響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
絶句。吉沢の反応は、まさにそれだった。
明かされた忍の過去、それは、想像以上のものだったからだ。
「……なんですか、それ」
それと同時に、怒りが湧いて来る。何故、一番真剣に取り組んでいる人間がこんな仕打ちを受けなければならないのかと。
吉沢は、忍が自分の楽器に名前を付けてまで溺愛している事を知っている。
何故、そんな事態になるまで放っておいたのかと。
「何で誰も止めなかったんですか!?アッキー先輩達が楽器を大切にしてる事なんて、ここに居る誰もが知ってる筈じゃないですか!?」
吉沢は、声を張り上げる。目の前には1年も2年も上の先輩が居るが、そんな事は関係ない。
吉沢秋子は、秋川忍を尊敬している。それはもう、心の底から。自由で、ひょうきんな性格。卓越した演奏技術。それでいて、決して頑張る人を見捨てない。
吉沢は、そんな忍の姿を間近で見ている。
そんな先輩が受けた仕打ち。それを聞いて、怒らないはずもなかった。
吉沢の怒りに、その場にいる滝野と笠野は何も言えず俯いてしまう。
忍に対する負い目。それは、トランペットパートに降り掛かった呪いの様なものだった。
「そうね、悪いのは私たちよ」
すると、教室の入り口の方から、そんな声が聞こえる。皆その方向に顔を向けると、吉川が入り口で立っていた。
「………優子ちゃん……」
「………吉川……」
「……優子先輩……」
パートメンバーの反応は驚きだった。何故なら誰しもが、今日は吉川は来ないと思っていたからである。
吉川はそんな空気をものともせず教室に入ると、演奏の準備をする。いつも通り、淡々と。
しかし、皆その異変に気付いていた。
「……吉川、お前、その顔………」
ひどい顔。女性にこう言うのもなんではあるが、吉川の今の顔は、そう表現するしか無い様なものだった。
目の下には大きいクマが出来ており、髪は少し乱れ、目は何処か虚になっている。恐らく、一睡もしてないのだろう。
「ゆ、優子ちゃん、今日は……」
「練習しますよ。アタシはコンクールメンバーですから」
笠野が止める様促す前に、吉川はそう返す。大丈夫では無い事は、誰の目から見ても明らかだった。
しかし、ただ一人。吉沢だけは彼女の事を睨め付けていた。
「……優子先輩。あの後、アッキー先輩と話しましたか?」
「ちょっと秋子ちゃん……!」
吉沢の突き刺す様な問い掛けに、一瞬、吉川は肩を震わせる。横では笠野が、必死に吉沢を止めようとしていた。
「……秋子ちゃんには、関係無いでしょ?」
尚も準備をしながら、吉川はそう返す。すると、吉沢は一層険しい顔になった。
「関係あります!確かに!優子先輩を叩いたのはアッキー先輩です!でも!ただ怒ったからって理由で叩いたんじゃ無いのは、優子先輩が1番知ってる筈でしょう!?」
笠野の静止を振り切って、吉沢はそう吉川に詰め寄る。初めて見る吉沢の激昂に、滝野も笠野も驚いた顔になっている。
「……分かってるわよ」
ただ一人、吉川だけは俯いてそう返す。そして、淡々と楽譜台に楽譜を設置する。
「じゃあ!優子先輩が居るべき場所はここじゃ無いと思います!!」
「………」
吉沢の詰問に、吉川は無言を返す。しかし、それが油に火を注ぐ結果になったのか、さらに吉沢は感情を露わにした。
「仲直りして下さい!優子先輩!アッキー先輩だって、嫌いで優子先輩の事を叩いた訳じゃ
「うるさい!!!」
すると、尚も言い詰める吉沢の言葉を遮る様に、吉川はそう叫んだ。
怯んだ吉沢は、一瞬にして静かになってしまう。
「分かってる。……分かってるわよ……アタシが悪いって……」
