響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
とりあえずは、ひとまず元に戻った。
滝先生が提案した再オーディション。それで、部員たちは納得した。
もう一人、忍はソロオーディションに出ないのかと言う疑問もちらほら出たが、本人が「自分は納得している」と合奏練習で自ら言い放った為、事態は収まった。
して、その再オーディション。中世古と高坂。その二人が、また争う事となった。1分超の、目立つソロパート。中世古は覚悟を決めて再オーディションを希望したが、もちろん高坂も譲るつもりはない。
同じパートの熾烈な争い。誰もがトランペットパートはギスギスした雰囲気になっていると思うだろう。
「うわ、秋川。何よその弁当。茶色ばっかじゃない」
「うっさい。今日の弁当係は俺なんだから、自分の好きなもの入れて良いの」
しかし、意外にもトランペットパートは雰囲気が良かった。
肉率がかなり多い忍の弁当の中身を見て、いつもの様に吉川が突っ掛かり、忍が子供の様にそう返す。
夏も本格化して来た7月の初め。休日の練習と言うものは、朝から夕まで一日中だ。
その間のお昼時の1シーン。今はトランペットパートの教室で、メンバー全員で一緒にご飯を食べている。
「それによく見ろ吉川。下の方にキャベツ入ってんだろーが」
「少なすぎるっつーの」
弁当の中身を見せつける様にして得意げに忍はそう言うが、吉川にバッサリと言い切られる。
雰囲気の良さは、中世古が尽力してくれたおかげもあるが、この二人のやり取りのお陰でもあった。本人達に自覚があるのかは微妙なところだが。
そんな光景を、滝野や加部は"またか"と言う風に見つめ、中世古はニコニコと微笑んで見ている。
吉沢に至っては「尊い……」とボソリと呟き、恍惚な表情で二人のやり取りを見ていた。なんだか怖い。
「アッキー先輩って、弁当作るんですか?」
すると、高坂も忍の弁当を見ながら、興味本位でそう聞く。雰囲気の良さは、彼女が変わった事もあるだろう。中世古に"吹奏楽は一人じゃ出来ない"と諭されてからは、どこか丸くなった印象を受ける。気の強さは相変わらずだが。
「もちろん。毎日日替わりで、俺と凛花と親父がローテーションで」
「……凛花?」
忍の口から出た初めて聞く人の名前に、高坂は首を傾げる。
「俺の妹。毎日違う人間が作ってるから、味に飽きが来ないのよねん」
高坂の質問に、忍がひょうきんにそう返す。弁当を作れる事が意外だったのか、高坂は少し驚いた表情になっていた。
「こんな胃もたれしそうな弁当渡されて、妹さんも可哀想ねー」
すると、今度は吉川が馬鹿にする様にそう挑発して来た。
「はぁー!?言うたな!?じゃあ、一つ食ってみろや!」
そんな挑発に、簡単に乗る忍。ならば食べてみろと、自信満々に自作弁当を吉川に差し出した。
「どうせ大した事ないんでしょー?」
対して尚も馬鹿にする様に、吉川はクツクツ笑ってそう言う。そして弁当から忍の作った唐揚げを一つ摘み、口に入れる。それを味わう様に吉川が何回か咀嚼すると
「……意外とイケるわね……」
すぐさま吉川は、掌返しをかまして来た。
「だろ?」
そんな反応を見て、得意げに忍はそう返す。
「………ヴっ!!」
そしてその光景を見て、吉沢は限界を迎えていた。
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午後からのパート練。昼休みは和気藹々としていたトランペットパートも、始まれば張り詰めた緊張感を持って練習に励む。
そしてそこには、個人練も含まれている。ライバル心が無くなったわけではない。争っているどちらか二人がソロパートを吹き始めると、空気はひりつく。
しかし、そこにはギスギスした感情は無い。お互いに正面から音をぶつけ合い、互いの音を聴いて自らを高めていく様な、そんな健全な争いでもあった。
「……うん、ますます良くなった。燃えてるねー、高坂さん」
「ありがとうございます」
屋上、いつもの場所でソロパートを吹いた高坂に忍が誉めると、対して高坂は一礼して一言、それだけ返した。
