響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
秋川忍は、周りから自由人と呼ばれる。
彼は、一言で表すなら単純明快。良い音だと思えば良いと答えるし、悪い音だったら悪いと答える。そんな男。
全ては自分の楽しいと思った事から、行動を始める。そして、それをやり遂げる。その強さが、忍にはあった。
しかし、それが必ずしも正解だとは限らない。
北宇治高校吹奏楽部の去年と言えば、それはもう緩みに緩み切っていた。ろくに練習もせず、パート練で聞こえて来るのは、楽器の音の代わりに聞こえる姦しい喋り声のみ。
だが、忍はそんなものは気にしてなかった。
練習しない人は、放っておけば良い。
そんな考えを、彼は持っていた。吹奏楽は、チーム競技の側面が強い。しかし当時の忍はそんなことよりも、自分がどれだけ良い音を出せるかに傾倒していた。
つまり、部内の人間関係に一切興味を示さなかったのである。
だが孤独になった訳ではなく、一つ違いがあった。
それは、音楽を本気でやろうとする人間に対しては、積極的にコミュニケーションを自ら取っていったのである。
中世古、吉川、滝野。音楽に真面目に取り組む人間には、楽しそうに自ら音楽の話題を振りに行った。
しかし、不真面目な3年生がそれを見てどう思うか?自分達は話しかけられず、真面目にやっている人達のみで楽しそうに会話が進む。
最初は、まだ良かった。生意気な一年が、何かしていると。この緩い部活で本気で音楽に取り組んでいる変人が居ると、当時の3年生はそんな目で見ていた。
だが、それが無視出来なくなる事が起こった。
忍が、ソロコンの最優秀賞を受賞したのである。
生意気な1年生に、大きすぎる実績が付いた。
しかし、忍は自分の在り方を変えようとはしなかった。
いつも通り音楽に真剣に取り組んでいる人間には積極的に話しかけ、そうでない人には決して自分から話しかけない。
実績が付いた忍に無視された3年にとっては、それは面白く無い事だろう。嫉妬心と言うのは、誰でも持っている。
そこから、忍に対する嫌がらせが始まった。
挨拶の無視。練習内容を、わざと忍に教えないなど、最初は軽いものだった。
しかし。それに、不運が重なる様な出来事が起こる。
当初から不真面目な3年生に反発していた1年生の一部が、実績を持つ忍の力を借りようとしたのである。
"秋川忍はソロコンテストで最優秀賞を取った。なら、そんな実績を持つ人間が説得すれば、先輩達も変わるかも知れない"
そんな、浅はかな考え。
当初は忍も断った。そんなもので変わるはずが無いと分かっていたからだ。
しかし、1人の女子生徒にしつこいぐらいに頭を下げられ、遂に根負けした忍は、その反発していた1年生集団と3年生達に抗議をしに行く事となった。なってしまった。
そしてそれが、非常に不味かった。
ただでさえ、目の上のたんこぶの様な扱いを3年生達からされている忍が、別に3年生と対立している1年の中に加わった。
そしてそれを見た3年生が、何も思わない筈がない。ソロコンの最優秀賞受賞という実績を鼻にかけ、して欲しくもない説教をされる。そういう風に、3年生達には映る。
嫌がらせは、苛烈を極めた。
つまり、矢面に立たされた状態となったのである。それも、今までとは違い露骨に、より直接的に。
合奏練習で忍の席と楽譜台が用意されないのは当たり前。楽譜をメチャクチャに引き裂かれ、忍だけ楽譜が無い状態で練習をした事もあった。
しかし、忍は怒らなかった。寧ろ、明るく振る舞ったのだ。席を用意されなければ、『目立って逆に良い』と笑って返し、楽譜を引き裂かれれば、『もう覚えてるから全然オッケー』などと、得意げに返す。
それを面白く思わない3年生は、嫌がらせを続ける。そして忍はいつも通り、ひょうきんにやり過ごす。また、嫌がらせが起こる。
そんな事が、続いていた。
「………そんな、……酷い……」
話を聞いた吉沢が、悲痛な面持ちでそう呟く。その場にいた加部と滝野は、俯いて無言のままだ。
「……そうだね。私達も止められれば良かったんだけど、その時の3年生はもう暴走状態で、……ごめんね?」
笠野がそう説明すると、吉沢は首を横に振る。その"ごめんね"は、嫌がらせを止められなかった事に対するものだろう。
しかし、下級生にとって3年生の怖さというのは、想像以上のものがある。それが血眼になって、忍に嫌がらせをしてるとなると、止めろと言う方が難しい話であった。
「……アッキーは強い子なんだよ。……でも、"あの事件"だけは、アッキーにとって絶対に許せなかったんだと思う」
「……ごめん!、アタシ、無理!」
続けて笠野がそう言うと、耐え切れなくなったのか、加部は教室から逃げる様に出て行ってしまった。
それを見て、吉沢は生唾を飲む。どんな出来事があったのだろうかと。そして、笠野は覚悟を決めた様に話し始めた。
「……アッキーが、自分の楽器を凄い大切にしてるのは、秋子ちゃんも知ってるよね?」
その笠野の言葉を聞いて、吉沢の血の気が引いて行く。
忍は、命の次に、いや、自分の命と同等に楽器を大切にしている。それがもし、散々な扱いを受けたとしたら?