震える声で、吉川はそう言う。
「……吉川……」
その光景に、滝野は驚いた表情でそう呟く。吉川がこんな表情をしてるのを、滝野は初めて見た。彼女は、吉川優子は勝ち気な性格だ。弱いところを見せる事など、殆どない。
そんな吉川優子が、涙を流していたのだから。
「……個人練、行ってきます」
すると、吉川は準備した楽譜台とトランペットを持って、フラフラとした足取りで入り口の方へと向かう。
しかし、それを通せんぼする様に、吉沢が扉の前に立った。
「……逃げるんですか?優子先輩?」
そう言って吉沢は、吉川の目を真っ直ぐ見据える。その視線に、吉川は咄嗟に顔を背けた。
「逃げないで下さい!ここで逃げたら、絶対に後悔します!優子先輩がアッキー先輩に会うって言うまで!私はここを退きません!!」
吉沢の意思は、固い。それを見て吉川は、少し呼吸が荒くなった。
「……はぁ、……はぁ」
そして、ただでさえ良くなかった顔色が、みるみると青ざめて行く。
「大丈夫?優子ちゃん?」
そんな吉川の異変に気付き、すぐさま笠野が近づいた。しかし、状態は一向に良くならない。
「はぁ……!!はぁ……!!」
呼吸はどんどん荒くなって行く。そして、ゆっくりとその場に吉川は倒れ込んでいった。
「ちょっ!吉川!おい!」
そして、それを見た滝野も吉川に近寄る。間違いない。これは……
「ほ、保健室!とりあえず保健室に!」
慌てた笠野が、吉川の肩を持ってそう言う。
「はぁ!……はぁ!……っはぁ!!」
吉川は、過呼吸を起こしていた。
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「あれ?、兄ちゃん、部活はー?」
ここは秋川家。台所でコップに麦茶を淹れながら、凛花がリビングのソファーで寝っ転がってテレビを観ている忍に対し、そう聞く。
「部活停止食らった。1週間」
テレビを見ながら忍がそう答えると、凛花は飲んでいた麦茶を勢いよく噴き出した。
「はあ!?部活停止!?兄ちゃん、また何かやったの!?」
「吉川ぶん殴った」
「吉川って……あの吉川さん!?はあ!?何で!?」
凛花は尚も驚いてそう聞く。彼女は吉川とは殆ど面識が無いが、祭りの日になんだか忍と良い雰囲気になっていた事を覚えていたからだ。
「今までやって来た音楽を馬鹿にした。以上」
そんな混乱気味の凛花に、忍はテレビから凛花に視線を移し、ピシャリとそれだけ言い放った。
「……殴った事めっちゃ後悔してんじゃん」
しかし、忍の顔を見て、何か察した様に凛花はそう言い放つ。対して忍は、膨れっ面になった。
「してない」
「嘘。そんな寝不足な顔見せられても、説得力無いよ?」
凛花の言う通り、忍の顔も吉川と同じくひどい顔になっていたのだ。
「……実はしてる」
そして、観念した様に忍はそう言い直した。こう言うところは素直である。
それを聞いて、凛花は困った様に笑った。
「何があったか分かんないけど、後悔してんならちゃんと謝っときなよ?」
「……分かった」
諭す様に凛花がそう言うと、忍はやりにくそうにそう返す。これではどっちが年上なのか分からない。
すると、忍はソファーから立ち上がって、リビングを後にしようとする。
「あれ?、兄ちゃん、どっか行くの?」
家にいる時は、90パーセント以上の確率でソファーに寝っ転がっている忍が立ち上がったので、凛花はそう聞く。
「外で吹いてくる。……今日はお前の面倒は見れないぞ?」
すると、何か考えている様な顔をして、忍はそう返した。
「ふーん、分かった。晩飯までには帰って来なよー」
そんな忍を見て、凛花は入れ替わる様にソファーに座り、満足そうにそう言い放った。