響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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どん底

 吉川優子は、夢を見ている、

 

 「トランペット、好きなの?」

 

 それは、まだ吹奏楽部に入部したての時。

 新しく入部して来た同じトランペットパートの男の子に、なんとなく話し掛けた時の夢。

 

 「もちろん。5つの頃から一筋よん」

 当時から何も変わらない。ひょうきんな彼。満面の笑みで、そう答える姿は、トランペットが心の底から好きな事が伝わる。

 

 「って事は、10年か。どうりで上手い訳だ」

 

 今では考えられないくらい外面良く接してたと、夢の中でも苦笑いになる吉川。もうこの1週間後にはこの口調は無くなり、現在の粗暴な感じになっていたのだが。

 男の子は褒められると、嬉しそうな顔を隠そうともせず、そのままケースからトランペットを取り出した。

 

 「でしょー?じゃあ、一曲吹いてあげよっか?」

 

 そして、自慢げにそう言い放つ。

 

 「え、でも、もう先輩達来ちゃうよ?」

 

 「大丈夫。すぐに終わる曲だから」

 

 そして、その男の子は自信満々にそう言うと、マウスピースに口をつける。

 思えば、彼のソロを初めて聞いたのは、この時が初めてだったなと、夢の中でぼんやりとそう思い返す吉川だった。

 

 

 __________

 

 

 「………ん……?」

 

 目が覚める。いつの間に、ベッドで横になっていたのか。寝た状態のまま顔を左右させると、ここが保健室である事が分かった。

 そして、ゆっくりと身体を起こす。

 

 「お、起きた?」

 

 吉川が上体を起こすと、中川がへらりと笑って吉川にそう聞いて来た。

 

 「……なんだ、アンタか」

 

 「ごめんねー、アッキーじゃなくて」

 

 不機嫌そうな顔で吉川がそう言うと、揶揄う様に笑って中川はそう返した。いつもならここで吉川が噛み付くはずなのだが、寝起きであるからか、少しボーッとしている。

 

 「……あんま覚えてない。倒れたの?アタシ」

 

 「うん、過呼吸だって。落ち着いたら、今日はもう帰りなさいって、滝先生が」

 

 起きて頭が冴えて来て、段々と吉川も思い出して来る。

 

 「夏紀がアタシを運んでくれたの?」

 

 「いや、運んできたのは沙奈先輩と吉沢ちゃん。吉沢ちゃんなんか、"私のせいで優子先輩が倒れちゃった"って、号泣してたよ?」

 

 「……まあ、半分そうなんだけどね」

 

 苦笑いになって、吉川はそう返す。吉川自身も、いつも大人しい吉沢が、ああ言う風になるとは予想してなかったのだ。

 

 「……よいしょっと……」

 

 「大丈夫?、立てる?」

 

 吉川がベッドから降りようとすると、心配そうに中川がそう聞く。

 

 「うん、大分良くなった。もう一人で歩けるし、アタシ、もう帰るね?」

 

 ベッドから降りると、少し笑って吉川はそう言う。顔色も悪くなく、足取りもしっかりとしていて、本当に大丈夫な様だ。

 

 「……うん、今日はもう帰った方が良いよ。家に帰って、布団にくるまって、眠くなるまで色々考えれば良いんじゃない?」

 

そして、中川は薄く笑って、諭す様にそう言った。 

 

 「……ぷっ、何よそれ、フツーなら気にしない方が良いって慰めるところじゃないの?」

 

 中川の変な慰め方に、吉川が軽く噴いて、そう返す。少しひねくれた中川らしい慰め方だった。

 

 「お、そんだけ元気があんなら、心配要らないっぽいかなー?」

 

 「うっさいわね。あんま調子に乗るんじゃないの」

 

 そして、いつも通りのやり取りも戻って来た。

 

 「じゃあ、アタシもう帰るわ」

 

 そう言って同じく保健室まで誰かが持って来てくれたであろう学生バッグを肩で持つと、出口まで吉川は歩いて行く。

 

 「うん、あ、後、最後に一つだけ」

 

 「何?」

 

 すると、思い出したかの様に中川が吉川を呼び止めた。それに吉川は反応して中川の方へ再度振り返る。

 そして、そのいつもニヤけた不真面目そうな顔から、何処か真剣そうな表情に変わる。

 

 

 「……アッキーは、いい男だよ。逃したら、もう2度と会えない様な、そんな人だと思う」

 

 

 そして、吉川の目を真っ直ぐ見据えて、中川はそう言い放った。

  対して吉川は、その視線に同じく真っ直ぐ返す。

 

 「……分かってるわよ」

 

 一言、それだけ言うと、吉川は保健室から出て行った。

 

 

 ____________

 

 

 

 「………明日、どうしよっかな……」

 

 中世古は、悩んでいた。

 彼女は、誰もが認める優等生。私情で学校を休んだ事など、一回もない。

 しかし、今日ばかりは、人生で初めてずる休みをした。それ程に、あの時の光景がショック過ぎたのだ。

 