人には、絶対に超えてはいけないラインと言うものが存在する。
___________
「はーい、ちょっと休憩ー」
去年、音楽室。合奏練習中に、当時の部長がそう言うと、各々休憩に入る。
まあここから10分20分と休憩を伸ばすのが関の山なのだが。
「タッキー、トイレ行くべや」
「お、良いぞー」
忍が滝野を連れションに誘う。いつも通り、ひょうきんに。そして自前のトランペットを滝野の椅子の上に置くと、忍は音楽室から出て行く。いつも通り、忍の席は用意されていない。
そして、それを見計らった様に、その集団はトランペットパートに近づいて来た。
「へぇー。あの子のペット、こんなんなんだー」
「なーんか、面白味に欠けるわよねー」
椅子の上に掛けてある忍のトランペットを見てニヤニヤしながら、3年生がそんな会話をする。
そしてその内の1人の右手には、油性ペンが握られていた。
「もっとさー、こう、彩が必要だと思わない?」
誰が見ても醜悪と呼べるニヤついた顔。しかし、誰も声を上げられない。"反論したら、次はお前だ"と言っている様な、凄まじい圧があった。全員いるこの合奏練習の中、見せつける様に。
この後の事は、容易に予想が出来る。
「や、やめて下さい!」
すると、怯えながらも1人の少女が、その3年生達に噛み付いた。
吉川である。
「あ?、何?アンタもコイツと同じなワケ?」
ギロリと吉川を睨め付け、ドスの効いた声で3年生はそう言い放つ。それに怯んだ吉川は、一瞬にして大人しくなってしまった。
そこには、邪魔したら許さないと言っている様な、怨嗟が込められいる様にも見えた。
「……先輩、私からもお願いです。辞めて下さい」
すると、吉川の前に立つようにして、続けて中世古がそう言って頭を下げた。
「やめない」
しかし、3年生は尚も顔をニヤつかせて、そう言い放った。
そして、その手で忍のトランペットを持ち上げる。
「へー、良いの使ってんじゃん」
「!!、やめっ……!!」
中世古が手を伸ばした時は、もう遅かった。
まずは、1人が、そのトランペットに"バカ"と書く。
「あの子には勿体ないよねー」
そして、続けてもう1人が"死ね"と、直接的な文字を書く。
「アタシ達がもっと良い様にしてあげるからさー」
そして、もう1人がそう言って忍のトランペットを受け取った瞬間……
「何やってるんですか?」
身も凍る様な、冷たい声が音楽室に鳴り響く。
3年生達は、ゆっくりとその声の方向へと振り向いた。中世古と吉川は、それを見て絶望的な表情になる。
そこには、あまりにも無表情にその光景を見つめる、秋川忍の姿があった。
「……何って、アンタのトランペット。可愛くしてあげたんだけど?」
そう言って、3年生の1人はトランペットを投げる様にして忍に返す。それを、忍は両手で受け止める。
無惨な姿に変わり果てたトランペットを見て、忍は一つ、大きく深呼吸をした。
「……言いたい事は、それだけですか?」
そして、3年生達の前まで歩いて行き、右手を大きく振りかぶる。
「秋川君!やめて!!!」
中世古がそう叫んだ時には、もう遅かった。
______そして、その日以降、忍は部活に顔を出さなくなった。