響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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手綱

 秋川家の朝は、あまり早くない。何故なら一家揃って朝に弱いからだ。しかし、その日は少し違った。

 時刻は朝の5時。1人、いつもより早い時間に秋川家の長男は起きていた。

 

 「……ふぁああ………」

 

 大きなあくびをしてから、リビングで朝食の準備をする忍。

 今日はコンクール当日。吉川に一緒に音出しをしようと誘われ、こうしていつもよりかなり早く起きたのである。

 

 「……ふぁああ……早いねー、兄ちゃん」

 

 すると、凛花もパジャマ姿のまま、忍と同じくあくびをしながらリビングにやって来た。

 

 「んー、本番だからねー。色々準備とかもあんのよ」

 

 未だ寝ぼけ眼のまま、そう返す忍。眠そうではあるがクマもなく、睡眠はバッチリの様だ。

 

 「凛花は?今日来んの?」

 

 「うん、北宇治午後からでしょ?眠いからもうちょっと寝る……」

 

 「りょーかい。朝ご飯もう作っとくよー」

 

 「ありがとー……」

 

 眠そうな声で凛花がそう言うと、再びリビングから出ていく。

 

 「……よしっ」

 

 朝ご飯用の味噌汁の味見をしながら、誰もいない台所で忍は真剣な顔でそう呟く。大丈夫。いつも通り。そんな気持ちも込められている様にも見えた。

 

 

 ___________

 

 

 「おーっす、ちょっと遅れた」

 

 「おはよ。分かってんならチョットは反省しなさいよ……」

 

 まだ殆ど誰も来ていない音楽室。忍が気の抜けた声でそう挨拶をすると、吉川も困った様にそう返す。

 

 「集合時間が早過ぎんだよ。まだ6時前じゃん」

 

 「いいじゃない。アンタん家、ここから近いんでしょ?」

 

 「近くても朝が弱い人間にはこの時間帯は拷問なのですよ……」

 

 ぶつくさ文句を言い合いながらも、音出しのために2人して準備をする。本番前だと言うのにあまり緊張してる様には見えなかった。

 

 「じゃあ、合わせんべ。チューニングbから」

 

 「りょーかい」

 

 そして雑談も程々に、今日朝1番の楽器の音が校内に響き渡った。

 

 

 _____________

 

 

 

 「はーい、みんな聞いてー、聞いて下さーい!」

 

 そして7時前。メンバーが揃っているかを聞く為に、小笠原が声を掛ける。

 

 「各パートリーダー、自分のパートが揃っているか確認して下さい。トランペット」

 

 「います」

 

 「パーカス、問題なーし!」

 

 「フルート、全員居ます」

 

 小笠原の問い掛けに対し、各パートリーダーからメンバーが揃っている旨の報告が来る。

 いつもと違うやり取り。それだけでも、コンクールが近づいている事を実感する。

 

 「ええと、7時過ぎにトラックが来るので、10分前になったら、積み込みの準備を始めます。楽器運搬係の指示に従って、速やかに楽器を移動して下さい」

 

 「「「はい!」」」

 

 小笠原の指示に、チームもなかから返事が返ってくる。

 

 「楽譜係」

 

 「はい、今から譜面隠しを配ります。各パートリーダーは取りに来て下さい」

 

 「受け取ったら各自無くさない様にねー」

 

 「楽器運搬の人は、こっちに集まって下さーい!」

 

 コンクールの為か、少し慌しい雰囲気の音楽室。各自に譜面隠しが配られる。

 

 「はい、優子ちゃん」

 

 「ありがとうございます!」

 

 「秋川君も」

 

 「どもっす」

 

 中世古も、トランペットパートのメンバーに譜面隠しを渡して行く。忍は持って来た楽譜に早速譜面隠しを被せて、どんなものかと調子を確かめていた。

 

 「アッキー!楽器運びに行くぞー!!」

 

 すると、滝野から声をかけられる。忍も楽器運搬の係なので、もう行かなければならない。

 