 「………はぁ……」

 

 一つ、ため息をついてベッドに仰向けに寝転がり、天井を見上げる中世古。

 彼女は、パートリーダー。今思うのは、トランペットパートがどのようになっているかだけが気がかりであった。

 中世古は目を瞑り、あの時の光景を思い出す。忍が吉川を叩いた理由は、彼女も何となく分かっていた。

 

 秋川忍は、誰よりも音に真面目に取り組んでいる。

 

 だからこそ、音楽に邪な感情が入る事を、絶対に許さない。

 滝先生が高坂麗奈と知り合いだった事。それに関しては、忍としてはどうでもいい。昔からの仲なんだなとしか思わない。しかし、その事実が自分達の音楽に介入するような事があれば?

 そんな事実が、真剣に音楽に打ち込んでいる人達に知れ渡ったら?

 

 

 それで、出す音に影響が出たとしたら?

 

 

 全員が居る前で忍が吉川を引っ叩いた理由は、そこにあった。

 

 

 _______ピーンポーン_____

 

 

 

 すると、家のチャイムの音が、中世古の耳に届いた。一瞬、居留守を使おうとも考えたが、彼女の性格的にそれは許さず、まだ少し怠さが残る体をベッドから起こし、玄関まで向かった。

 

 「はいー、……って、晴香……」

 

 「お芋、買って来たよ」

 

 中世古が玄関の扉を開けると、そこには焼き芋の袋を持った、小笠原の姿があった。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 「やっぱお芋は美味しいねー」

 

 「相変わらず、マドンナとは思ない食べ物の趣味だね……」

 

 中世古の部屋で、小笠原が買って来た焼き芋を互いに食べながら、そんな会話をする。

 

 「いいじゃん。好きなんだから」

 

 そう言って焼き芋を頬張る中世古に対し、小笠原が苦笑いを返した。そして、すこしの沈黙が流れる。

 

 

 「……部活は、どうなってるのかな?」

 

 

 その沈黙を破ったのは、中世古の方だった。対して小笠原は、少し表情を曇らせる。

 

 「……どん底って感じ。……みんな、集中力が切れてる。……特に2、3年生は……」

 

 正にどん底。雰囲気で言えば、去年1年生が大量にやめていった時以上かもしれない。小笠原がそう言うと、中世古も同じく表情を曇らせた。

 

 「……トランペットパートは、どうかな?」

 

 中世古がそう言うと、小笠原は少し肩を跳ねらせる。そして顔を背けるようにして小笠原は事実を述べる。

 

 「……アッキーは、一週間の部活停止処分。高坂さんは、相変わらず個人練習してる。………優子ちゃんは……」

 

 そして、小笠原が吉川の事をどう説明しようかと、少し悩んだ後、

 

 「……途中で体調不良になって、今日は先に帰ったよ」

 

 流石に過呼吸で倒れたとは、言えなかった。小笠原の説明に、「……そっか」と、考え込むようにして中世古はそう返す。実際に目にしたわけでは無いが、それでも状態が良くない事は、小笠原の反応を見て中世古も分かった。

 中世古は、少し俯いて考え込む仕草をする。

 

 

 「………私たちが、何とかしなきゃね」

 

 

 そして、何かを決意したように、そう呟いた。それを聞いて、小笠原は「………え?」と、素っ頓狂な声を返す。

 すると、独白するように中世古は語り始めた。

 

 「私、後悔してるの。去年、秋川君に対する先輩たちの嫌がらせを止められなかった事。それで彼が部活を一度去って行った事」

 

 「………」

 

 中世古の独白に、小笠原は黙って耳を傾ける。

 

 「……私、このまま何もしなかったら、絶対また後悔すると思う。一生すると思う。だって、秋川君が部活で一番音楽が好きだって事は、晴香も知ってるでしょ?」

 

 中世古の問いかけに、小笠原は「……うん」と、短くそう返した。小笠原も、去年忍に積極的に話しかけられた人物の内の一人だ。彼の音楽に対する情熱は嫌と言うほど知っている。

 

 「じゃあ、このまま終わりたくない。せっかく私たちは全国を目指してるんだもん。せっかく秋川君の言う通り”面白い部活”になったんだもん。それが崩れるなんて、私はイヤ」

 

 強い決意を持って、中世古はそう言う。忍が音楽が好きな事もあるが、それ以上に彼女は今、喧嘩別れの様な状態になっている渦中の二人を、どうにかしたいと言う気持ちの方が強かった。

 

 「………そうだね」

 

 そんな中世古の言葉に充てられたのか、小笠原もなにか決意したような顔になって、そう呟く。

 

 

 「……晴香、協力してくれる?」

 

 「……うん、もちろん」

 

 中世古が小笠原を真っすぐ見据えてそう言うと、小笠原も覚悟を決めたようにそう返す。

 

 

 

 どん底に落ちたのならば、あとは這い上がるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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