響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
合宿初日の夜。話も積もる夕食の席は賑やかで、各テーブルでは、参加者同士で意見交換をしていた。
各々気になった奏者に声を掛けて、意見を聞く。演奏だけでなく、こう言う意識の部分を言葉で聞くのも貴重な経験になる。
「まずさ、秋川くんっていつからトランペット吹いてんの?」
「5歳。他の楽器に浮気も無いよー」
そして只今忍は、参加者であるフルート奏者の皆山から質問攻めを受けていた。
「へぇ!そりゃやっぱ上手い訳だ!楽器はなんか自分用にカスタマイズとかしてるの?」
「そこは曲によって変えてるよ。今回のソロコンはフィンガーボタンを軽めの素材にしてレスポンスを良くしてるかな?代わりにバルブガイドを金属製の重めのやつにしてバランス取ってるって感じ」
「ほうほう、なるほど……」
会話の内容はやはりハイレベル。忍の話す言葉に皆山も興味津々だ。意欲の高く、他人の意見も吸収出来る女の子なのだが、少しばかり気掛かりな事があった。
「へぇー。じゃあさ、じゃあさ!次はどんな練習の仕方してるのか聞いていい!?」
顔をずいっと忍の方に詰めて、皆山は目を輝かせる。
「う、うん。いいけど」
あまりの近さに咄嗟に忍は少し引いてしまった。そう。この少女、何かと距離感が近いのだ。しかし表情を見る限り意図している訳では無く、自分の興味が距離感にそのまま現れる子なのだろう。
「……………」
しかし、それを見て良い思いをしてない人物が居るのも事実。反対左側に座っている頭に大きなリボンを付けた少女はニコニコと笑顔ながらも、よく見るとその口端は僅かながらに引き攣っていた。
だがそんな事も構わず、皆山は質問を続ける。
「まず吹く前!!、秋川くん、演奏する前に結構細かくトランペットの手入れしてるよね?」
皆山がそう聞くと、忍の表情が一転、満更でも無さそうな顔になる。
「あ、分かる?」
「そりゃもちろん!吹くにしてもその前の準備が無いと台無しになるからねー」
続けて皆山がそう言うと、忍はその表情を更に明るいものにした。演奏では無くその前の姿勢を見てくれていた事が嬉しいようだ。
「そうそう!いやー、やっぱ分かる人にはわかんだね。"みゆき"はこまめに構ってあげないとすぐ拗ねちゃうからさー」
「あっはは!!何、みゆきってー!秋川くんのトランペットの事ー?」
「そー。もう10年以上の付き合いになるよん」
「かわいいー!名前付けてるんだー!」
随分と持ち上げてくれる皆山に対して大層気分が良くなっている様子だ。この単純さ、羨ましい限りである。
しかし、状況が悪い。テーブルに居るのはこの二人だけでは無いのだ。
「いやー、見てる人ってのは見てるんだねー。これなら明日も楽しんで練しゅ______いっだ!!!!」
刹那。忍の左足に、踏まれる感覚と同時に激痛が走る。とっさに顔をその方向に向けると、何食わぬ顔で晩飯のカレーを食べている優子の姿があった。
やっば、やっちゃった。
そう思った時にはもう遅いのだが、忍は恐る恐る口を開く。
「あ、あの、優子さん……?左あし____いっででで!!!」
忍が皆まで言う前に、更に左足の痛みが増す。しかし優子の表情は変わらない。と言うかそれが逆に怖い。完全に怒っているではないか。
そして早々とカレーを食べ終えると、優子は皿の前で行儀良く手を合わせた。
「……ごちそうさま。じゃあ私先に行くから、後は勝手に楽しんで下さい……ねっ!!」
「あ゛あ゛ーーっ!!!」
言葉の最後と共に優子は忍の左足に止めを刺す。そしてテーブルの上にダウンした浮気男をものともせず、優子は一人で食器を返しに行った。
