺り、意識の高さを感じる。
「もちろん。俺も皆山さんの話聞きたいからね」
そしてそんな忍も、皆山の話を聞きたかった。フルートの中では抜きん出て技術も上手く、感情的な演奏をする。楽器は違うが、だからこその得るものがあると、忍も感じていた。
「やった!そしたら、失礼しまーす」
了承を得ると、遠慮無しに皆山は忍の隣に座った。