響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「やっぱりさあ?贔屓するつもりなくても知ってる知らないじゃ違うと思うんだよねー?」
「結局、高坂さんをソロにするためのオーディションだったって話もあるらしいよ?」
「高坂さんのお父さんって、結構有名なトランペット奏者なんでしょ?」
「じゃあ先生嫌とは言えないねー」
噂ばかりが広まる。全くもって、根も歯もない噂。
疑惑が広まる中、滝先生は無言を貫いた。だがそれが問題に蓋をしているかのように映り、部員は不信感を募らせて行った。
「なーんか、去年ソロコンの賞取ったアッキーが落ちるのも納得って感じ」
皮肉のように、誰かがそう言う。この事実が、滝先生が高坂麗奈を贔屓していると言う疑惑を、さらに加速させていた。
しかし、それとはもう一つ別の話題も、部内で沸き起こっていた。
「でも、アッキーが優子叩くなんてねー」
「ねー。何で叩いたんだろ?優子ちゃんとあんなに仲良かったのに」
「もしかして、アッキーも滝先生側とか?」
忍が吉川を引っ叩い事件。忍は悪い事に、部員全員がいる前で叩いた。皆あの光景を見た。だからどちらかと言うと、滝先生の話題より忍の話題の方が大きくなっていた。
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「ごめんね?昨日は休んじゃって」
「いえ!体調は大丈夫なんですか!?香織先輩!」
ここはトランペットパートの練習教室。中世古がそう言うと、吉川が心配そうにそう尋ねる。
取り敢えずは中世古は戻って来た。しかし、部活の雰囲気が変わったわけではない。
地獄のような雰囲気の、トランペットのパート練習。皆、口には出さないが、ピリピリした空気を纏っている。高坂も、吉川も、そして他のメンバーも。
それは、皆オーディション結果に納得してない証拠でもあった。
「ストップ。……皆、音がバラバラ。集中出来てない。……取り敢えず、今日は一日個人練にしよっか?」
中世古の提案に皆、暗く俯いて頷きを返す。
トランペットパートは、まだ崩壊したままだ。
「……私が、なんとかしなくちゃ」
そんな光景を見てポツリと、誰にも聞こえない声でそう呟き、覚悟を決めた様な表情になる中世古だった。
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「……最悪……」
「だろうね」
翌日、2年3組の教室。滝野がそう呟くと、忍が軽い感じでそう返した。
「だろうねって、お前……今渦中にいるのに随分と呑気な……」
「まあ、どのみち今は部活出れないからねー。こうして一歩引いた場所から見てみると、改めて酷さってのが分かるもんですよ」
あいも変わらずいつも通りな忍に、滝野は少し顰めっ面になる。
「………部内は今、お前と滝先生の噂で持ちきりだ。アッキーも分かってんだろ?あの場で吉川を叩いたんだ。皆ショックを受けてる」
「確かに俺は吉川を叩いた。後悔もしてる。でも、それが間違いだとは思ってないよ」
それに対して、忍は真っ直ぐ滝野を見つめ返し、そう答えた。それは滝野も分かっている。忍の性格的に、ああなっても仕方のない事なのだろうと。
「………ホント、アッキーは真っ直ぐ過ぎるな。それで?吉川とはもう話したのか?」
すると、滝野は話題を部活の雰囲気から吉川個人の話に変える。
「うん、一昨日、仲直りした」
「一昨日って、早いな?」
一昨日と言う事は、吉川が過呼吸を起こして倒れて、そのまま帰った時だろう。
メールで仲直りでもしたのかと、滝野は勘繰る。
「吉川の通学路の公園で待ち伏せしたからね」
しかし違った。もっと直接的な方法だった様だ。
「待ち伏せって……そんなストーカー紛いな事……俺は吉川にまだ怒っていると思ってたんだけどな」
そんな行動力の権化の様な忍に、滝野は苦笑いになってそう返して来た。
「確かにあの時は怒ってたけど、俺だって引っ叩いた事は悪いと思ってんだよ?」
「ホントか?いつもケツに蹴り入れられてるから、その恨みも溜まってたんじゃねーの?」
「おー、確かに、タッキーの言う通りかもねー」
そして、いつも通りの軽口も戻って来た。すると忍は窓の外を見て、何か考えるような仕草をする。
「……それに、解決策も自分の中では考えてるしねー」
何処か儚げで、悲しそうな表情でそう言う忍。
しかし、忍が部活に復帰出来るまでは、まだ時間が掛かる。
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今日もパート練習。しかし、今日は何か違う。
教室には、トランペットパートのメンバーが全員集まっている。
そして、教壇の上に中世古が立っていると言う状況だ。
