響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「優子ちゃん、音、良くなったね?」
「……え?」
トランペットのパート練。休憩中に中世古がそう言うと、吉川は褒められるとは露ほども思っていなかったのか、素っ頓狂な声を出した。
「何かあったのー?お祭りの日から、急に変わった感じだけど?」
何処か揶揄うように、ニンマリと笑って中世古は吉川にそう聞く。
「な、何でも無いですよー。香織先輩ー」
吉川は苦笑いになってそう返す。忍が個人練でここに居なかったのは幸いと言ったところだろうか。寧ろ、忍が居ないタイミングで中世古が話し掛けた様にも見えたが。
「えー?あの後、アッキーとなんかあったんじゃ無いのー?」
「ちょっと!友恵!!」
すると、加部からおちょくる様にそう言われ、少し顔を赤らめる吉川。
せっかく中世古が遠回しに言ったのに、ものすごい勢いでぶち壊して行った。
「別に隠す事ないじゃん。もうアンタらが河川敷で二重奏したことなんて、吹部の人達は殆ど知ってんだから」
「くっ……!!」
加部のその言葉は図星だったのか、黙りこくってしまう吉川。
祭りの日、あれだけ目立つ演奏をしたのだ。たまたまあの場所に居合せ、それを聴いていた北宇治高校吹奏楽部員の手によって、忍と吉川のゲリラライブは瞬く間に噂として広まってしまった。
あの時は祭りの熱に充てられていたのか、吉川も勢いで演奏してしまったが、今思い返すと恥ずかしい事この上ない。
真っ赤な顔になって、加部の言葉に俯くのみだった。
「ただいまー。個人練から戻ってきましたー」
すると、忍がトランペットと楽譜台を持ちながら、いつもの様子で帰って来た。
「どうだった?」
「全然ダメ。やっぱ俺にはあのソロパート、合わないっぽいんだよねー」
滝野がそう聞くと、憂鬱な顔になって忍はそう返す。様子のおかしい吉川とは対照的に、忍はどこか違和感を感じるぐらいいつも通りだった。
すると、吉川は極力忍と目を合わせない様に、席を立ち上がった。
「あ、アタシ!、こ、個人練行って来ますね!」
そして帰って来た忍と入れ替わる様に、吉川は慌てて個人練の為に教室から出て行く。
「………分かりやすー」
そんな光景を見て、加部が困った様に笑ってそう呟く。他のパートメンバーも同じ様な顔をしていた。
「?」
1人、今まで何の話をしていたのか分からない忍だけが、首を傾げていた。
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「はい、ストップ。トランペット、ここは高らかに、月へと向かう主人公を気持ち良く見送るシーンです。大きく、それでいて堂々と吹いてください」
「「「はい」」」
そして、合奏練習。いつもの様に滝先生から細かい指示が飛ぶ。今はトランペットパートが演奏時の注意を受けているところだった。
「はい。では、トランペットのみ62小節から。……さん、はい」
_____♪ー、♪、♪ーーー♪ーー。
そして、トランペットのみの演奏がながれる。しかし、音が求めるものではなかったのか、すぐさま滝先生は楽譜台をカンカンと叩いて演奏を止めた。
「音が浮ついています。もっとハッキリと。1人ずつ吹きましょう。吉川さんから」
滝先生が吉川に向かってそう言う。
「…………」
しかし、吉川は何処かボーッとした顔で譜面を見つめていた。それに少しばかり、音楽室が変な空気になる。
「……聞こえましたか?吉川さん」
「え?、あ、は、はい!」
もう一度滝先生に問われ、ハッと我に帰った吉川は、慌てて返事を返す。
「では、62小節から。……さん、はい」
_____♪ー、♪、♪ーーー♪ーー。
吉川のソロが流れる。しかし、先程と同じ場所で滝先生はまた演奏を止めた。
「吉川さん、音が遅れてます。ここの主旋律はトランペット。ミスをすればかなり目立ちます。完璧にこなして貰わなければ困りますよ」
「……はい、すみません」
いつもの容赦の無い滝先生の物言いに、吉川は俯いてそれだけ返す。
「はい。では、次は笠野さんから」
そして、いつもの様に練習が続いた。
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「………愛、だね」
部活が終わり帰り道、いつもの三年生組、中世古と田中と小笠原の3人で下校している最中、中世古が神妙な面持ちでそう呟いた。
「「愛?」」
いきなりの中世古の発言に、田中と小笠原の声がハモり、同時に首を傾げる。
「優子ちゃんの事。今日、滝先生に散々言われてたでしょ?今日だって、秋川君が来るまではすっごい良い音出してたんだけど、あの子が近くに来た途端に、音が乱れはじめたんだから」
続けて中世古がそう言うと、2人とも納得した様な顔になった。
「あの子が恋ねぇ……ずっと香織にベッタリだったから、ちょっと意外だったかなー?」
田中が何処か他人事の様にそう言う。
「あははっ、まあ一年生の頃から、そんな気はしてたけどね。2人とも仲良かったから」
中世古が軽く笑ってそう言うと、小笠原は不思議そうな顔になる。
「仲良かった?ケンカばっかしてた様に見えたけど……」
「もー、だから晴香はダメダメなんだよー」
「はあー!?何よそれー!?」
中世古に馬鹿にされた様にそう言われて、小笠原は不服そうに文句を返す。
「でも、合奏練習に支障をきたすぐらい集中力が無くなってるって、……アッキー、あの時何したんだろねー?」
すると、ケラケラと笑って、田中が面白がる様にそう言う。
「もー、あすかだって噂は聞いてるでしょー?……でも、あんな事されたらって、私も少し憧れちゃうなー」
そして、何処か遠い目をして、中世古はそう呟いた。
「なーに?って事は、優子ちゃんにライバル出現って事?」
そんな彼女を見て、小笠原が茶化す様にそう言う。
「もー、違うよ晴香ー、例えばの話。……それに、あの2人の中に、私が入り込む隙なんて無いしね」
そして、中世古はどこか羨む様な、懐かしむ様な表情で、そう呟いた。
彼女は、去年2人が入学した時から、ずっと忍と吉川を見て来ている。いつものケンカに見えるじゃれ合い。遊びで一緒に二重奏を吹いていたのを、影からこっそり見た事もあった。
そして、一度忍が部活を辞めた時、吉川が酷く落ち込んでいる姿も。
そんなやり取りをもうずっと見続けているものだから、秋川忍が好きとかどうこうではなく、いつしか2人のその関係性を、中世古は羨む様になっていた。
「あーあ、私も、秋川君みたいな素敵な人に出会えたらなー」
空を見上げて、夕日に照らされて何処かアンニュイな表情に見える彼女の横顔は、正に儚いマドンナと呼ぶに相応しいものだった。