響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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焦り

 

 「はい、持って来たよー」

 

 保健室、川島による尋問の様な恋バナもそこそこに、廊下から気の抜けた忍の声が聞こえると、同時に扉が開く。

 

 「あ、ありがと」

 

 今まで話題になっていた男が再び現れたので、何処かやりにくそうに吉川は言って、忍から体操着を受け取る。

 

 「……何?、変な顔して?」

 

 「べ、別に?アンタが変わり者だって話をしてたのよ」

 

 様子がおかしいと感じた忍がそう聞くと、吉川は上手く話題を逸らす。

 

 「えー?そうでもないと思うけどなー」

 

 「自覚が無いところが重症ね」

 

 それにまんまと忍が騙されると、いつもの様に吉川は軽口を言う。

 

 「まあ、いいや。それで?、鼻血止まった?」

 

 「うん、アタシは大丈夫」

 

 忍がそう聞くと、吉川は鼻の辺りを確かめる様に手で顔を触りそう答える。

 

 「黄前ちゃんは?」

 

 「私ももう大丈夫そうです」

 

 対して黄前も大丈夫そうだ。

 

 「りょーかい。まだあと10分くらいはそのままの方が良いよ。俺は先に練習に戻るから、また出て来たらしばらくじっとしといてね」

 

 大丈夫だと判断した忍は、2人に向かってそう言う。

 

 「分かった」

 

 それに吉川も一言そう頷く。

 

 「アンタ達ももう戻りなさい」

 

 そして、続けて加藤と川島に向かってそう言い放った。

 

 「分かりました。久美子ちゃん、もう無茶しちゃダメですよ?」

 

 川島が吉川の指示に頷くと、黄前の方を向いて宥める様にそう注意した。

 

 「うん、分かってるよー」

 

 それに困った様に笑って黄前はそう返す。

 

 「良いねー、川島さん。こっちのデカリボンにも注意してやってよ」

 

 「よ・け・い・な・お世話だってーの!!」

 

 「いだいっ!!」

 

 そして揶揄う様にして忍も乗っかる様にそう言うと、調子に乗るなと言わんばかりに吉川のタイキックが炸裂した。

 

 「あはは……じゃあ、アタシたちはこれで失礼します!」

 

 そんな光景をみて苦笑いで加藤がそう言うと、保健室に吉川と黄前を残して、3人は保健室から出て行った。

 

 

 ………沈黙。

 

 

 ムードメーカーである忍と川島が居なくなった事により、なんとも気まずい空気が流れる。

 そもそも吉川は中世古派で、黄前は高坂派だ。お互い確執があるわけでは無いが、ソロパート騒動の一件もあり、2人とも話づらそうにしていた。

 

 「……アンタ、滝先生に言われたところ、苦労してるんだってね?」

 

 しかし、そこは先輩である。話題を振ったのは、吉川の方だった。

 

 「え?、あー、はい。ちょっと難しくて……」

 

 それに黄前も、辿々しくではあるがそう返す。

 滝先生に言われたユーフォニアムの連符の部分。本来ならばコンバスのパートの部分を、ユニゾンでやってくれと滝先生から注文を受けたのだ。

 そして黄前は、それに苦戦していた。

 

 「焦ってる?」

 

 「………はい。かなり」

 

 吉川が直接的にそう聞くと、黄前は俯き気味にそう答えた。それに吉川は困った様に軽く笑う。

 

 「気持ちは分かるわ。同じ楽器なのに自分よりすごい上手い人がいるんだもん。なんで自分は出来ないんだろーなーって、思うわよね」

 

 「………」

 

 自虐的にも聞こえる口調で、吉川はそう言う。それに黄前も返す言葉が出ない。図星を突かれたからだ。

 現に、先輩の田中あすかが滝先生に言われた部分を完璧に吹きこなしているのも、黄前が焦る理由の一つでもあった。

 

 「アタシも分かるのよ。こっちにはお化けみたいに上手いのが2人もいるからね。どうしてもそいつらの音とアタシの音を比べちゃうと、劣等感が出て来ちゃう」

 

 どこか仕方のないと言う風に、しかし心底悔しいと言う感情も混ざった声で、独白する様に吉川はそう言う。

 彼女のその言葉を聞いて、遂に黄前は理解した。

 

 

 ああ、この先輩も、今私と同じ気持ちなのだろうなと。

 

 

 

 「……先輩は、上手くなりたいですか?」

 

 

 そんな吉川の感情を知ったからか、俯きながら黄前は彼女にそう聞く。

 

 「当たり前じゃない。こんだけ吹いてんだから、上手くなってないと暴れるっつーの」

 

 対して吉川はさも当たり前かの様にそう答えた。

 

 「ですよね。私も上手くなりたいです」

 

 それにホッとした様に、黄前もそう返す。そして吉川はベッドに仰向けになる様体を倒すと、恨めしそうに天井を見上げる。

 

 

 「あーあ。……なんで自分より上手い人間って、存在するんだろうねー?」

 

 「……ホントに、その通りですよねー……」

 

 

 同じく黄前も仰向けになって、吉川と同じ様に天井を見上げながらしみじみとそう返す。

 2人に共通してるのは、上手くなりたいと言う気持ち。そして、その上手くなりたいと言う理由も、また同じ。それだけで十分だった。目指す場所は明確にそこに、すぐ近くに存在しているのに、どれだけ手を伸ばしても届かない。

 

 そんなもどかしさが、2人の共通点だったのだ。

 

 

 ____________

 

 

 

