響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
"音楽性"
その曖昧な言葉は、高校の吹奏楽部において、演奏者には求められない。何故なら、曲の音楽性を創り上げていくのは、指揮者である顧問の先生だからだ。
顧問の先生が『ここは儚げに』と言えば、演奏者である生徒は柔らかくその部分を演奏するし、『ここはダイナミックに』と言えば、強くフォルテッシモの音を奏でる。ジャズの様な自由な音楽も良いが、吹奏楽は総合力の音楽。一人一人好き勝手に演奏してしまっては、いくら技術力が各々高くても、まとまりが無くなってしまうのだ。
それはここ、北宇治高校吹奏楽部でも例外では無い。
だから演奏者は、指揮者である滝先生に言われた事を頭の中で反芻し、滝先生の目指す音楽性に向けて最大限の表現を研ぎ澄ます。
しかし、ソロパートはどうか?
周りの音は無く、一つの楽器のみの音が響く。そこでは、自分が自由に演奏したって、周りに迷惑は掛からない。
曲の世界観に合わせる必要はあるが、自分の、演奏者の持つ音楽性と言うものを唯一出せる場所が、このソロパートなのだ。
「………アッキー先輩、そんなジロジロ見られると、吹き辛いです」
「あ、ごめんごめん。気にせんでいいよー」
放課後、屋上。三日月の舞のソロパートを吹き終えると、高坂が忍に向かってそう言い放つ。
対して忍は、悪びれもせずにそう返す。
彼は今、高坂麗奈のソロパートを聴いている。
この2人の"音楽性"と言うのは、真逆と言っていい。
同じトランペットでも、吹き手によってその人の性格や嗜好、そして取り組む姿勢などが見えて来る。
高坂麗奈のトランペットは、一言で言うならば"孤高"。他を寄せ付けず、自分が一番なのだと。全ては自分の理想のため、他を置き去りにしてでも、その高みに登る。そんな音。
対して、秋川忍の音は、"情"と言ったところか。優しく、問いかける様に、寄り添う様に。一歩一歩、歩いては振り返り、道を示してくれる様に。決して置き去りにはせず、しかし確かな演奏技術を持って聴き手を導く様な、そんな音。
どちらも魅力的で、どちらも正解だ。
「うーん、やっぱ音が良いね。正に"孤高"って感じ。高坂さん、大丈夫?ちゃんと友達居る?」
「バカにしてます?それ」
ソロパートを聴き終えた忍が、そう問いかけると、無表情の顔を少し崩して不服そうに高坂はそう返す。
忍は、悩んでいた。未だに三日月の舞のソロパート部分の解釈に苦しんでいるのである。
「私が吹いたんですから、今度はアッキー先輩が吹いてくださいよ。そう言う約束ですよね?」
「おっけー」
高坂にそう言われると、忍は立ち上がり高坂と場所を変わる。
「……おー、ここは良いねー。景色が良くて」
「ですよね。私もここからの景色が好きで、良くここで吹くんです」
忍がそう言うと、ようやく高坂が笑顔を見せて、そう返して来る。そこは高台に位置する北宇治高校らしく、眼下に街が一望出来るような場所だった。
「じゃあ、行きますかねー」
一言、忍がそう言うと、チューニングの音を短く出す。そして姿勢を正し、正面を向いて、三日月の舞のソロパートを吹き始めた。
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「……どう?」
ソロパートを吹き終わった忍が、高坂に感想を求める。
「……上手いです。上手いんですけど、なんか違うって言うか……」
「だよねー。はぁ……ここまで曲と相性が合わないと、流石に落ち込むよ」
高坂の感想に、ガックシと肩を落として暗い声でそう言う忍。
相性というのは、誰にでもある。全部の曲を、完璧にこなせる人物など居ない。
例えば、同じ演奏技術を持った2人が居たとして、曲の雰囲気がその内の1人とすこぶる相性が良く、もう1人がそこまで相性が良くなかったとしたら、どうなるだろうか?
答えは決まっている。高校の吹奏楽部の音楽性は顧問が決めるものだが、もしその顧問の音楽性と演奏者の音楽性がマッチした時は、かなりのアドバンテージとなるのだ。
して、この三日月の舞と言う曲のソロパートは、どうであろうか?
いつしか忍は、このソロパートの部分を"三日月の照りつける草原で、ヒロインが優雅に、そして"孤高"に踊っているシーン"と、例えた。
もしその解釈が合ってるとしたら、"情"を基調とする秋川忍の音楽性とはすこぶる相性が悪い事となる。
そして逆に、高坂麗奈は………
「……うん、なんとなく分かったかな?ありがとね、高坂さん。付き合って貰って」
何処か納得した様に忍がそう言うと、楽譜台を持ってパート練の教室に戻ろうとする。
「……あの、アッキー先輩」
しかし、高坂が呼び止める。
「何?」
呼び止められ、ゆっくりと振り返る忍。
「……オーディション。私、負けませんから」
そして、真っ直ぐ忍の顔を見据えて、高坂はそう宣言した。それを聞き、忍は一瞬考え込む様な顔になる。
「……そうだね。一応、俺の考えも言っておこうか」
すると、忍はそう言って一旦楽譜台を置き、高坂の方へ体を向き直す。どこか雰囲気が変わった忍の姿に、高坂の体が少し強張った。
「確かに、ソロパートを決めるのは滝先生だけど、俺は別に"負けても良い"と思ってるよ」
「………え?」
忍から出た意外すぎる言葉に、高坂が気の抜けた声を返す。
「いや、違うな。別に、勝ち負けとかどうでも良いんだよ。音楽に勝ち負けは無いしね。そこにあるのは良い音か、そうで無いか。違う?」
「……合ってます」
忍の問い掛けに、高坂は真剣にそう返す。
「たまに、それを免罪符にしてサボったりする奴も居たけど、基本的には音楽は勝ち負けじゃ無くて、良いか悪いかなんだよね。……そして高坂さんは今、すっごい良い音を出してた。正に孤高ってやつだねー」
「………」
持論を述べる忍に対し、高坂は黙って話を聞く。
「俺は高坂さんみたいな音を出せない。正直、無茶苦茶悔しいよ。自分が出せない音を、1個下の後輩が吹いてるんだからねー」
忍の口調はひょうきんだが、内容はかなりシリアスなものだった。
「……でも、私にはアッキー先輩みたいな"優しい音"は出せません」
すると、高坂は尚も真剣に忍を見つめ、そう言い放った。褒められると思っていなかった忍は、少々驚いた様な顔になる。
「……ははっ、そう言って貰えて光栄だねー。……そうだね。だから、もし俺がソロパート落ちても、俺は高坂さんの音の方が良かったって、納得出来るかな?今の演奏を聞いて、そう思った」
そして、いつも通りひょうきんに笑って、忍はそう言い放った。
「って事で、自分は失礼しやす。じゃあ高坂さん、オーディション頑張ってにー」
最後に忍はそう言って、楽譜台を持ち直し、校舎の中へと消えていく。
「……やっぱり、不思議な人だな……」
去っていく忍の背中を見ながら、ポツリと高坂はそんな事を呟いた。
原作では麗奈は久美子と誰も居ない大吉山で演奏し、この作品ではアッキーが優子と人の多い宇治川の河川敷で演奏した。
それも、この2人の音楽性の違いが現れてるのではないでしょうか。