「……取り敢えず、話を聞いてくれてありがとね?」
中世古が、教壇に立ち先生の真似事をしてそう言う。
「い、いえ。香織先輩がそう言うなら……」
うちの一人、吉川が困惑の表情でそう返す。
「……それで、なんの用事でしょうか?」
そして、もう一人、高坂はいつも通り鉄仮面を貼り付けて、中世古にそう返す。
そんな態度に吉川は頬を膨らませて、高坂の方を睨んだ。
「今日は、演奏じゃ無くて話をしようと思って」
「話?」
中世古のその言葉に、滝野が反応した。
すると、中世古は黒板の前に立ち、可愛らしい字体で黒板に文字を書き始めた。
「もー私たち、何回もあの子に振り回されてるから、ここで一回吐き出した方が良いと思うの」
そう言い終わると、黒板に書かれた文字が露わになる。
そこには、"第一回、秋川忍の悪口を言っちゃおー会議"と、可愛らしい文字で書いてあった。
それを見て、パートメンバーの面々は呆然としている。
「今は秋川君、部活に出れないからねー。あの自由人を、今日は皆んなで愚痴っちゃおーって、会議です」
しかし、そんな空気を気にすることもなく、中世古はそう言い放った。
「……なんの意味が……?」
そう聞いたのは、高坂の方だった。中世古の意図が分からず、困った様な顔をしている。
「そのまんまの意味だよ?優子ちゃんは、いっぱい出るかなー?」
「そーですねー。まず何から言えば良いですかねー?ありすぎて迷っちゃいますよー」
対して吉川は、随分と楽しそうだ。普段から1番忍からの被害を被っているのは彼女だ。ここいらで全て吐き出すつもりかも知れない。
「……あの、私、そんな暇があったら練習」
「大事な事だよ」
うんざりした高坂が席を立とうとすると、中世古がそれに被せる様に真面目な口調でそう返して来た。
「……高坂さんって、秋川君の事、どれくらい知ってる?」
そして、薄く、困った様に笑って中世古はそう聞く。
「……すごい上手いと思います。ソロコンの賞を取る実力者なだけあります」
「違うなぁー」
すると、中世古は首を振って高坂の言葉を軽く否定して来た。
「トランペットだけの実力じゃ無くて、中身の方。あの子がどう言う人間なのか。何か知ってる?」
諭す様に、中世古は高坂に向かって続けてそう聞く。対して高坂は少し考える様に俯いた後、反発する様に中世古を見つめる。
「……関係、無いじゃないですか。そんなもの、演奏になんら」
「関係あるよ」
そしてピシャリと、中世古は高坂に対してそう言い放った。いつもとは違う彼女の姿に、高坂も少し鉄仮面を崩してたじたじとなる。
「……吹奏楽ってね、一人じゃ演奏出来ないの。自分の音を突き詰めるのも大事だけど、周りの音も聴かないといけない。それは、高坂さんにも分かる?」
「…………」
諭す様な中世古の言葉に、高坂は無言を返す。思い出していたのは、中学最後のコンクール。せっかく自分のベストを尽くしたのに、全国に届かなかったあの演奏。死ぬほど悔しくて、当時は何が悪いのか分からなくて、涙を流した。
あの時、自分には何が足りなかったのか?
「高坂さんの音って、綺麗だよねー。"孤高"って感じで。私もすごいなって思う。……でもね、それだけじゃ全国には行けないと、私は思うな?」
コンクールメンバーは、最大55名。その中で、高坂麗奈は実力が突出していると言っていいだろう。野球で言うならば、エースだ。
しかし野球と違って、吹奏楽は"エース"だけが強くても、コンクールでいい結果は出せない。高坂がエースとして力が発揮できる場所は、12分あるプログラムの中でのたった1分でしか無い。
その他がバラバラであったら、エースである高坂の演奏なんて、一瞬で霞む。
吹奏楽は、総合力の音楽。それは、紛れもない事実なのだ。
「……今日は、高坂さんにトランペットパートのみんなの事をよく知ってもらいたいなって思って、こう言う会議を開いたの。音って、その人の性格がよく出るって言うでしょ?」
「………はい」
中世古の問いかけに、考え込む様にして一つ頷く高坂。ようやく、中世古の意図が汲み取れて来た様だ。
吹奏楽は、総合力の音楽。ならば、周りの音を聴いて、その人の出す音を理解しなければならないのだ。それで無いと、ハーモニーは生まれない。
そして、それを可能にするためには、他の人間がどの様に音楽に向き合っているか、どの様な性格をしているかを知っておかなければならない。
「じゃあ、今日は無礼講で話しちゃおー。まずは、秋川君に何か言いたい人ー?」
「はいはーい!アタシから言いまーす!!」
そして、明るく中世古がそう言うと、水を得た魚の様に吉川が食いついてくる。
……いつも忍にどれだけ迷惑を掛けられているのだろうか?
「えーっとー、まずアイツってデリカシー無いじゃないですかー」
こうして、本人のいないところで秋川忍に対する愚痴大会が始まった。