響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
時刻は夕方。外の方では野球部の掛け声が響く。校舎内は普通なら楽器を吹く音がひっきりなしと聞こえてくるはずなのだが、ここ北宇治高校ではその音は聞こえない。
「♪〜、♪♪〜、♪〜」
そんな中、学校の渡り廊下をご機嫌に鼻歌を交えながら歩く男子生徒が一人、秋川である。
何故彼がこんなにも機嫌が良いのか。それは、先程のトランペットのパート練で、滝先生の話を聞いたからだ。
やっぱり、面白すぎる。
秋川の機嫌が良い理由は、そこに詰まっていた。
聞くところによると、滝先生は顧問になった初日早々、目標を定めたらしい。
『去年の様に緩い部活のままやるか、全国大会を目指すか』
そう部員達に聞き、多数決を取ったと。吉川はあんな言い方されたら誰だって全国大会に手を挙げると愚痴っていたが、秋川はそれを心底面白がっていた。
本気で、頭の先までぬるま湯に浸かったあの連中をどうにかしようとしてるのだと。
そして極め付けが、自分の出した課題曲に対し、『聞けるレベルになったら再び自分を呼びに来い』と言い放ったそうだ。
恐らく、今の時点で楽器の音が聞こえない事実を、滝先生も把握してるだろう。そして、その結果どうなるかも予測してる。
自分たちで定めた全国大会出場と言う目標。その枷がある限り、逃げ道はない。
しかし、これを理解してる人間は、あの部員の中で片手で数える程しか居ないだろう。今、滝先生はあの連中がどれだけ本気なのか、天秤を掛けている。
逃げ道を潰した上で、当人達を試しているのだ。中々にえげつない事をするものだと、秋川は面白がっていた。
「♪〜、♪〜、………ん?」
すると、鼻歌を歌っていた秋川の耳に聞き慣れた音が入ってくる。乾いていて、それでもって力強いその音色。彼が10年以上聞き続けているものだ。
「……吉川が言ってた子かな?……上手いな……」
美しく伸びやか。それでいて力強さを感じるその音色は、紛れもなくトランペットの音だ。演奏している曲は、海兵隊。滝先生が出した課題曲。
「………」
秋川もしばらく聞き入る。彼は生粋のトランペッターだ。上手い演奏を聞けば、闘争心が湧いて来るのは必然だと言えるだろう。
その演奏を聞いて、秋川はある事を思いつく。
「明日は、持ってこないとな……」
ポツリと、そんな独り言を残して、秋川は再び鼻歌を歌いながら歩いて行った。
___________
北宇治高校吹奏楽部、一年。トランペットパート所属の高坂麗奈にとって、屋上でトランペットを吹くのは日課となっていた。
元々高いところから吹くのが好きと言う一面もあるが、それ以上に雑音が聞こえるあの場所で吹きたくないと言う感情の方が強かった。
毎日毎日、一人での練習。吹奏楽部が本当に存在してるのかと疑いたくなるこの北宇治で、彼女の乾いた綺麗な音だけが、今日も校舎に響き渡るのだ。
「……スゥー………」
いつもの様にマウスピースを口につけ、姿勢を正し、真っ直ぐ正面を向く。正しい音は、正しい姿勢からだ。
そして、いつもの様に彼女のソロコンサートが始まる。
海兵隊は、難易度で言えば簡単な曲だ。だからこそ、実力が如実に出て来る。
一音一音が長く、それでいて同じフレーズを繰り返す為、ひとたま音を外したりリズムが狂えば、すぐに粗さが目立つ。
そんな中で、高坂は完璧に近い形で演奏をこなしている。
まるで私の奏でる音を聞けと言う風な、堂々とした音色。今日も下校時間になるまでその音だけが聞こえる。
_____が、この日限りは、そうでは無かった。
_______プァーーーーー_______
高坂の耳に、別の金管の音が入って来る。
「……誰?、中世古先輩……?」
演奏を止め、その音の主を探るために高坂はキョロキョロと目線を動かす。楽器は、恐らく同じトランペット。綺麗なチューニングB(べー)の音だった。
あの部員の誰かが、ようやく練習を始めたのだろうか?しかし、それにしては音が綺麗過ぎるし、周りにそれらしき人影も見えない。そんな疑問も束の間、名も姿も見えないそのトランペット演奏者は、高坂の耳に訴えるかの様に演奏を開始した。
「………嘘でしょ……?」
先程まで高坂が吹いていた、海兵隊の曲。最初のたった1小節聞いただけで、彼女は驚愕の声を漏らしていた。
音が、生きている。
そんな感想が真っ先に出て来るほどの、力強い演奏。それでいて、丁寧で繊細な部分も見受けられる。
その演奏は、強弱の付け方が抜群に上手かった。
高坂が今まで聞いて来た中でも、トップと思う程に。ちゃんと曲を理解し、盛り上がるところは強く、落ち着く場面では繊細に。
なんとも感情の豊かな演奏だ。
1分弱ほどのトランペットパートが通しで流れると、その音はようやく止む。音が完全に聞こえなくなってから数秒、夢から覚める様に、高坂はハッと我に帰った。
「……後で、先輩達に聞いてみようかな……」
こんな演奏をする先輩がいたとは思わなかった。最近この環境にやさぐれ気味だった高坂はそう呟く。
その表情は、薄く笑っている様にも見えた。
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「個人練?、今日はしてないかな?」
下校時間が近付き、高坂が先輩である中世古に早速あの音色について尋ねる。
しかし、アテが外れた様だ。高坂は「そうですか……」と、心底残念そうに肩を落とした。
「えっと、他の人にも聞いてみよっか?」
すると、優しい性格からか、中世古がそんなお節介を焼いて来た。
「いえ、結構です。……あの中には居ないと思うので」
しかし、高坂はピシャリとそう言い放つ。「そ、そう?」と、中世古も困惑気味になってしまった。
「で、でも、どうしてそんな事を聞いたのかな?」
このままでは会話が終わりそうだったので、中世古は親切心から会話を繋げようと、高坂に対して遠慮がちにそう聞く。
「……いえ、大した事じゃないんです。……今日、個人練をしてたら、もの凄く上手いトランペットの音が聞こえたので……」
「……それって……」
中世古には心当たりがあるのか、何か考え込む様な仕草をする。
「香織せんぱーい!!早く帰りましょー!!」
すると、遠くの方から吉川が大きく手を振って、中世古のことを呼ぶ。タイミングが悪いなと、高坂は心の中で舌打ちをした。
「う、うん!!今行く!!あ、こ、高坂さん?この話は……」
「良いですよ。少なくとも、ここに居ない事は分かりましたから」
直接的な物言いの高坂に、中世古の顔が少し引き攣る。
「あ、あはは。そ、それじゃあね?……偶には、パート練も出てくれると、嬉しいかな?」
「………考えておきます」
そして、先輩後輩とは思えない様なやりとりをして、中世古は吉川の方へと小走りで向かって行った。