響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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劇薬

 

 「もー!!最っ悪っ!!!何なのよあの先生!!」

 

 トランペットパートに充てられた教室。そこでは吉川が、荒れに荒れていた。無理もない。今日は、北宇治高校吹奏楽部にとって、正にXデーとも呼べる日だったのだ。

 滝先生から出された課題曲。その合奏を披露した。いや、最早あれが合奏と呼べるものだったのか。それを聞いた滝先生から出てきた言葉は、『私の時間を無駄にしないで頂きたい』だった。

 

 「ゆ、優子ちゃん、落ち着いて……?」

 

 3年生の副パートリーダーである、笠野沙菜が、悪態を吐く吉川を宥める。

 本来は中世古の役割なのだが、生憎彼女は今、パートリーダー会議に出ている。唯一とも呼べる癒しが居ないトランペットパートの雰囲気は、良いものとは呼べなかった。

 皆、下を向いて落ち込んでいる。それ程までに滝先生にキツい言葉を浴びせられた。ぬるま湯に浸かって来た彼女達にとって、それは劇薬を通り越した、毒とも言えるものだった。

 

 

 「………アッキーが、居たらな……」

 

 

 ポツリと、そんな声が聞こえる。その言葉を発したのは、トランペットパートの2年、黄色いハート型のヘアクリップが特徴の、加部友恵と言う女子生徒だった。

 

 「……友恵、縁起でも無い事言ってんじゃ無いわよ」

 

 キッとした目線を加部に送り、怨嗟のこもった口調でそう言い放つ吉川。加部のその発言に、皆バツの悪そうな顔をしていた。

 

 (……アッキーって、誰?)

 

 だが1人、それが誰の事を言ってるのか分からない人物が居た。高坂である。隣に居た一年の吉沢に、周りに聞こえない様、そう耳打ちをする。

 

 (えっと、2年生の秋川って言う先輩。……去年までトランペットパートに居たんだって)

 

 秋川がパート練に訪れた時は、吉沢も居たので高坂に同じく耳打ちでそう返す。対して(……ふーん)と、何処か合点が行ったかの様な納得した表情になり、高坂は再び元の姿勢に戻った。

 

 「お待たせ、ちょっと皆来てくれる?」

 

 すると、パートリーダー会議から帰って来た中世古が、教室に入るなり、トランペットパートの面々を集める。

 

 「……どうでした?」

 

 今後の方針が決まったのだろう。皆、次に中世古が出す言葉に耳を傾ける。

 

 「……取り敢えず、今日は解散。これからまたパートリーダーで会議して、今後の方針を決めるんだって。……来週の水曜日にはまた合奏があるから、それについても話すと思う」

 

 つまり、何も決まっていないと言う事だった。

 中世古の回答に、パートの面々は困惑し、高坂に至っては不機嫌な表情を隠そうともしていなかった。

 

 「……個人練で吹くのは、構いませんか?」

 

 鉄仮面を貼り付け、淡々と中世古に対し、高坂はそう聞く。

 

 「う、うん。それなら大丈夫だよ?」

 

 「そうですか。では、失礼します」

 

 そして、高坂は自前のトランペットケースを持ち上げ、それだけ言い放つと、足早にその教室から去っていく。

 一刻も早くここから立ち去りたいと言う態度にも見えた。

 

 「……何あれ?、相変わらず感じ悪いわね」

 

 そんな光景を見て、いつもの様に悪態を吐く吉川。

 雰囲気は、最悪だ。しかし、それはトランペットパートに限った話では無かった。

 滝先生がここに赴任して来てから3週間、亀裂は、深くなるばかりだ。

 

 

 __________

 

 

 「お、滝先生、また会いましたねー」

 

 「こんにちは、秋川君。先生と会ったらまずは挨拶しましょうね?」

 

 一方こちらは渡り廊下。秋川が担任の先生に提出するプリントを職員室に提出した帰りに歩いていると、部室から戻って来る滝先生とバッタリ出くわしたのだ。

 

