響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「あれ?、珍しっ。もう出るの?兄ちゃん?」
「……おー、……吉川に早く来いって言われた……」
オーディション当日の朝、リビングで凛花が朝食の手伝いをしていると、学生バッグとトランペットケースを持った忍が、ものすごい眠そうな顔で、もう出ようとしていた。
対して凛花は聞き覚えのあるその名前に、少し考える素振りをする。
「吉川って……あぁ、あのあがた祭りで一緒に居た……」
「おー、その吉川。……ふあぁぁ……何で俺がこんな早よ出なきゃいけねーんだよ……」
朝にすこぶる弱い忍は、大あくびをして軽く悪態を吐きながら出る準備をする。
何故彼がこんな早起きかと言うと、昨日の夜、吉川から『明日は早く来て。遅刻したらオーディション受けられない体にしてやる』と、謎の脅し文句が添付されたメールが来たので、それを無下にする事も出来ずに今の早起きに至ったと言うわけだ。
「……今日オーディションでしょ?だからじゃ無い?」
「普段から練習してんだから、そのままやれば大丈夫だっつーの」
心配そうにそう聞く凛花に対し、忍は眠そうな態度を崩さずそう返した。
「……兄ちゃんは、そうでも無さそうだけど?」
「当たりめーだろ?普段から誰より吹いてんだから、落ちる気しない」
「おー、自信満々ですな」
オーディション当日なのに忍はいつも通り。緊張する筈も無かった。それは普段から誰よりもトランペットを吹いていると言う、自信から来るものだった。
「で?ソロは?」
「ソロは微妙。まあ、全力は出すけどね。なる様になるんじゃない?」
このように凛花にソロパートのことを聞かれても、あっけらかんとそう返す。
「まあ、頑張ってよ。ソロパート落ちたら、また私が慰めてあげよー」
「そうならない為に全力は尽くさないとな。兄の威厳を保つ為に」
揶揄うように笑って凛花がそう言うと、忍も軽く笑ってそう返す。
「じゃあ、行ってきまー」
「行ってらー」
そして、いつもよりかなり早く、忍は学校に向かった。
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忍が吉川に来るよう言われた場所は、人気の無い校舎裏。いつもよりかなり早く忍が学校の門を潜ると、複数の楽器の音がポツポツと聴こえてきた。皆、不安で練習しているのだろう。
「……吉川も、練習してんのかな……」
今のところトランペットの音は聞こえて来ないが、吉川を待たせると後が怖いので、忍は少し早歩きで指定された場所まで歩いて行く。
「……遅い!」
「5分だろ?許容範囲、許容範囲」
案の定怒った。まあ、ギリギリで行動する忍も忍なのだが。
朝は早いが、吉川はいつも通りで、緊張で寝不足という事も無さそうだった。
「で、何の用?練習でもすんの?」
「もちろん、ていうか、アンタにアタシの演奏、ちょっと見てもらいたいのよ」
すると、意外な提案をして来た吉川に、忍は目を丸くする。
「吉川の?良いけど、なんで?」
「問題が無いのかと、客観的な意見が欲しいの。アンタは音楽に関しちゃ正直すぎるからね」
そう言って、吉川はケースからトランペットを取り出す。いつもより素直な彼女に、忍も少々面を喰らっていた。
「お、おう。まあ、見てやっても、いいかなーって」
そして、どこか辿々しく忍はそう返す。
「そう、じゃあ、よろしく」
吉川はあっさりと、そう返す。いつもならこんな返しをすると、タイキックが飛んでくるのに、今日はオーディションでやる部分の指運に集中している。それを見て、忍はようやく理解した。
吉川は、このオーディションに本気なのだと。
そして、素早くチューニングを終えると、譜面を一通り確かめて、吉川は忍の方を見て合図する。
「……じゃあ、24小節から行くわよ?」
「……うん、やってみて」
ならば、全力でそれに応えよう。こうして、忍による吉川の演奏チェックが始まった。
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「……どうだった?」
「全体的にまとまってる。この調子じゃ、落ちる事はないでしょ」
一通り吉川が吹き終わると、忍がそんな評価を下す。心からの評価。忍は音楽では絶対に嘘をつかない。それは、吉川も分かっていたので、小さくガッツポーズを取る。
「もう終わろっか、そろそろHRも始まりそうだし」
すると、忍がスマホの時刻を吉川に見せて、そう提案する。
「……そうね。なんだか、アタシだけ吹いちゃって悪いわね。アンタも練習したかったでしょ?」
「いいよ、どうせ吉川が誘ってくれなかったら、ギリギリまで寝てたし」
「はっ、緊張感無いわねー」
忍が軽く笑ってそう言うと、吉川が軽く小突いてそう返す。
「実力なら自信があるからねー。毎日毎日吹いてんだから、緊張する事も無いんですよー」
そして、忍はいつも通りひょうきんに、そう言い放った。
「あら、相当な自信家ね?……じゃあ、ソロパートを取る自信もあるって事?」
すると、吉川は少し俯いて、声をワントーン低くして忍にそう聞く。
「うーん、全力は出すけど、受かるかは分かんないなー」
いつもは自信満々の忍が、何処か弱気な発言をした事に、吉川は驚いた。
「……なに?、あんだけ大口叩いておいて、受からないかもしれないって言うわけ?」
「違う。音楽性の違い。生憎、この曲とすこぶる相性の良い一年が居るからねー」
忍がそう言うと、吉川はさらに考え込む様に、厳しい顔をする。その一年は、吉川もよく知っている。
「……でも、アンタはソロパート吹く気なのよね?」
「当たり前じゃん。言ったでしょ?全力は出すって」
吉川の問いかけに、忍は即答する。それを聞いて吉川は、少し悲しそうな顔になった。
「それなんだけど………ううん、なんでもない。オーディション、アンタなら大丈夫と思うけど、油断しないでよね」
そして、何かを言いかけるが、吉川はそれを誤魔化す様に、忍に激励の言葉を送った。
「……分かってんよ。音楽で手を抜くなんて、あり得ないからね」
忍もなんだか吉川の様子が何かおかしい事に気付いたが、それには反応せず激励の返事だけを返す。
「じゃあ、片付けよっか?」
「……うん」
吉川がそう言って朝練の片付けを始めると、忍もそれを手伝う。片付けの途中も、何か思い詰めた様な顔を吉川はしていたが、この時の忍は、それに触れる事はしなかった。