「………あー、悪い事しちゃったかな?」
そんな光景を見て、皆山が申し訳なさそうにそう言う。まああれだけ目の前で他の女にデレついたのだ。援護のしようが無い。
「いや、今のは全部
バッサリと断罪する篠田に対し、テーブルに蹲ったまま何も言い返せない忍であった。
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時期は冬も深くなる1月後半。夜に外に出ると、肌を突き刺す様な冷気がくる。しかし淡路島は宇治と比べれば温暖な気候で、ある程度の時間なら外に出ても身体が冷えることは無かった。
そしてこの合宿所は島の高台にあり、田舎からか周りに街の灯りは無い。空を見上げると、冬の澄んだ空も相まって、綺麗な星空が見えた。
「いってー……、アザ出来てんじゃん。アイツ強く踏みすぎたって」
そんな中、自身の左足の甲をさすりながら独り言を呟く男が一人。優子に拗ねられて合宿所内で居心地の悪くなったこの浮気男は、トランペットを持って外に吹きに来ていた。左足を見てみると踏まれたところがまだ赤くなっている。
彼の心の拠り所は、やはり音楽。気持ちを整理をするにも、落ち着かせるにも、考えをまとめるにも、まずは演奏から。明日には優子に謝り倒して機嫌を直して貰わなきゃいけないが、忍はその前に1曲吹く事にした。まずは自分の心を落ち着かせてからではないと、また地雷を踏みかねない。
いつも通り楽器のチェックをして、姿勢を正し、真っ直ぐ構える。今日は観客は一人も居ないが、代わりに星空がオーディエンスとして居る。意識してのものなのか、はたまた無意識のものなのか、忍はトランペットの向きをいつもより少し上に向けて、演奏を始めた。
奏でる曲は、『見上げてごらん夜の星を』。
忍が初めて覚えた曲であり、原点。だからこそ、気分転換したい時や、考えをまとめたい時は、良くこの曲を吹く様になっていた。
シンプルで簡単なフレーズ。複雑では無いからこそ、自分の現在地が分かる。前の演奏と比べて自分の音はどう変わっているのか?忍はこの曲を"基準"として、自分の状況を客観的に見れるようにしていた。
「………ふぅ」
一曲吹き終わり、2、3度頷く忍。表情に悩みは無く、憑き物が晴れた様なものだった。
「……明日は、朝会ったら真っ先にだな」
そんな独り言を呟き、構えていたトランペットを下ろす。そんなタイミングを見計らってか、忍の後ろからパチパチと拍手の音が聞こえた。どうやら観客は星空だけでは無かった様だ。
「ありゃ、源ちゃん先生」
振り返ると、そこには月永先生が居た。演奏を聴いていたのだろう。拍手をやめ、忍の方にゆっくりと近づく。
「まず、良い演奏だった。ソロコンの曲とは違うね?」
「ええ。自分の"原点"ですから」
原点。その言葉を聞いて月永先生は少し考える様な仕草をした。
「原点、か。……と言う事は、君にとってその曲は"特別"なんだね?」
「はい。母から初めて教わった曲です。吹くと落ち着くんですよ。吹く精神安定剤です」
ひょうきんに、冗談めいて忍はそう返す。そんな彼を見て、月永先生は大きく笑った。
「ふっ、ははは!君は、やっぱり面白い子だねー。ちょっと懐かしい気持ちにさせてもらったよ」
「懐かしい?」
懐かしいと言う月永先生の言葉に、忍が反応した。
「いや、こっちの話だよ。なんとなく、孫に似てるなって思ってね。ひょうきんなところとか、音楽に対しては真っ直ぐなところとか」
「は、はぁ」
続けての先生の言葉に忍は違和感を感じる。孫にならいつでも会えそうなのに、"懐かしい"とはどう言う事だろうか?
