響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「やっぱやんなくて良かったんじゃない?」
「こう言うのは気持ちなの!もうオーディションも近いんだから、ここまで来たらお願いしていこうよ!」
賽銭箱の前、中川が気怠そうにそう言うと、加部が必死にそう返す。
中川としては賽銭箱の前に並んでまで何があるのかと言いたいところだが、加部はこう言うスピリチュアルな部分は信じるタイプらしい。
「アタシとしては早くおみくじ引きたいんだけどねー」
「こう言うのは神様にお祈りしてから引いた方が効果があるの!ほら、もうちょっとで順番来るんだから付き合って!」
引くにも引けない感じになっているのか、ムキになって加部はそう言う。対して中川は「はいはい」と、受け流すようにそう返した。
「お?」
すると、中川が何かを見つけたのか、面白がるような声を上げる。
「ねー、友恵。あれ」
そして、意地悪そうな笑みを浮かべて、とある場所を指さした。
「えー、何?……ほう……」
それを見て、加部も面白がる様な口調に変わる。
そこには、ベンチで隣同士に座っている忍と吉川の姿が確認出来た。
「……私たち、お邪魔みたいかなー?」
「……そうだねー。優子にこの後はお好きにどうぞって、メッセージ送っとこうか?」
そして、2人ともニヤつきながら、スマホに向けてメッセージを打ち始めた。
___________
「……2人きりって、アンタ……」
突然の忍の提案に、吉川は驚いた表情になる。こうも直接言われるとは思ってなかったのだろう。驚くと同時に、頬が少し赤らんでいた。
「嫌?」
「嫌って言うか………」
吉川は俯く。顔は赤く、何か迷っている様な態度だ。
「あ、アタシ、夏紀とかも居るし……」
______ピロンッ______
すると、吉川の右手に握られていたスマホから、通知の音が鳴った。
吉川はそれに逃げる様に、スマホを確認する。
「……あんのアホ共……」
そして恨めしそうな表情に変わって、スマホに向かって恨み節を呟く。吉川が一瞬、賽銭箱の方へ顔を向けると、これでもかと言うくらいニヤついた表情を浮かべている中川と加部の姿があった。
「………良いわよ。で、どこ行くの?」
すると、観念した様な口調で、吉川は忍にそう言い放つ。それに忍は、ホッとした様な表情を浮かべた。
「良かった。ちょうど、良い場所があるんよね」
そして、そう言うと、忍は吉川の手を取る。
「あ、ちょっと!!」
そのまま吉川の手を引っ張り、忍は元の場所へと戻って行った。
「お、アッキー、どこ行ってたんだ?さやかが随分と探して……って、吉川?」
元の場所へと戻ると、少し驚いた顔で滝野がそう言う。吉川は、少し顔を赤らめて、無言で俯いていた。
「あれ、兄ちゃん、その人誰?」
すると、続けて凛花が首を傾げて、そんな事を聞いて来た。
「吉川。トランペットパートの同級生。それより凛花、お前のトランペット、貸してくれる?」
そして、足りなさすぎる吉川の説明を終えると、忍が凛花にそうお願いして来た。
急なお願いに凛花は面を喰らう。
「え、良いけど、何で?」
「何でも。ダメかな?」
忍にそうお願いされ、凛花は少し考える。自分の知らない女の人と、兄は手を繋いでいる。そして、繋がれている女の人は、どこか恥ずかしそうに俯いている。
兄が言うには、この女の人もトランペット吹きらしい。しかしこの人は今。トランペットを持っていない。それを踏まえて、兄は自分にトランペットを貸して欲しいと頼み込んで来た。
………つまり、ラブ&ピース?
