響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「……で、それを俺に言って何になるの?」
「何って、アンタは納得してんの!?」
近所の公園、ジャングルジムの側で、2人の男女が会話をしている。しかし、甘い雰囲気などでは無い。
「してる。なんで?吉川はしてないの?」
「してるわけ無いじゃない!香織先輩は今年で最後なのよ!?それに!アンタだって、去年あんだけ実力があったのに……!!」
吉川優子は、混乱していた。高坂がソロパートを取ったのも、中世古が何処か諦めがついた様な顔をしているのも、忍が納得そうな表情を見せているのにも、彼女は全てに納得がいって無かった。
「それより高坂さんが良い音を出したからでしょ?香織先輩よりも、俺よりも」
対して忍は淡々と、しかし真っ直ぐ吉川を見据えてそう返す。
「それに、俺はそんな理由で滝先生がソロパートを決めたとは思えないよ」
続けて、忍はそう言い放つ。
「でも!それは事実であって」
「だからなんだよ?……吉川。お前、この事香織先輩に言ったりしてないだろうな?」
吉川の言葉を遮り、いつもひょうきんな忍が睨め付ける様に吉川を見据える。
忍が怒る事など、殆どない。しかし、その言葉には確かな苛立ちを孕んでいた。
「っ!!………」
痛いところを突かれたと、吉川は顔を背ける。それは、無言ながらに答えている様なものだった。
「………言ったんだな?」
忍の問い掛けに、吉川は無言で頷く。すると、忍は一つ、「はぁー……」と、大きなため息をついた。
「言っちゃったもんはしょうがない。……で、香織先輩はなんて?」
「………"そんな事ない。私は納得してる"って……」
俯いて、力無く吉川はそう呟いた。
「………そっか。じゃあ、この話は終わり。帰るべや」
そして、いつも通りに戻った忍は吉川の横を抜け、公園を後にしようとする。
「アンタは……」
すると、吉川は震えた声でそう呟く。その声に、忍はもう一度吉川の方へと振り向く。
「アンタは!……何でそんなにもっ!……何でそんなに残酷に……」
泣きそうな顔で、吉川は忍を睨め付ける。彼女も、何処かでは分かっているのだろう。
実力で言えば、中世古はどう足掻いても高坂に届かないのだと。
忍が納得してるのも、私情は無く、ただ純粋に音を評価した結果なのだと。
実力で決まったオーディション。それが、どれだけ残酷な事かを。
「……俺は、納得してるよ」
「アタシは、納得してない」
忍がそう言うと、吉川はキッと忍を睨めつけてそう返す。
このソロオーディションの結果に1番納得していないのは、競い合った3人の演奏者では無く彼女、吉川優子だった。
「……納得してないから」
そして、吐き捨てる様にそう言い放ち、忍の横を抜けて吉川は公園を後にしようとする。
「……吉川、お前、妙な事考えてない?」
すると、そんな吉川の様子に違和感を覚えた忍は、怪しむ様にそう聞く。
「…………」
しかし、それに反応する事なく、吉川は公園を去って行った。
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その時は、唐突に訪れた。
「余ったものは、壁に貼り付けてください」
音楽室に似つかわしくない光景が広がっている。滝先生に持ってくる様言われた毛布。それを、音楽室全体に敷き詰める。
なぜこんな事をしてるのか。それは、毛布が持つ消音効果にあった。
「先生、終わりました」
「はい、ご苦労様です。これでこの部屋の音は、毛布に吸収され、より響かなくなります。響かせるにはより大きな音を、正確に吹く事が要求されます」
滝先生が、この毛布だらけの音楽室の説明をする。
実際の会場は、この音楽室よりも何倍も広い。会場いっぱいに自分達の音を響かせるには、普段からこの様な環境で吹いて意識しなければならないのだ。
「では皆さん、練習を始めましょう」
「「「「はい!」」」」
そして、皆んなが演奏の準備に取り掛かろうとしたその時、
「先生!一つ質問があるんですけど良いですか?」
吉川が声を上げた。
「なんでしょう?」
滝先生がそう言うと、吉川は一瞬考え込む。そして、意を決した様に顔を上げ、
