響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
刻一刻と、コンクールに近づいて行く。北宇治の音楽の形が、出来上がって行く。ここ最近は、通しで合奏練習をする事が増えた。
それに比例するように、滝先生の要求も益々レベルアップして行く。
「ホルン、音がまだバラついています。もっと周りの音を聞いて合わせて」
「「「はい!!」」」
ある日は、ホルンパートが餌食に。
「トロンボーン、今出だしがズレたのは誰ですか?」
「………」
滝先生がそう聞くと、塚本が無言のまま手を挙げる。
「もうコンクールまで時間がありません。こんなところで躓いてもらっては困ります」
「……はい」
ある日は、名指しで個人的にダメ出しを。
指導も、明らかに厳しくなった。たった一音でも、ズレを逃さない。
そして、トランペットパートは……
「トランペット。今の高音の部分、音を飛ばしたのは誰ですか?」
「………はい」
滝先生に指摘され、吉川はまずったと言う表情で手を挙げる。
「ここはトランペットの見せ場。1人がミスをすれば全体に響きます。完璧に吹けるようにして下さい。練習で出来なければ、本番では絶対出来ませんよ」
「……はい」
少し俯きながら、何かを噛み殺すようにして吉川はそれだけ返す。それは、指摘された悔しさからか。それとも不甲斐ない音を出す自分自身に苛ついてか。
いずれにせよ、吉川は苦戦を強いられていた。
そんな彼女を、中世古は心配そうに見つめる。
「それでは、先程と同じ場所から。サックス。……さん、はい」
しかし、悔しがる暇もなく、滝先生は合奏練習を続ける。全国へと行くには、1人の部員だけを構っている暇は無い。
その後の吉川は、必死の形相で合奏練習について行くのが精一杯だった。
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そして、パート練。各々が課題に取り組む為に、今日は個人練をしてる者が多い。高坂はソロパートの練習。滝野と笠野は音を合わせる為に一緒に吹いている。中世古は連符の部分を重点的に。
そして吉川は、滝先生に指摘された部分を何度も何度も繰り返し吹いていた。
遂にはぶっ通しで水分もろくに摂らず吹き続けていたからか、吉川の目が霞んで来た。暑さにやられまいと両目を指で擦ると、再びトランペットを構える。
「吉川、やり過ぎ」
だが、忍は目敏くその光景を見ていた。オーバーワークだと感じた忍は、演奏がストップした合間に吉川に短くそう言う。
「うっさい。後もうちょっとなのよ。今休憩したらこの感覚が無くなっちゃうじゃない」
しかし、吉川は聞く耳を持とうとしない。ここ最近は何かに取り憑かれた様に、ずっと練習をしている。
まるで何かに焦っている様に。
「……優子ちゃん、休憩しよ?」
すると中世古もそれを見ていたのか、吉川に対してそう提案する。
「香織先輩……いえ、もうちょっとやります」
いつもなら中世古のイエスマンに成り果てるところだが、中々に頑固な様だ。何度か指運を確認すると、再び吉川はトランペットを構えた。
「ダメ。ちゃんと休憩も取らないと」
しかし、それを良しとしない中世古が、少し強い口調でそう言う。そんな彼女の強い押しに、吉川はようやくトランペットを下げる。
「………はい……」
尊敬する中世古にそこまで言われては吉川も従わざるを得ない。そして、水分を取ろうとして水筒に口を付けるが、もう無くなっていた様で少し苛ついた様子で水を補給しに行こうと席を立ちあがった。
_____ポタッ、ポタッ……_____
「ちょ、ちょっと優子ちゃん!!」
すると、そんな光景を見て、中世古が慌てた様子で吉川に対してそう言う。
「?、どうしたんですか?香織先輩?」
自分の異変に吉川は気付いてないのか、首を傾げてそう返した。
「鼻!!、鼻血!!」
「え?、あ、ええ!?!?」