「良いよ。マッピ、ちゃんと綺麗にして返してね?」
一瞬で状況を理解した凛花は、肩に担いでたトランペットケースを忍に渡す。
「おう、サンキュー。じゃ、ちょっと借りるね。じゃ、吉川、行くべや」
凛花からケースを受け取ると、簡潔にそれだけ言って、再び忍は吉川の手を引っ張り、その場から離れる。
「……あんな静かな吉川、初めて見たな……」
遠くなる2人の影を見ながら、滝野はそう呟く。
2人が向かって行った先は、河川敷の方だった。
「もー、忍先輩、何処にも居ないよー……凛花ちゃんー、どっかで見なかったー?」
すると、タイミングが良いのか悪いのか、忍の事を探しに行っていたさやかがガックシと肩を落として帰ってきた。
「今、どっかに行っちゃったよ?」
「えー!?」
どうもこの滝野さやかと言う少女は、兄と同じく、こう言うのにとことん運が無いらしい。
__________
「……ここまで連れてきて、何するつもりなのよ?」
やって来た場所は、宇治川の河川敷。宇治橋に近い場所で、祭りもあってか、人通りがかなり多かった。
「何って、トランペット持って来てんだから、そりゃ吹くだろ」
「はあ!?ここで!?」
まるで当然かの如くそう言い放った忍に対し、驚いた声で吉川はそう返す。
「うん、元々は凛花とここでコンサートでもやろうと思ったんだけど、吉川見て気が変わった。吹けるよな?」
そう言って、忍は凛花のトランペットケースを吉川に渡す。吉川はいきなりの展開に困惑している様で、呆然と演奏の準備に取り掛かる忍を見つめていた。
「な、なにもここで吹く事無いんじゃ……」
周りを見渡しながら、吉川は顔を引き攣らせてそう言う。今日は特に人通りが多い。河川敷には、カップルや家族連れ、様々な人達がいた。
そんな中でこの男は、一緒にトランペットを吹こうなどと提案して来たのだ。
「嫌?」
「嫌に決まってんでしょ!?何でこんな目立つ場所で、アンタと一緒に吹かなきゃ行かないのよ!?」
「俺は、吉川と一緒にここで吹きたいけど?」
反論する吉川に、忍は真っ直ぐ彼女の目を見据えてそう言う。そんな彼の視線に、吉川は一瞬にしてしおらしくなってしまった。
「っ!!……っもー!!吹けば良いんでしょ!吹けば!!」
そして、しおらしい状態からヤケクソ気味に声を張り上げて、吉川はケースからトランペットを取り出す。その顔は、夜でもその赤さが分かるくらいに、真っ赤に染まっていた。
それを見て、忍は満足そうに微笑む。
「流石吉川。……確かに、ここは目立つね。トランペットだから、音も高くて大きい。でも、この河川敷にいる人達は、俺達の演奏に絶対注目するはずだよ」
忍は目を輝かせ、嬉々としてそう言いながら演奏の準備を進める。
"音楽は、聴き手がいてこそ"
秋川忍の信念。つまりこれは、彼にとっては最高のステージに他ならないのだ。
「それに、コンクールじゃあもっと多くの人に聞いてもらうんだから、こんなんでビビってちゃ、本番で力出せないよ?」
いつもの様に、どこか挑発する様に、忍は続けてそう言い放った。
「……ホント、アンタって相変わらず。……良いわ。やってやろうじゃないの」
そして、そんな忍の気持ちに充てられたのか、腹が決まった吉川は彼と同じく演奏の準備をし始めた。
「で、曲は何にすんのよ?」
吉川がそう尋ねると、忍は少し考える素振りをする。そして、何か思い出したかの様に、忍は薄く微笑んだ。
「………そうだね、"美女と野獣"とか、どう?」
忍そう言うと、吉川は一瞬目を見開く。それは、吉川もよく知ってる曲。
何故なら、1年生の頃に遊びで、忍と一緒に二重奏をした曲だったからだ。
「……良いわよ。って事は、アタシが上のパートね?」
「……うん、よろしく。じゃ、チューニングしよっか?」
忍がそう言うと、2人してマウスピースに口を付ける。そして、チューニングB(ベー)の音が、宇治川の河川敷に響く。その音を聴いた人達が、一斉に忍と吉川の方に視線を向けた。
「………よし、いい?秋川」
「………うん、良いよ?吉川のタイミングで」
チューニングを終えると、何処か2人だけの世界が出来上がっていた。
忍がそう言うと、吉川は姿勢を正し、正面を向く。正しい音は正しい姿勢から。
そして、最初のフレーズを、吉川が奏でた。
______♪、♪ー♪ー、♪ーー_______
ゆったりとしたメロディーが、河川敷に響き渡る。メロディーを加えた事によって、さらに観衆が集まり始めた。「なになに?」や、「何かのイベント?」など、興味を持った声が聞こえてくる。