「滝先生は、高坂麗奈さんと以前から知り合いだったって、本当ですか?」
音楽室が、一瞬にして静まり返った。
「それを尋ねて、どうするんですか?」
滝先生は動じる事なく、質問にそう返す。
「優子ちゃん、ちょっと……!」
隣にいた中世古が止めようとするが、それを無視する様に吉川は滝先生の前に出る。
「噂になってるんです!オーディションの時、先生が贔屓したんじゃ無いかって!答えて下さい!先生!」
詰め寄る吉川に対し、滝先生は涼しい顔を崩さない。
「贔屓したことや、誰かに特別な計らいをした事は一切ありません。全員公平に審査しました」
「……高坂さんと知り合いだったと言うのは?」
吉川がそう聞くと、滝先生は少し考えら様に間を取り、一拍置く。
「……事実です」
滝先生がそう言い放つと、音楽室が騒めいた。
「父親同士が知り合いだった関係で、中学時代から、彼女の事を知っています」
そして、淡々と滝先生はそう述べた。それを聞いた吉川の詰問は続く。
「何故黙ってたんですか?」
「言う必要を感じませんでした。それによって、指導が変わる事はありません」
「だったら…!!」
「だったら何だって言うの?」
その言葉に、音楽室の全員がその声の主の方向へ顔を向ける。
そこには、これでもかと言うくらい険しい顔をした高坂の姿があった。
「先生を侮辱するのはやめて下さい。何故私が選ばれたか、そんなの分かってるでしょ?」
そして、高坂は吉川をキッと睨め付ける。
「香織先輩より、私の方が上手いからです!!」
その高坂の発言に、吉川は激昂する。
「アンタね!!自惚れるのも良い加減にしなさいよ!!」
「優子ちゃんやめて……!」
中世古の静止も虚しく、吉川は今度は高坂に詰め寄る。
「香織先輩がどれだけ気を遣ってたと思ってんのよ!!それを!!!」
「吉川!」
すると、高坂に手を出そうとした吉川の腕を、忍が掴む。
「うるさい!アンタもアンタよ!!何で1番実力のあるアンタが!落ちる結果になってんのよ!!」
そしてその手を振り払い、今度は、忍に噛みつき始めた。もう止まらない。誰もがそう感じていた。
「なんでアンタより高坂なのよ!!アンタだったら!アンタだったらアタシはまだ納得出来たのに!!!」
そんな吉川の悲痛な叫びを、忍は黙って聞く。
「悔しくない訳!?一年にソロ取られて!!アンタはずっと負けず嫌いだったじゃない!?」
「……………」
噛み付かんばかりの距離で、吉川は忍に詰め寄る。
忍も吉川の中世古に対する思い入れが深いのは理解している。だからこそこの様に散々なことを言われても何も言わない。
しかし、次の吉川の言葉は、忍には許せなかった。
「こんなん!誰がやったって一緒じゃない!!!こんな意味ない音楽なんて!やらない方がマシよ!!!」
忍の中の、何かが切れた。
「………言いたい事は、それだけ?」
身も凍る様な、冷たい声。そして、次の瞬間……
________パァンっ!!_______
音楽室に響く破裂音。
その場にいた、全員が驚く。中世古も、高坂も、その他のトランペットのパートメンバーも。そして、滝先生でさえも、目を見開いている。
吉川は、勢いで床に倒れそうになるのを足で踏ん張る。
そう。忍は、吉川の頬を思い切り叩いたのだ。
「………目、覚めた?」
叩いてから数秒後、静まり返った教室の中、忍は吉川に対しそう聞く。
「………元々覚めてるわよ」
そして、先程の激昂した様子が嘘のように、落ち着いた声で吉川はそう返す。
1年は茫然と、それ以上に2、3年生は、信じられないものを見るかの様な表情をしていた。
「……皆さん」
そしてその静寂を破ったのは、滝先生だった。いつもなら淡々と言うその口調が、何処か戸惑いの色を纏っている。
「……皆さん、準備を進めておいて下さい。そして秋川君は、私と共に今すぐ職員室に来なさい」
「…………はい」
冷たく、凍える様な滝先生の命令口調の声に、忍は一言、それだけ返す。そして、まだ衝撃で立ち尽くしている者しかいないこの音楽室から、2人して出て行った。
「うぅっ!うぅ……うっ…」
1人、そんな光景を目の当たりにして、中世古は遂に泣き崩れてしまった。