中世古の指摘でようやく吉川も気付く。どうやら猛暑の中練習し過ぎたせいで、のぼせて鼻血が出てしまった様だ。
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「吉川。とりあえずベッドに座っとけ」
「うん、分かったー」
保健室、連れ添いで吉川を連れて来た忍が保健室に入ると、忍は鼻に詰めるティッシュが無いか探ながらそう言う。
対して吉川は、上を向いて血が垂れてこない様に鼻を押さえながら、ベッドの方へ向かって行った。
「上向くなって。益々止まんなくなるぞ?」
「え、そうなの?」
忍の指摘に、鼻をつまみながら意外そうな反応を示す吉川。
「うん、下向いてないと血が出続けるんだって」
「なんでそんな事知ってんのよ……」
「俺も子供の頃は良く出したからな。母さんに教わった」
そんな会話をしながら忍が棚からティッシュを取り出すと、吉川のところまで持って行く。
「ティッシュ鼻に詰めるなよ。傷口が開くかもしんないから」
「分かった」
吉川が忍から受け取ったティッシュを2、3枚取ると、下を向いて今度はティッシュで鼻を押さえる。
「鼻血出るまでって、どんだけぶっ通しで吹いてたんだよ」
ある程度落ち着き、今度は保健室に置いてある冷蔵庫に向かいながら、忍はそんなツッコミをした。
「うっさい。そんなに吹いてないわよ」
そんな忍に対し、鼻を押さえているからか、少し変な鼻声になって吉川はそう返す。
「まあ、苦戦してるのは最近のお前見て分かってたからね。……それで?上手くいきそう?」
そして冷蔵庫の扉を開け、中身を物色しながら忍は続けてそう聞く。
「……上手くいかせるわよ」
それに対し、吉川は強気な返答をした。そして忍はある物を取り出し、また吉川の方へ近づいて行く。
「そりゃ良かった。でも、熱くなり過ぎちゃダメ」
「ちべたっ……!」
冷蔵庫から取り出した保冷剤を吉川のおでこに当てながら、忍は諭す様にそう言い放つ。
頭を冷やせと言う事なのだろうか、そう感じ取った吉川は少し不服そうな顔になった。
「そのまましばらくね。……なあ、吉川。何を焦ってんの?」
そして、忍は続けてそんな事を聞く。
「………別に、焦ってなんか無いわよ」
そんな核心を突く様な忍の問い掛けに、目線を逸らして吉川はそう返した。
流石に本人の目の前で"アンタの足手まといになりたく無い"と言える程、吉川の心は素直では無い。
「……そう?、まあ、言えないんなら良いや」
吉川が何かに焦ってるのは忍も気付いていたが、本人が言いたがらないのならば仕方が無い。
しかしそれも度が過ぎると、今度は周りが心配し始める様になるのだ。
「でも、香織先輩や周りを心配させちゃいけんなー」
困った様に笑って、続けて忍はそう言い放った。
「………それについては、悪いと思ってるわよ」
吉川もそれは分かっているのか、痛いところを突かれたと、バツの悪そうな顔になってそう返す。
今の吉川は上手くなりたいと言う気持ちと、足手まといになりたく無いと言う気持ちで埋め尽くされている。
だからこそ、焦りが生まれる。
行き過ぎる練習で周りに迷惑を掛けてしまってはいけないと、彼女自身も分かっているが、それ以上にコンクールで少しでも多く貢献したいと言うのが、吉川の本心だった。
『ダメです!久美子ちゃん!上向いたら!』
『え、えぇー?、そうなの?』
『うん、アタシも中学時代テニス部で出した事あるけど、ホントは下向いて押さえた方が良いんだって』
すると、保健室の外。廊下から声が聞こえてくる。人数は恐らく三人。
会話の内容からして、運動部の誰かが怪我でもしたのだろうか?忍がそんな事を思っていると、保健室の扉が勢い良く開かれた。
「失礼しまーす!ちょっとティッシュとか貰いに来ましたー!ってあれ?トランペットの……」
「あ、低音の……」
保健室に入って来たのは3人。低音パートの加藤と川島。そして、吉川と同じく鼻を押さえている、黄前だった。