響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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実力不足

 「お、ハイトーンそこまで出る様になったの?」

 

 「へへっ、ビックリした?」

 

 場所は河川敷。まだ曇り空ではあるが、雨が止んだことにより、忍と凛花はそこでトランペットを吹きに来ていた。

 

 「じゃあそれ、ロングトーンやってみ?」

 

 「えー!?これロングトーンでやんの!?……じゃあ、兄ちゃんがお手本見せてよ」

 

 凛花にそう言われて、「いいよー」軽く返事をし、忍はトランペットを構える。

 

 

 _____♪ーーーーーーーー_______

 

 

 そして、いつもの様に悠々とハイトーンのロングトーンを綺麗に出した。

 

 「おー!すごいすごい!ねえ兄ちゃん!今のどうやって出したの!?」

 

 そんな忍に、目を光らせて凛花はそう聞いてくる。こう言う素直なところは、凛花の強みでもあった。良い演奏は、良いと絶賛する。

 基本プライドが高く、自分が一番だと思っている人間が多いトランペッターだが、そう言う意味では凛花は珍しいタイプだった。

 

 「って言ってもなー。俺の感覚と凛花の感覚じゃあ違うし……まあ、俺の感覚で言わせてもらうと、大きい音を出し過ぎない様に意識するって感じかな?」

 

 「ほー。じゃあ、それでやってみるね!」

 

 そして凛花は素早く立ち上がり、先程の忍と同じ音程のロングトーンを吹き始める。

 

 _____♪ーーー、♪ー〜〜、♪〜〜_____

 

 しかし忍と比べると、あまり音が安定していなかった。

 

 「ははっ、やっぱ俺と凛花じゃ、感覚が違ったみたい」

 

 「うーん、兄妹だから行けると思ったんだけどなー」

 

 軽く笑ってそう言う忍に対し、凛花は不服そうな顔でそう返す。

 こう対比すれば実力の差がある様に見えるが、忍がバケモノじみた演奏技術を持っているだけで、凛花の実力も相当だった。

 彼女とて、忍と同じく5歳からトランペットを吹いている身。河川敷には散歩している人達が、あの二人は何者なのかと、興味の視線を注ぐ者も少なくなかった。

 

 「よーし、じゃあ今度は何か変えてみて吹いてみよー」

 

 「おー!」

 

 忍の掛け声に対し、凛花も元気よくそう返す。その後は、日が暮れるまで2つのトランペットの音が河川敷に響き渡った。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 斎藤葵は、ほぼ毎日と言って良いほど、塾に通っている。今日は塾の帰りに小笠原と食事をしたので、いつもより遅くなっていた。

 塾の帰りは、いつも宇治川の河川敷を通る。人はあまり来ないが、灯りは多い方なので安心して斎藤もこの道を使っている。

 聞こえるのは、風邪で草木が靡く音と、遠くで微かに聞こえる車の音のみ。

 今日もその音をBGMに帰っていると、いつもとは違う音が聞こえて来た。

 

 

 _____♪ーー、♪♪♪、♪ーー、♪ーー_____

 

 

 金管の、特徴的な乾いた音。それが、二つ聞こえる。

 その音がトランペットだと言う事は、斎藤にもすぐに分かった。

 

 「……上手いなあ」

 

 歩きながら、何処か羨ましそうな口調でそう呟く斎藤。先日、吹奏楽部を辞めたばかりだ。そんな事を知ってか知らずか、あてつけの様に河川敷に響くその音を聞いて、斎藤は苦い顔になる。

 

 「……こんな時間まで……熱心だなあ」

 

 もうとっくに日も暮れ、宇治川を見ると真っ黒に染まっている。そんな環境で誰が吹いてるのか、斎藤も少し気になった。

 

 「………秋川君……?」

 

河川敷のベンチ、街灯の下で、男女揃ってトランペットを吹く姿が確認できる。

 その内の一人は、斎藤が良く知っている人物だった。

 

 「凛花、そこまで。そろそろ帰るぞ?」

 

 「待って兄ちゃん。まだ、あと一回だけ」

 

 「そう?、じゃあ、もう一回」

 

 そして綺麗なトランペットの旋律が、また河川敷に響き渡る。二人とも、顔は真剣そのもの。そんな光景を、斎藤はボーッと眺めていた。

 

 「っだー!ダメ!全然違うー!!」

 

 そして、演奏が切れると、女の子の方が頭を抱えてそう叫んだ。

 

 「もうおしまい。気持ちはヤバいほど分かるけど、親父がもう晩飯だって」

 

 そして、そう言って忍はスマホの画面を凛花に見せつける。対して凛花はものすごく不服そうな顔になりながらも、渋々とトランペットの手入れを始めた。

 

 「ありゃ、グリスがもう無いや。兄ちゃん持ってる?」

 

 「お、ちょっと待ってな。グリスグリス……」

 

 そして、後ろに置いてあったトランペットケースを取るために忍が後ろを振り返ると……

 

 「あ」

 

 「あ………」

 

 その光景を見ていた斎藤と、目が合った。

 

 

 ____________

 

 

 「へー、秋川君の妹さんなんだ」

 

 「はい、雨が上がったからって、一緒に練習しに来たんですよ」

 

 宇治川の河川敷、街灯の下のベンチで、秋川と斎藤が話している。大事な話をすると言う事で、凛花には少し席を外して貰っている。

 秋川はいつも通りだが、斎藤はなんだかやりづらそうにしていた。

 

 「……コンクールの曲をやってたの?」

 

 「いや、今日はほぼ妹の面倒を見てましたね」

 

 「そっか、良いお兄ちゃんなんだね」

 

 「少しは時間も考えて欲しいですけどね」

 

