響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
コンクールが近づいて来た。誰もが足らないと感じる練習。パート練でも、各々課題に必死に取り組む。
「……どう?」
「途中から音が飛んでるところがある。コンクールでやったらそれ目立つよ」
音を出した吉川が忍に感想を聞くと、忍は忖度せずに思った事をそのまま返した。文句も言わず吉川はそれに一つ頷き、再び同じフレーズを繰り返し吹く。
「……どうよ?」
「今度は音が死んでる。音程は合ってるけど、それじゃ厚みが出ない」
正に真剣そのもの。普段ならここで突っ掛かる吉川も、その時間すら勿体ないと感じているのか、考えるように一つ頷き、またそのフレーズを繰り返す。
それに、忍も真剣に付き合う。
____足りない。
練習時間が足りない。演奏技術が足りない。体力が持たない。
吉川が感じているのは、焦りだった。
トランペットパート、実力者が3人も居るのだ。中世古、高坂、そして忍。この実力の突出した3人が居るからこそ、吉川は焦りを感じる。
自分の音と、その3人の音を聴き比べて、否応にも音の違いを見せつけられる。
上手くなりたい。足手まといになりたくない。
コンクールが近づくにつれて、吉川の中にそんな気持ちが芽生え始めていた。
「……あー!もう!!また音飛んだ!!」
遂にはその焦りに、苛立ちも含まれる様になって来たのだ。
「落ち着け吉川。焦ったらもっと集中力途切れるよ?」
そんな吉川を宥める様に、忍はいつもの様にそう言う。そしてクールダウンしろと言わんばかりに、水筒を吉川に手渡した。
「分かってるわよ!……っぷはぁ!あー、生き返る……」
「おっさんみたいな事言うな」
忍から渡された水筒を一気に喉に流し込むと、ようやく一息つく吉川。かれこれもう何時間も吹きっぱなしだ。
「もう一回、やるわよ」
そして、すぐさま練習に戻る。そんな吉川を見て忍も「うん」と一言だけ返すと、トランペットの音がまた校内に響き渡った。
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「おかえりー兄ちゃん。今日も遅いねー」
忍が家に帰りリビングに入ると、ソファーに寝そべってテレビを見ていた凛花に、感心した様にそう言われた。
「ただいまー。コンクール近いしねー。いくら時間があっても練習が足らんのですよ」
しかし疲れた様子を見せる事もなく、忍はいつも通り飄々とそう返す。
部活の時間も長くなり、ここ最近は毎日帰るのが19時を過ぎるくらいになって来た。
忍は学生バッグをリビングに置き、そのまま台所へと向かう。
「親父何時に帰ってくんの?」
「今日は8時過ぎくらいだってー」
「りょーかい」
そんなやり取りをしながら、忍は冷蔵庫を開けて中身を確かめる。
「晩飯何にするー?」
「うーん、なんでもいいよー?」
「なんでもいいが1番困るんよなー」
冷蔵庫の中身を確認しながら、忍はそう返す。中を見てみると、空っぽとまでは行かず、まだ買い出し行かなくて良さそうだ。ふと、忍の目に余っていた鶏肉が入った。
「お、鶏肉あんじゃん」
「え?、ほんと?じゃあ唐揚げがいい!」
「さっき何でもいいって言ってなかった?」
手のひらを返しすぐさまリクエストをして来た凛花に、すかさず忍がツッコミを入れる。
「揚げ物って、後始末が面倒なのよねん」
「いいじゃーん、兄ちゃんの唐揚げ美味しいし」
少々渋る忍に対し、凛花がねだる様な口調で頼み込んでくる。
秋川家の夜ご飯は、ローテーション制だ。今日の夜ご飯と、明日のお弁当の当番。これを当番で回して行く。
今日は忍が当番の日なので、この様に献立について色々思案しているのだ。
「んー、分かったよ。じゃあ今日は唐揚げね」
「やたっ」
美味しいと言われた事が決め手だったのか、凛花のワガママに忍の方から折れて、今日の夜ご飯が決まる。すぐさま手を洗い、制服のまま準備をし始めた。
「あ」
すると、忍が何かに気付く。