 「2人は黄前ちゃんと同じ低音パートだよね?確か川島さんと、加藤さん?」

 

 一方こちらは校舎内の廊下。こちらも先輩らしく、話題を振ったのは忍の方からだった。

 

 「はい。本名は川島緑輝と申します」

 

 「さ、さふぁ?」

 

 日本人の名前とは思えない川島の自己紹介に、忍はもう一度聞き返してしまう。

 

 「……サファイアです。あ、あんまりその名前で読んで欲しくないので、みどりって呼んでいただけると……」

 

 それに、川島は困った様にそう返した。それを見て忍は少しまずったなと言う表情になる。

 

 「り、りょーかい。じゃあ、みどり氏でいっか。確かコンバスだよね?いつも上手いから、こっちも助かってんだよねー」

 

 このままでは気まずいので忍が手放しでそう褒めると、川島は恥ずかしそうに、しかし嬉しさも混ざった様な反応をする。

 

 「そ、そうですかー?あんまりコンバスって褒められる事無いんで、嬉しいですー」

 

 「まあ、あんま目立たないからねー。でも、コンバスあるだけで音の厚みが全然違って来るんだよねー」

 

 そして忍がそう言うと、川島はこれでもかと言うくらい目を輝かせた。

 

 「そうです!そうなんです!!やっぱりアッキー先輩は凄いです!コンバスの良さを分かってくれる人って、少ないんですよ!!」

 

 そして、川島は急にテンションを上げて興奮しながら忍の言葉に全面的に同意して来た。

 

 「お、良いねー。みどり氏はコンバス好きなの?」

 

 そんな川島に引く事なく、逆に興味津々と言った感じで、忍はそう聞く。オリジナルのあだ名付きで。

 

 「もちろん!!世界一愛してます!!」

 

 しかし、そんな事は川島にとってどうでもいいのか、高らかにそう宣言した。

 

 「そりゃ良い。俺も、みゆきを世界一愛してるんだわ」

 

 対して忍も、満足そうにそう返す。

 

 「み、みゆき?」

 

 しかし、いきなり忍の口から出た女性の下の名前が出て来て、加藤が首を傾げてそう聞く。

 

 「俺のトランペットの名前。もう何年もの付き合いになる彼女よん」

 

 「みゆきちゃん!カワイイです!!」

 

 「でしょー?」

 

 興奮気味にそう言う川島に対し、忍は自慢げにそう返す。

 あれ?、もしかしてこの2人って、すこぶる相性が良い?

 やけに息が合ったやり取りを見て、加藤はそんな感想を抱いた。

 

 

 「で、加藤さんは、確かチューバだっけ?」

 

 すると、今度は加藤に対して忍がそう聞く。

 

 「あ、はい!加藤、加藤葉月です!チューバやってます!」

 

 「おー、元気いいねー。じゃあ、カトちゃんでいっか。チューバって言うと、ゴッツと長瀬さんのとこか。して、カトちゃんは経験者?」

 

 元気よく自己紹介する加藤に対し、忍は満足そうにまたまたオリジナルのあだ名をつけて、加藤に対し続けてそう聞く。

 

 「いえ、アタシは高校からの初心者です」

 

 「ほー、なるほど。じゃあ、ちゃんとあの2人に教えてもらってる?」

 

 「はい!梨子先輩は優しいですし、後藤先輩もちょっと無愛想ですけど、しっかりと教えてくれます!」

 

 忍の問い掛けに対し、加藤は楽しそうにそう返す。

 

 「だっはっははは!まー確かにゴッツはあんまり笑わないからねー。硬派っぽいけど、あれでも結構初心なところがあるんだよー?」

 

 「えー!?そうなんですかー!?」

 

 ここには居ない後藤の話題で盛り上がる2人。かなりノリの良い少女の様だ。

 

 

 「それで、どう?、カトちゃんはチューバ好きになった?」

 

 

 そして、期待する様な眼差しで忍は加藤に対しそう聞く。

 

 「はい!!チューバは周りの音を引き立てる役目、アタシが皆んなを支えなければなりませんから!」

 

 加藤は、屈託の無い笑みで、得意げにそう返した。

 その言葉を聞いて、忍は更に嬉しそうな表情に変わる。

 

 「そっかそっか!!そりゃよかった!!良いねー。やっぱチューバが好きな人の元で教わると、弟子も好きになるもんなんだねー」

 

 しみじみと、感慨深くそう言う忍。その言葉を聞いて、加藤は少し照れくさそうに頬を掻いた。

 

 

 「じゃあ、好きならもっと上手くなんないとねー。好きな楽器で更に上手くなると、もっとその楽器が好きになるよ?」

 

 

 そして、続けて忍はそう言い放つ。その表情は、正に純粋な笑顔で、本心から言っている言葉なのだと、加藤も直ぐに理解出来た。

 

 「分かりました!アッキー先輩の言う通り、邁進努力いたします!」

 

 「うむ、頑張るが良いぞー?」

 

 嬉しそうに、加藤が敬礼をしてそう言うと、忍も満足げにそう返す。

 この時点で忍のお気に入りリストに入った様だ。

 

 

 「楽器をやるならまず自分が使う物を好きになんなきゃいけないからね。……でも、上手くなりたいって気持ちが行き過ぎてその楽器を嫌いになっちゃダメだよ?」

 

 

 そして、忍は続けて加藤に対しそんなアドバイスを送る。それに加藤も「はい!!」と元気よく返事を返す。

 

 

 忍のその言葉は、ここには居ない保健室に居る2人に向かって言っているようにも聞こえた。

 

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