 困った様に笑って、秋川はそう言う。そして、少しの無言。斎藤がやりにくそうにしている理由は、やはり部活を辞めたからだろう。

 それを秋川も感じ取っているのか、お互いに気まずい雰囲気が流れていた。

 

 「………ごめんね」

 

 すると、斎藤が突然秋川に謝った。

 

 「?、……何がですか?」

 

 その"ごめんね"が、何を指しているのか分からず、秋川は聞き返す。

 

 「……去年の事。ずっと謝りたかったの。私、あの時何も出来なかったから……」

 

 ぽつりぽつりと、独白する様に斎藤は秋川に対してそう言った。

 

 「……別に、斎藤先輩が気にする事じゃ無いです。俺が辞めた理由も、あれが原因じゃなくて、つまんないって思ったから辞めただけで」

 

 「でも、その"つまんない"って思うようになった原因を作ったのも、私達だから……」

 

 「………」

 

 斎藤の核心を突く発言に、秋川は何も言えなくなる。秋川自身も、心の底ではあの事件が原因だと思っているのかも知れない。

 それ程の出来事だったから。

 

 

 「……それが、部活を辞めた理由ですか?」

 

 

 秋川の問い掛けに、斎藤の肩が少し跳ねる。

 

 「……それは違うよ。受験勉強が忙しくなったのは本当。今日だって、塾帰りだし」

 

 「……そうですか」

 

 斎藤がそう言うと、秋川は短くそれだけ返す。彼には、斎藤のその言葉が本心で無いように思えた。

 

 「思えば、私はそんなに吹奏楽が好きじゃなかったんだなって思ったよ」

 

 「……本当ですか?」

 

 「……ホントだよ」

 

 やっぱり、本心じゃ無い様に見える。このままでは斎藤が後悔すると、秋川は感じていた。

 

 

 「……じゃあ、音楽は嫌いですか?」

 

 

 「……え?」

 

 すると、思ってもいない質問が秋川から飛び出し、斎藤は目を丸くする。

 

 「色んなしがらみがある吹奏楽じゃなくて、普通の音楽です。オーケストラでも、ジャズでも、ロックでも。何か好きな音楽はありますか?今聴きたい音楽でも良いです」

 

 「………どうして、そんな事……」

 

 「大事な事なんです。答えてくれますか?」

 

 真っ直ぐ、斎藤の目を見て秋川はそう言う。そんな彼の視線に充てられたのか、斎藤は少し考えた後、

 

 

 「……ジャズかな?」

 

 

 一言、それだけ答えた。それを聞いて、秋川は薄く微笑む。

 

 「分かりました。じゃあ、一曲吹きますね」

 

 「え?、な、なんで……」

 

 「音楽が好きなんですよね?じゃあ、ここで一曲吹きます。それを聞いてから、もう一度辞めるか辞めないか決めて貰って良いですか?」

 

 尚も真っ直ぐ、秋川は射抜く様に斎藤を見据えてそう言う。そんな視線に耐えかねたのか、斎藤はついに視線を逸らした。

 

 「………」

 

 「……無言って事は、吹いて良いって事ですね?……じゃあ、お待たせしました。本日は秋川忍のソロコンサートにお越しいただき、ありがとうございます」

 

 すると、秋川は優雅に一礼して、コンサートの司会の様な口調でそう言った。

 

 「本日は、貴女にピッタリの素敵なナンバーをご用意しました。どうぞお聴き下さい」

 

 そして、そう言うと秋川は姿勢を正し、正面を向く。正しい音は、正しい姿勢からだ。

 

 「……スゥー……」

 

 そして、観客一人の、秋川のソロコンサートが始まった。

 

 

 

 「……お?、ニューヨークニューヨークかあ、良いセンスしてるなぁ」

 

 席を外していた凛花が、そんな事を呟く。聞こえて来たのは、フランク・シナトラのバラード。"ニューヨークニューヨーク"。この前吹いたムーンリバーと同じく、歌をトランペットに落とし込んだものだった。

 夜の宇治川。その静かな河川敷に、優雅なメロディが流れる。

  

 「……あの人、これ聴いて、何を思うんだろうなぁ……」

 

 ポツリと、凛花はそう呟く。しかしその言葉は、真っ暗な宇治川にかき消されていく様に、霞んで行った。

 

 

 

 「………ありがとうございました。……どうでしたか?斎藤先輩?」

 

 曲を吹き終わると、いつもの様に秋川は感想を求める。

 

 「やっぱ上手いね。ソロコンで賞を取るのも納得だよ」

 

 対して斎藤は、何処か吹っ切れた様に微笑んでそう言った。

 

 「……そうですか。それで、部活には戻りますか?」

 

 秋川がそう聞くと、斎藤は黙り込む。そして、しばらく経ったのち、意を決した様に彼女は秋川を見つめる。

 

 

 「私は__________」

 

 ______________

 

 

 

 「あ、おかえりー。兄ちゃん」

 

 忍が戻って来たのは、演奏が終わってからしばらく経った後だった。

 帰って来た彼を見つけると、凛花が軽く声をかける。

 

 「凛花」

 

 すると、何処か弱気な声で、忍は妹の名前を呼んだ。

 

 

 

 「ごめん、俺、まだまだ実力不足みたい」

 

 

 

 そして、軽く笑って忍はそう言い放った。心から笑ってない事は、凛花には直ぐに分かった。兄妹である。尊敬する兄の心の機微を感じ取れないほど、凛花は鈍く無い。

 

 「……何があったか分かんないけど、今日は私が慰めてあげよー」

 

 そう言って凛花は足りない身長を目一杯伸ばし、忍の頭を撫でた。

 

 

 「ははっ、俺は出来た妹を持ったね……」

 

 

 

 夜の宇治川は、何処かしんみりとした雰囲気を纏っていた。

 

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