響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「はい。では、今日で部活停止期間は終了です。部活に復帰しても構いませんよ」
「はーい。どーもすいやせんでしたー。これからは粉骨砕身頑張って行くつもりでありますー」
職員室、忍がもうこの学校に入ってから何枚目になるか分からない反省文を滝先生に渡し、それを確認した先生から、部活復帰の許可が下る。
反省の色があまり見えない忍に対し、滝先生は困った様に笑った。
「もう少し、反省の色を見せてほしいのですけどね。松本先生は、まだ秋川君に対して怒ってますから」
「してますってー。こう見えて吉川ぶん殴った事ちょっと後悔してるんですからー」
しかし変わらずに忍がひょうきんにそう返すと、滝先生は一瞬だけ表情を曇らせる。
「……吉川さんとは、……その……」
何処か言いにくそうに、滝先生はその話題に触れようとする。
「ちゃんと仲直りしましたよ?アイツも悪いと思ってるみたいで、おあいこって事になりました」
それを察したのか、忍の方からそう言い放った。それを聞いて、「そうですか……」と、何処か安堵の混ざった様な返しを滝先生はする。
そして、少しの沈黙。滝先生はまだ何か言いたいのか、少し考える様な顔をして俯いている。
「……どうしたんですか?」
普段見せない表情をする滝先生に忍も違和感を感じ、そう尋ねる。
そして、少し俯いたまま、後悔する様に滝先生は語り始めた。
「いえ、今回のコンクール。秋川君には貧乏くじを引かせた形になってしまったなと」
「貧乏くじ?」
滝先生がそう言うと、忍は首を傾げてそう返す。忍には滝先生が何を言いたいのかまだ分からなかった。
「……秋川君は、オーディション結果に納得してますか?」
そして、滝先生は顔を上げ、忍の目を見据えてそう聞く。
「はい、してますよ?良いですよね。高坂さんのソロ。あの曲のイメージにぴったりです」
そして、忍はさもそれが当然かの様に、そう返した。
それに少し滝先生はホッとした様な顔になる。
「……そう、ですか……実は、私も心配だったのです。秋川君は去年ソロコンの賞を取った。だから、この結果に納得行って無いのではないかと。今回の自由曲も、高坂さん贔屓の選曲と捉えられているのでは無いかと」
そしてポツリポツリと、独白する様にそう述べる滝先生。そんな先生の姿に忍は驚いていた。
忍の中での滝先生のイメージは、音楽に厳しく、妥協しない先生。だからこそ、失礼ではあるがこんな人間っぽいところがあるのが意外だったのだ。
だからこそだろう。普段鉄仮面を貼り付けて、悪魔の様な指導をする滝先生が、弱みを見せた。それを見て忍は驚いた表情から、少し微笑んだ顔に変わる。
人と言うのは、ギャップに弱いのだ。
「……滝先生、三日月の舞って、良い曲ですよね」
そして、優しく問いかける様にそう言い放つ。忍の突然のその発言に、「……はい、私もそう思います」と、少々驚きながらも滝先生はそう返した。
「カッコよくて、壮大で、それでいて美しくて」
すると、忍は三日月の舞について語り出す。それに、滝先生も黙って耳を傾ける。
「トランペットソロだけじゃなくて、オーボエソロ。序盤のパートごとに目まぐるしく変わる主旋律。中盤の低音の見せ場。皆んなに見せ場がある。"トランペットだけが目立っても、どうしようもありません"」
身振り手振りと、コンクールの自由曲について熱く語る忍。そこには、誰がソロパートが吹くかどうのこうのと言う事ではなく、純粋にあの曲がコンクールで金賞を取るに相応しいと言う感情から来るものだった。
「滝先生はこの曲を"全員"が完璧に演奏出来れば、全国に行けると思ったんですよね?」
「……はい、もちろんです」
真っ直ぐ、滝先生を見据えて忍がそう言うと、先生もそれに応える様に忍を見つめ返してそう返した。その言葉に、忍は満足そうな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、そんな事言わないで下さい。"この曲で良かった"って、俺たちに思わせて下さい。……確かに、俺はあのソロパートと相性が悪かったのかもしれません。でも、あの曲がコンクールで演奏するのに相応しく無いとは、微塵も思ってないですよ」
忍のその言葉に、滝先生は一瞬目を見開く。
ここまで音楽に純粋な子は、滝先生も初めて出会ったかもしれない。
プライドも、自尊心も、一年にソロパートを取られた悔しさも、全て受け入れて、忍はこう言い放ったのだ。
滝先生がこの三日月の舞を自由曲に選んだ理由。それは、トランペットのソロパートを軸にした選び方をした訳ではなく、この曲の全体を見て、この曲を完璧に、"皆んな"で演奏すれば、全国へと行けると確信したからである。
吹奏楽は、一人では出来ない。
それを1番理解しているのは、紛れもなく秋川忍だった。
「………そう、ですね。生徒に気付かされるとは、私もまだまだですね」
忍の本心を聞くと、滝先生は薄く笑ってそう言う。どうやら先程の発言が失言だったと、忍に気付かされた様だ。
「いいですよん。まあ、そう言う事で自分は納得してるんです」
そして、いつも通りひょうきんに、そう忍は言い放った。しかしそれも束の間、忍は再び真剣な顔つきになる。
「……ただ、納得してない人は、まだいるっぽいですよ?」
試す様に続けて忍がそう言い放つと、滝先生も真剣な表情に変わった。
それは、ここ最近の合奏練習の雰囲気で滝先生も感じ取っている。
オーディションの結果に、部内で不信感が募って来ている。
「……ええ、解決策は、あるにはあるのですが、……しかしそれでは……」
「……香織……中世古先輩が、傷付くと?」
滝先生が言い淀んだところに、ズバリと忍がそう言い当てる。その言葉に滝先生は再び驚いた様な表情になった。
「……そこまで読まれていましたか……確かに中世古さんにとっては高校最後のコンクールです。ですが、何度も言う様に私たちは全国を目指しています。……なので私はそれでも、高坂さんが適任だと思っています。……ただ、そのやり方では……」
公開しての、再オーディション。それは、現実をまざまざと見せつける事に他ならない。
それ即ち、中世古香織の心を折りかねる事になるかもしれないと、滝先生は危惧していた。
だからこそ、この様に悩んでいる。
「……大丈夫だと、思いますよ?」
そんな滝先生の葛藤に、忍は薄く笑ってそう返した。それを聞いて、滝先生は考え込む様な仕草をする。
「……先日、かお……中世古先輩と話したんですよ。"あのオーディションに、先輩は納得してるんですか?"って」
それを見て、忍は続けてそう言い放った。
「………彼女は、なんと?」
忍のその言葉に、滝先生はそう聞く。
「"納得してない。出来る事なら、もう一回オーディションをやり直したい"って言ってました。……確かに、再オーディションをすれば先輩は傷付くかもしれません。……でも……」
そして、ひとつ深呼吸をすると、滝先生を射抜く様に、忍は見つめる。
「やらなかったら、それ以上に香織先輩が後悔する事になると思います」
それは、1年間中世古が面倒を見てくれたからこそ、言えるセリフだった。
付き合いで言えば、滝先生より忍の方が長いのだ。彼女の性格を理解しているからこそ、この提案だった。
そんな忍の姿を見て、滝先生も覚悟を決めた様に顔を上げる。
「………分かりました。では、再オーディションの提案は、私からする事にします。……元々考えていた事ですが、秋川君がそう言うなら間違いないでしょう」
そして、いつも通り薄く笑って、滝先生はそう言い放った。