この美女と野獣は、セリーヌ・ディオンと、ピーボ・ブライソンのデュエット曲。この曲と同じ題名の映画は、誰もが知るディズニーのミュージカル映画だ。
種別を超えた恋をテーマにした映画。そのクライマックスに流れる、バラード調の曲。
吉川がまず女性パートを何小節かソロで吹く。緊張で、少し音が震えている。
そして、それを吹き終わると、今度は忍が男性パートをソロで吹く。『大丈夫』、『緊張しないで』。そんな事を問い掛けているような、寄り添う様な優しい音色だった。
それを聴いて、張っていた吉川の肩の力がどんどん抜けて行く。
観衆が、さらに集まり始めた。
忍と吉川の周りに、人だかりが出来始める。「上手いねー」やら、「高校生?」やら、そんな声が聞こえてくる。
そして、サビ。2人の音が重なり、その音が河川敷を包む。2人の周りには、既に大観衆と言って良い人だかりが出来ていた。
忍が思いつきでやった、ゲリラの路上ライブ。皆、2人のデュエットに耳を傾けている。
夜の宇治川。そこには、2人だけの世界が広がっていた。
_____________
「………ふぅ」
吉川が、一息つく。どこか気持ちの良い余韻も含めた、そんなため息。
そして、隣の忍と共に一礼すると、周りから拍手が沸き上がった。
「せんきゅー、せんきゅー」
そんなオーディエンスに、忍は手を挙げて答える。どこか気持ちの良い、それでいてロマンチックな二重奏が終了した。
観衆の拍手に一通り応えると、忍は吉川の方を向く。
「どう?、良かったでしょ?」
ドヤ顔で、演奏をし終わり未だ余韻に浸る吉川に、忍はそう問い掛ける。
「……そうね、悪くなかったわ」
そして、吉川は柔らかく微笑んで、忍の問いかけにそう返した。ゲリラライブなんて、吉川は初めてだったが、なんとも言えない、不思議な感情が彼女の中に湧いていた。
「……また、やっても良いわよ?」
そして、吉川は忍の方を向いて、にこやかに笑ってそう言い放つ。祭りの灯りと、仄かな街灯に照らされたその笑顔は、心の底からの純粋な笑顔で、子供の様に無邪気な、それでいて、とてつもなく魅力的なものだった。
「………そりゃ良かった」
そして、そんな吉川の表情に、忍も目一杯笑ってそう返す。
互いに、目を見つめる。吉川の目の色は、綺麗な水色。それに吸い込まれるかのように、忍はその瞳を見つめる。
「……ねぇ、秋川」
すると、どこか艶っぽい、大人びた声で、吉川は忍にそう問い掛ける。
「……何?」
そして、吉川の目をじっと見据えたまま、忍がそう返す。すると、どこか瞳を潤ませたその表情で、ポツリと、独白するように吉川は語りかける。
「……アタシ、私ね?」
「………おい、お前ら」
すると、何処か夢見心地な雰囲気をぶち壊すような、冷たい声が2人の間に割って入る。
2人とも背筋が凍る感触を覚えながら、壊れかけのロボットの様に、その声の主の方にゆっくりと顔を向ける。
「……何やってるんだ?」
そこには、鬼の形相をした副顧問の松本先生が、仁王立ちをして立っていた。
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「……アッキー。お前、この学校に入学してから反省文書くの何回目だ?」
「うっさいなー。今ちょうど原稿用紙が埋まるように、文章のカサ増しを考えてんだから黙っとれい」
翌日、"公共の場で人を集めて演奏した"と言う、何とも曖昧な理由で、忍は反省文を書かされていた。
見慣れた光景なのか、滝野はおろか、クラスメイトで心配する人間は1人もいない。
「はぁ……全く、巻き込まれた吉川が可哀想だよ」
滝野がため息を一つ吐いてそう言う。あの後、2人して松本先生にこっぴどく叱られ、こうして今、原稿用紙2枚に及ぶ反省文を書かされているのだ。
「でも、あいつだって楽しそうに吹いてたし」
しかし、忍は反省文を書いていると言うのに、どこか満足げな顔をしてそう言った。
「……まあ、アッキーが納得してるならそれで良いけど」
そんな楽しそうな忍の顔を見て、滝野は深く突っ込まず、それだけ返す。何があったのかは滝野も何となくは察していたが、ここで言わないのは男の友情と言ったところだろうか。
「うん、……それに、昨日は最高の演奏だったからねぇ」
そして、尚も満足そうな顔をして、窓の外に顔を向けて忍は続けてそう言い放つ。
それは自画自賛なのか、それとも誰かに向けた褒め言葉なのか。
まだ夏も始まったばかりだが、忍は頬にほんのりと熱を感じていた。