響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
中世古香織は、夢を見ていた。
「もー、あの2人、どこにいるのー?」
それは去年のいつ頃か、実際に目にしたもの。
部活も終了の時間、個人練に出かけたある2人がいつまで経っても帰って来なかったので、中世古が校舎内を探し回っていた時のものだった。
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何処からかトランペットの音が聞こえ来る。その音の方向に、引き寄せられる様に中世古は歩みを進める。
音の元は、ある教室から聞こえて来た。音は2つ。その教室に近づくとその音は消え、今度は2人の話し声が聞こえて来た。
「違うってー。ほら、ここメゾピアノでしょー?」
「あ、ホントね」
中世古がその教室のなかを覗く。そこには、2人の男女が隣同士で座っていた。教室にはその2人以外誰も居ない。
入り口に背を向けているので、2人とも中世古の存在には気付いていなかった。
彼女も花の女子高生。興味が湧いた中世古は、取り敢えず声を掛けず、面白そうに影からその光景を見つめる。
「ここはお互いに心を通わせた2人が、信頼し合って踊る場面だろ?何?お前"美女と野獣"、見た事ないの?」
「ちっちゃい時に見たけど忘れたわよ。そんなもん」
「っかー!ドライなやっちゃ!まあいいわ。こんくらい強気なベルも悪くない」
「バカにしてんの?それ」
お互いに軽口を飛ばし合い、男の子は心底楽しそうに、女の子は鬱陶しそうに、それでいて何処か満更でも無さそうに会話のやり取りをしている。
それは、とても自然で、お互いに心を通わせている様な、魅力的なものだった。
「じゃあ、サビから。いくよー」
「うん」
そして、2人は同時にトランペットの音を奏でる。二重奏だ。ゆったりとしたメロディ。それに中世古は耳を傾ける。
あったかくて、寄り添う様な、そんな音色。女の子の方はまだ慣れてないのか、何処か吹きにくそうにしている。
それを男の子が導く様に、語り掛ける様に支えて演奏する。
そこには、2人だけの世界が広がっていた。
「……いいなぁ……」
そんな光景を見て、中世古はポツリと、そう漏らした。
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「…………あ……」
目が覚める。夢から覚めた中世古は、何処か名残惜しそうに、そう呟く。
そして上体を起こすと、確かめる様に自分の頬に手を触れた。
「……ははっ、私、寝ながら泣いちゃってたんだ……」
手に濡れた感触を確かめると、中世古はそう呟いた。
「……はぁ。体調悪い……今日は休んじゃお……」
そして、中世古はそう言って再び布団の中に潜り込んで行った。
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トランペットパートの空気は、最悪の一途を辿っていた。
今日はパート練。しかし、練習の為に充てられた教室の中には、パートメンバーの半分しか居ない。
中世古は、今日は体調不良ということで休み。高坂は、相変わらず個人練に行っている。吉川は、まだ練習に顔を出していない。
そして忍は、1週間の部活停止処分を受けていた。
「どうなんのかな……」
ポツリと、2年の加部がそう呟く。
「……分かんねーよ」
それに滝野が、深刻な面持ちでそう返す。
トランペットパートだけでは無い。ここは最悪だが、他のパートもこんな雰囲気だった。
忍が、吉川の頬を叩いた。
それは、今の2、3年には相当ショックだった様で、あの時は中世古はおろか、部長の小笠原まで泣き出しそうな表情をしていた。
「……アッキー先輩、コンクールで吹けないんですか?」
すると、一年の吉沢が、同じく深刻そうな表情でそう聞いてくる。
滝先生からそう言う処置が下されても、なんらおかしくは無い。それ程の事を、あの時忍はした。
「……分かんない。多分、部活には戻れるだろうけど、コンクールがどうかは……」
それに対し、悲痛な顔で三年の笠野がそう返す。すると、吉沢は勢い良く席を立った。
「……い、嫌です!だって、アッキー先輩は上手いじゃないですか!」
吉沢は泣きそうな顔になって訴える。
吉沢秋子は、心の底から忍を尊敬している。
「オーディションに落ちた私にだって!まだ丁寧に教えてくれてますし!それに……」
彼女は、オーディションに落ちた。しかし、それを見捨てる事なく、忍は吉沢に指導をしていたのだ。
「…………」
それは同じくオーディションに落ちた加部にも同じ。吉沢の悲痛な訴えに、顔を背ける。しかし、それ以上に……
「誰よりも、トランペットが好きじゃないですかぁ……!」
吉沢は泣きながら、消え入る様に、追い縋る様にそう言い放つ。
その言葉を聞いて皆、痛いところを突かれた様な顔になる。
分かっている。そんな事。
秋川忍は、音楽に嘘をつかない。そして、誰よりもトランペットに対し、真っ直ぐで純粋だ。
楽器を毎日手入れしたり、ソロパートで思う存分悩んでいたその普段からの忍の態度が、それを示している。
だからこそ、忍が吉川を引っ叩いた理由を、パートメンバーは何処かで分かっているのだ。
「……"また"、辞めたりしないよね?」
震えた声で、加部がそう呟く。
「……バカな事言ってんじゃねーよ。面白くなったって、アッキーも言ってたじゃねーか。辞めるわけねーよ」
それに反応したのは、滝野だった。それを聞いて加部が勢い良く席から立ち上がる。
「だって!、アッキー、"去年と同じ事"したんだよ!?またつまんなくなったって、思ってもおかしくないでしょ!?」
叫ぶ様に加部がそう言うと、滝野も勢い良く席を立って加部を睨み付ける。
「あん時とは、状況が違うだろーが!アッキーは今の部活は面白いって言ってんだ!そんな事になる訳ねーだろ!」
「何処にそんな根拠が!!」
「ストップ!!!」
いつも静かめな笠野が声を張り上げ、ヒートアップしてきた滝野と加部の口論を止める。
もう、ぐちゃぐちゃだ。チームとしての形を保てていない。
「……あの、一つ聞いていいですか?」
すると、今度は吉沢が、そんな事を聞いて来る。その表情は、何かを決意した様なものだった。
「……何かな?」
それに笠野が返す。そして、一瞬考え込む様に下を向いた後、ここに居るパートメンバー全員に尋ねる様に、吉沢は口を開いた。
「去年の事件のこと、詳しく教えてくれませんか?」
吉沢のその言葉に、メンバーは一様に顔を背ける。しかし、笠野だけは、吉沢をしっかりと見据えていた。
「……そうだね。もう、ここまで来たら、秋子ちゃんにも話しておこうか?」
「ちょ、沙奈先輩!」
すると、加部が反対する様にそう言う。しかし、笠野は真剣な表情を崩さない。
「もう無理だよ。このままじゃチームが崩れる。それに、秋子ちゃんは同じトランペットパートの仲間。知る権利はあるでしょ?」
「…………」
笠野が諭す様にそう言うと、加部は黙りこくってしまう。笠野が滝野の方に顔を向けてみると、一つ、彼も頷いた。どうやら話でもいいと言う合図らしい。
そんな反応に困った様に一瞬だけ笑うと、吉沢の方に顔を向け直し、本題に入った。
「……今から話す事は、誰にも言わないでね?」
真剣な顔付きで笠野がそう言うと、吉沢は強く頷く。
その話は、北宇治高校吹奏楽部に今も尚重くのしかかっている、秋川忍の過去だ。