「孤高な音に滑らかさが加わった感じ。こりゃ、香織先輩大変だねぇー」
面白がる様にカラカラと笑って、忍はそう言い放った。それを見て、高坂は不敵に笑う。
「もちろん、ソロを譲る気は微塵もありませんから」
「おー、強気。いいねぇー、高坂さんらしいよー」
そんな高坂の強気な態度に、嬉しそうに忍はそう返した。それを見て高坂は少し複雑そうな表情に変わる。
「……分からないんですよね」
「何が?」
彼女にしては珍しくなにか言い淀んでいる姿に、忍は意外そうな顔をする。
「……アッキー先輩って、1年の頃は香織先輩にお世話になったんですよね?」
すると、高坂は確かめる様な口調で、忍にそう聞く。
「うん、香織先輩、優しいからねー。1年の時ゴタゴタがあった時も、分け隔てなく話し掛けてくれたんよなー」
それに対し、思い出すかの様に、忍はしみじみとそう言い放った。それを聞いて、高坂はさらに複雑そうな表情になる。
「……じゃあ、香織先輩が吹くべきだと思わないんですか?」
そして、真っ直ぐ忍を見つめて、高坂はそう聞いて来た。
「うーん、今の時点では高坂さんかな?俺の主観だけど」
忍は素直にそう返す。含みは無い様に、高坂には映った。しかし、やはり引っ掛かりがある。それからか、高坂は少し表情を曇らせた。
「……香織先輩は、"良い人"です。皆んなから慕われている。それでも、私がソロで良いと言えますか?」
「言えるよ。それとこれとは、話が別でしょ?」
即答。さも当たり前かの様に、忍はそう言い放った。それを聞いてホッとした様に、高坂は一つため息をついた。
「やっぱり、アッキー先輩は、アッキー先輩ですね」
そして、何処かスッキリとした表情で高坂はそう言う。
「それって褒めてる?」
「さあ、どうでしょう?」
「うっわ、生意気ー」
そんな軽いやり取りをして、高坂は再び空に向かって、ソロパートを演奏し始めた。
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「……どう?、あすか?」
「良いんじゃないの?」
一方、こちらは校舎裏。ここでは、中世古のソロを田中が座って聴いていた。
「またそれー?前聞いた時も同じ事言ったよー?」
田中の感想に、不服そうに中世古はそう返す。
「同じだから同じ事を言うの。良いは良い。それ以上は無い。それに、決めるのは私じゃ無いよ」
相変わらず曖昧な返しをする田中に、中世古の眉間に少し皺がよる。
「……じゃあ、聞き方変える」
中世古の声色が、少し変わった。
「あすかは、どっちが適任だと思う?」
そして、田中を真っ直ぐ見つめて中世古はそう言い放った。
「上手い方がやるべきだと思うよ?滝先生はそう言う基準で決めてるみたいだし」
「……高坂さんの方が良いって事?」
尚ものらりくらりと質問を躱す田中に対し、直接的に中世古がそう聞き返す。
「だからそれを聞いてどうするのー?決めるのは私じゃ無いんだよー。……それに」
そう言って田中は立ち上がり、射抜くような目線を中世古に向ける。
「それを聞きたいなら、香織と同じパートで音に馬鹿正直な子が一人居るでしょー?」
田中がそう言い放つと、中世古は少し考え込む様な仕草をする。確かにそうだ。しかし、彼女が今知りたいのは、それでは無かった。
「……確かにそうだね。……でも、知りたいの。あすかが個人的にどう思ってるか」
中世古は、田中に憧れの様なものを抱いている。だからこそ、個人的に彼女がどう思っているのかを知りたいのだ。
「良いの?言って?」
対して田中は、ひょうきんにそう返す。それに中世古は少し考えた後、
「……ううん、言って欲しくない。冗談でも、高坂さんが良いとか」
「言ってないでしょ?そんな事ー」
そんな中世古の独白に言葉を被せる様に、田中はそう言い放った。
「それとも貴様、我が思考を読む能力者か!?」
そして、オーバーなリアクションと共に場違いな事を続けて言い放つ。
しかし、おちゃらけたその言葉は、遠回しに……
「……じゃあねー」
そして、今度こそ田中は中世古に背を向けて、その場を去る。その田中の背中を見届ける中世古の顔は、少し微笑んでいる様に見えた。