 「こんちはー。あれ?、部活はどうしたんですか?」

 

 この時間はどこの部活も活発に活動している。それは吹奏楽部も例外では無い筈なのだが、疑問に思った秋川はそう聞く。

 

 「今は自主練習と言う形でやるそうです。私は強制する指導は好きじゃありませんから」

 

 先程あれだけ部員達にドギツい言葉を浴びせたのにも関わらず、平然とした顔で滝先生はそう返す。

 そんな事情など知るよしもない秋川は、首を傾げた。

 

 「ははっ、呑気ですねー。ここ最近、学校に残る事が多いですけど、楽器の音なんて一つも聴こえて来ないですよー?」

 

 カラカラと笑って、秋川はそんな事を言う。すると、滝先生はその鉄仮面から、少し口角を釣り上げた。

 

 「ええ、ですから少し、薬を与えておきました」

 

 「おー、少しテコを入れたと?」

 

 「はい、刺激たっぷりのやつをです」

 

 相変わらず淡々と述べる滝先生に対し、秋川はクツクツと笑う。やはり面白い人で、見てて飽きない人だ。

 

 「なるほどー、劇薬にならないと良いですけどねー」

 

 「なりませんよ、そのために顧問の私が居ますから」

 

 やはり、あの部活を変える事に自信がある様で、さも当然かの様に滝先生はそう言い放つ。

 

 「それで、秋川君。合奏の予定が決まりましたよ」

 

 続けて、滝先生は約束していた合奏の事に触れた。

 

 「おー、ようやくですかー。それで、いつやるんです?」

 

 秋川にとっては、最近の最大の楽しみである海兵隊の合奏。興味津々、目を光らせて滝先生の言葉を待つ。

 

 「来週の水曜日です。それまでには、聞ける演奏になってますよ」

 

 滝先生は、そう断言する。あの部活勧誘で聞いた演奏が、聞けるレベルにまでなるとはにわかには信じ難いが、秋川はこの先生なら何かしてくれそうな予感がした。

 

 「それで秋川君、一つ相談なのですが……」

 

 すると、続けて滝先生はそう言い、中指でメガネを整える。何事かと、秋川も首を傾げて滝先生を見やる。

 

 

 「合奏の当日、あなたも一緒に吹いてみませんか?」

 

 

 「………はい?」

 

 予想外過ぎる滝先生の提案に、遅れて秋川の反応が返って来た。最初の話では演奏を聞くだけだった筈なのだが……

 

 「この前、中庭で海兵隊のトランペットパート、吹いてましたよね?」

 

 「………ありゃ、見られちゃってたかー」

 

 先日、いつも屋上で吹いている誰かさんに感化されて、中庭でトランペットを吹いた事を秋川は思い出す。

 実はあの時、渡り廊下を歩いていた滝先生に、その姿を目撃されていたのだ。

 

 「なぜ、君が私の出した課題曲を吹いているかは分かりませんが、その気があるのなら水曜日の合奏、合流しても良いですよ?あなたはまだ吹奏楽部に所属してますから」

 

 滝先生にそう誘われ、秋川は少し考える。今のままでは乗り気では無いと言うのが、彼の本心だった。

 本心も隠すことが下手な秋川は、思った事をそのまま口にする。

 

 「……それは、これからですかね?この校舎に音が戻れば、その気になるかも知れないです」

 

 その言葉は、この北宇治高校吹奏楽部が、本気で全国を目指す度量があるのか?そう問われている様なニュアンスも含まれていた。

 秋川の面白がる様な、それでいて何処か挑戦的な笑み。それを見て、滝先生も再び薄く笑った。

 

 「良かった。なら、問題なさそうです」

 

 期待通りの回答に、秋川は更に嬉しそうな表情になる。やはり、この先生は面白い。北宇治高校吹奏楽部は今、この先生の手によって正に変わろうとしていた。

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