そんな疑問も構わず、月永先生は言葉を続ける。
「君のお母さんは、トランペットをやっているのかい?」
「はい。やってると言うか、やってたですね。自分が小さい頃に亡くなってしまったので」
忍がそう返すと、月永先生は笑顔から一転、一瞬驚いた表情になる。そしてすぐさまその顔を申し訳なさそうなものに変えた。
「……すまない。嫌なことを聞いてしまったね」
「ははっ、大丈夫ですよ。こう言うのは聞かれ慣れてます」
こう言う事は何度も経験している。今まではこの様な事を聞かれても事務的に流しているだけだったが、今は乗り越えてそれを糧に出来ている。
それに、なんとなく、この先生には自分の身の上話をしても良いのでは無いかと、忍は感じていた。
「自分はこの楽器を始めたキッカケも、続けている理由も母でしたから、辞められないんですよね。辞めちゃったら、なんか母との繋がりが無くなってしまう気がして」
しみじみと、独白する様に忍は言葉を続ける。クリスマスプレゼントに貰った白金の楽器を見つめながら。
「……そうか。だから原点、か」
考える様に、自戒する様に、月永先生は独り言の様にそう呟く。何か悩んでいる様な、そんな表情とも読み取れる、複雑な顔をしていた。
「まあ、吹っ切れたのはここ最近なんですけどね」
一転、忍はひょうきんに戻ってそう言い放つ。乗り越えられた要因には一人の少女の存在が大きかったのだが、ここでは言わない事にした。左足まだ痛いし。
「………そっか。君"は"、乗り越えられたんだね」
対して月永先生の声色は少し暗い。羨ましそうな、何かもがいている様な、そんな口調にも聞こえた。
「はい。今回ソロコンにエントリーしようと思ったのも、それを乗り越えて音が広がったからなんです」
忍のその言葉を聞き、月永先生は納得する。今日一日、生徒達を指導した中で、彼、秋川忍の音だけは、"深さ"が段違いだった。正直に言ってしまえば、彼と技術力は同等、もしくはそれ以上の子もいたかも知れない。
しかし、奏でる音の"質"が、どの参加者よりも数段深い。そしてその理由も、誰もが納得する様な、"強い"ものだった。
ふと、月永先生の中に一つの芽が生まれる。自分は指導者を引退した身。もう枯れ果てたと諦めていたその心は、目の前の少年によって少なからず動かされていた。
私も、"それ"を乗り越える事が出来るなら、また指導者として………
「……源ちゃん先生?どしたんすか?」
「……ん?、ああ、いや、すまない。……ちょっと考え事をね」
ずっと難しい顔をしていたのが勘付かれたのだろう。忍がそう聞くと、月永先生はやっと表情を柔らかいものに戻す。
「いやー、今回のソロコン、ますます楽しみになってきたねぇ。秋川くんがどこまで行けるのか」
そこにはいつも通りの快活に笑う源ちゃん先生の姿があった。
「俺も、良い報告が出来るよう頑張りますわ」
そんな先生に、忍も笑ってそう返す。先程まで悩んでいる様子だった源ちゃん先生の顔は、何処か晴れ晴れとしていた。
「それじゃ、気分転換も終わったので、俺は戻りますわ」
「はい。明日も早いから寝坊しない様にな」
「わお、源ちゃん先生から初めて先生っぽい言葉を聞いたっすね」
本当に口の減らない生徒だ。しかし、その遠慮の無さが今の源ちゃん先生には心地良かった。
「調子に乗るな。それじゃ、おやすみ」
「はーい、お休みなさーい」
そのやり取りを最後に、忍は合宿所内へと戻っていく。
「……ここは、星が良く見えるな」
一人残された源ちゃん先生は、空を見上げていた。独り言をボソッと呟くと、ポケットから何かを取り出す。
「私が乗り越えれなければ、
ポケットから取り出したのは、金色のペンダント、そしてその中には、姉弟と思わしき二人の写真が写っていた。