「……片栗粉無いじゃん」
どうやら衣に使う用の片栗粉が無いらしい。独り言の様に、忍がそう呟く。
「凛花、買って来い」
「えー!?」
そして、未だにリビングのソファーでテレビを見ていた凛花に対し、忍はそう言い放つ。案の定、凛花は嫌そうな声を上げた。
「えー、じゃ無いよ。無かったら唐揚げになんないじゃん」
正論をぶつける忍に対し、渋々と言った感じで凛花はソファーから立ち上がる。凛花としても今日はもう唐揚げの気分でいるので、おつかいに行ってくれる様だ。
「片栗粉だけで良いの?」
リビングから出る前に、凛花は忍に対しそう聞く。
「うーん、みりんとマヨネーズも少なくなってきたから、買っといて」
「りょーかーい」
忍からそれを聞いて、凛花は近所のスーパーマーケットへ行く為に、玄関へと向かった。
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「かけっこ、とびっこ、元気っ子〜♪」
近所のスーパー。地元民しか知らない様な店内BGMを一緒に口ずさみながら、凛花はカゴを持って買い物をする。
と言っても、頼まれたものは3点だけなので、そこまで時間が掛かる訳では無い。
慣れた足取りで調味料を取って行き、カゴに入れて行く。凛花もこのスーパーには昔からお世話になっているので、どこに何があるかは完璧に把握していた。
「あれ?、あの人って……」
すると途中、凛花の目に見覚えのある人物が写った。自分より恐らく年上の女性。一瞬しか顔を合わせた事は無いが、それでもその特徴的な頭に付けた大きなリボンは、印象に残っていた。それに北宇治の制服を着ている。
確か兄はもう仲直りしたと言ってた筈だ。そんな会話を思い出した凛花は、挨拶をしようと生鮮コーナーに居るその人物に近付いて行く。
「こんにちはー」
「え?、あ、こ、こんにちは?」
凛花が挨拶をすると、女性は戸惑いながら挨拶を返す。どうやら向こうは凛花の事を覚えてないらしい。
確かにあの時はずっと俯いていたので、凛花の顔を覚えて居ないのも無理はない。
「あれ?、覚えてませんか?……えっと、吉川優子さん、でしたよね?あがた祭りでトランペットを貸しました。秋川凛花と申します。」
そう言って、礼儀よく凛花は一礼する。それを聞いて、女性は「あー!!」と、合点があったかの様な声を出した。
「あの時の!!いやー、ごめんねー!あの時はあんまり顔を見てなかったから……」
凛花に話しかけられた少女、吉川はようやく思い出したのか、少しテンション高めでそう言う。
「いえいえ、あの時は少ししか顔を合わせてなかったので。兄がいつもお世話になってますー」
対して凛花は、ペコリともう一つお辞儀をしてそう返す。それに慌てて吉川も一つ、お辞儀を返した。
「い、いえいえ、こちらこそ。……にしても、秋川の妹さんかぁ」
そして吉川は、まじまじと凛花を見てしみじみとそう言う。
「?、何か変ですか?」
どこか吉川の発言に含みを感じた凛花は、首を傾げる。
「あぁ、いや、兄と違ってすっごい礼儀正しい子だなーって」
そして吉川はストレートに、身内に対して失言とも取れる発言をした。
「あははっ!まあ、兄があんなんですからねー。私がしっかりしなくちゃって思う時もあるんですよー」
しかし、それが凛花には好印象だったのか、嬉しそうにそう返す。思った事がそのまま口から出る人なんだなと、凛花は思った。
「えっと、凛花ちゃん、だっけ?あの時はトランペット貸してくれてありがとねー」
吉川がそう言うと、凛花はニンマリとした笑顔になる。
「あー、いえいえ。兄の"彼女さん"ともなれば、どうって事ないですよー」
そして、凛花のその言葉を聞いて、吉川は一瞬にして固まる。
「……あれ?、違いましたか?」
吉川からの反応が無かったので、凛花はまずったかなと言う風に続けてそう聞き返した。その言葉に、ようやく吉川は反応する。
「え!?あ、あー……か、勘違いさせちゃったかな!?秋川とアタシはそんな関係じゃ無いわよ!、た、確かに少しぐらい仲は良いけど、そう言う関係じゃ……」
顔を真っ赤に染めて、最後の方は萎れる様にしてそう言う吉川。
分かりやすいなと言うのが、凛花の吉川に対する第一印象。
秋川凛花と言う少女は、人の心の機微に敏感なところがある。吉川とはあの祭りの日に一瞬だけ顔を合わせただけの関係だが、それでも彼女が忍に気がある事は、この短い会話の中で見抜いていた。
しかし、そこに突っ込むほど、凛花は空気の読めない人間では無い。他人様の恋愛事に第三者が口を挟むほど、鬱陶しい事は無いと彼女も分かっているからだ。
「あははっ、そうでしたか。すみません、早とちりで。……それで、吉川さんもお使いですか?」
なので凛花は別の話題を振る事にした。
「う、うん。お母さんからちょっとね。凛花ちゃんも?」
そんな凛花のフォローを知ってか知らずか、吉川は助かったと言う風な表情に変わり、凛花の話題に乗っかる。
「はい、兄からちょっと頼まれましてね。後は会計だけです」
「うっわ、アイツ妹をパシリにしてんのー?」
吉川は凛花が忍に良い様に使われていると思ったのか、同情する様にそう言う。
「いえ、ほんのちょっとした買い物ですから。今日の夜ご飯当番は兄なので、足りないものを買ってくる様に頼まれたんです」
困った様に笑って説明する凛花の話を聞いて、吉川は意外そうな表情に変わった。
「へぇ、アイツ、夜ご飯とかも作るんだ」
「当番制ですけどね。唐揚げ用の片栗粉が無いからってお使いを頼まれたんですよ」
そんな吉川に、薄く微笑んでカゴの中身を見せながら凛花もそう返した。それを見て吉川も納得した様な顔になる。
「なるほど。アタシももう会計だけなの。せっかくだし一緒に行こっか?」
「ええ、行きましょう」
社交的で明るい人だなと言うのが、続けて凛花が吉川に抱いた印象。気さくで面倒見も良さそうだ。これは兄が好きになる理由も分かるなと、心の中で納得する凛花だった。
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「凛花ちゃん家って、ここから近いの?」
会計を終え、スーパーから出た2人が並んで歩きながら、吉川がそんな事を言う。
「はい、歩いて5分ほどです。吉川さんも近いんですか?」
「アタシは少し遠いかな?南中の学区だから、こっから1駅くらい先なの」
そんな他愛もない会話をしながら、夜道を歩く。ちゃんと会話を始めてまだ10分程度だが、2人とも社交的だからか、自然と会話をこなしていた。
「それと、アタシの事は下の名前で呼んでもらって良いわよ?」
「え、良いんですか?」
すると、吉川から気さくにそんな事を言われる。凛花としてはまだ早いのでは無いかと思ったが、吉川は首を一つ縦に振った。
「こう言うのは早い方が良いの。それにアタシ、吉川ってあまり呼ばれ慣れてないから、そっちの方がしっくり来るのよね」
尚も気さくに微笑んで、吉川はそう言う。明るい上に魅力的な人だなと言うのが、凛花が抱いたもう一つの印象。人間的にかなりしっかりしている人の様だ。
「そうですか。ならお言葉に甘えて、これからよろしくお願いします。優子さん」
そして凛花は、ペコリと軽く頭を下げてそう言う。最高の優良物件。これは、是が非でも兄とくっ付いて貰わなければ。
そんな事を凛花は考えていた。
「よろしく、凛花ちゃん。じゃあ、アタシこっちだから」
すると、いつの間にか駅前のロータリーまで来ており、吉川は駅の方を指差してそちらに向かって行く。
「あ、優子さん、最後に一つ良いですか?」
「ん?、何ー?」
凛花が駅に向かう吉川を引き止め、ニヤリと笑顔を浮かべる。凛花はあまりお節介を焼くタイプでは無いが、面白い事なら兄と同じく大好きだ。だからこそだろう。最後の最後に特大の爆弾を投下して行った。
「今後とも兄をよろしくお願いします。……兄ちゃん、優子さんの事絶対好きだと思いますよ?」
面白がる様に、揶揄う様に凛花はそう言い放つ。礼儀は正しいが、こう言うところはやはり兄妹揃って似ている様だ。