 「うん!分かったー!吉川、俺の楽譜と楽譜隠し持っといて」

 

 「良いわよ。早く行きなさいな」

 

 忍が吉川にそう言うと、吉川はその二つを受け取ってそう返す。

 

 「さんきゅ」

 

 そして、軽く感謝の言葉を述べると、忍は音楽室から出て行った。

 

 

 ____________

 

 

 

 「お前ら、気持ちで負けたら承知しないからな!分かったか!!」

 

 「「「はい!!」」」

 

 正門前。副顧問の松本先生から身が引き締まる様な檄を飛ばされ、皆勢い良く返事を返す。もう楽器の運搬も終わり、後はバスに乗り込むだけと言う状況だった。

 

 「……っはあ、すみません、お待たせしました!」

 

 すると、そんな松本先生とは対照的に、慌てた様子で滝先生が走ってやって来た。

 

 「全員、揃ってますか?」

 

 「ええ」

 

 「そうですか……」

 

 そんな滝先生に少し呆れた口調で松本先生がそう返す。滝先生も今日はコンクールなので、タキシード姿だ。

 それに一部の生徒から少し黄色い声が上がる。

 

 「先生、ちょっと良いですか?」

 

 すると、手を挙げて小笠原が滝先生にそう聞く。

 

 「どうぞ」

 

 「森田さん」

 

 「はい!」

 

 そして、チームもなかの1人、森田が袋を用意し始めた。

 

 「えー、私たちサブメンバーのチームもなかが、皆さんへのお守りを作りました。今から配りますので、どうぞ受け取って下さい!」

 

 「イニシャル入りです」

 

 森田の説明に、同じくチームもなかの中川が付け加える様にそう言う。

 すると、少しの歓声と共に拍手が湧いた。

 

 「はい!弘恵先輩!」

 

 「ありがとー!」

 

 「私、L.OじゃなくてR.Oだよー?」

 

 「ヘボン式?」

 

 手作りのお守りに、各々の反応を見せる。そしてトランペットパートは、加部によってお守りが渡されて行った。

 

 「はい、香織先輩!」

 

 「ありがと。嬉しいよ」

 

 「いえいえ、あ、沙奈先輩!どうぞ!」

 

 「ありがとう!」

 

 「でー、はい。こっちが滝野ね」

 

 「おう、サンキュー!」

 

 イニシャルが入っただけの簡単なお守り。しかし、それでも嬉しいものは嬉しい。

 そして加部は少しニヤつくと二つ同時にお守りを出し、吉川と忍の前に差し出した。

 

 「はい、君たち2人はコレ。色違いだけどお揃いの柄だよー?」

 

 ニヤついた顔のまま、加部は揶揄う様にそう言う。それを聞いて吉川は少し顔が赤くなった。

 

 「お、お揃いって……どうせ夏紀の仕業でしょ?」

 

 「……せいかーい。___ふっ___」

 

 「ひぇあ!?」

 

 そんな吉川の背後から、バレない様に耳に息を吹きかける中川。案の定、吉川は素っ頓狂な声を上げた。

 

 「おー、これ作ったのなつきちなの?よく出来てんねー。サンキュー」

 

 「いやいや、お礼には及びませんよ。お二人の幸せを願って、丹精込めて作りましたので」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべて、忍の感想にそう返す中川。

 

 「余計なお世話だってーの!!もう、何でアンタはこう、人の嫌がる事ばっかすんのよ!!」

 

 対して吉川は案の定、中川に噛み付いて来た。そんな光景を見て、忍と吉川以外のトランペットのパートメンバーは微笑む。

 吉沢は頬を赤く染めて両手で自分の鼻と口を隠す様にその光景を見ていた。

 

 「えー、皆んな行き渡りましたか?」

 

 すると、小笠原が確認する様に、皆に聞こえる様にそう言う。それに吉川と忍も、彼女の方へと顔を向けた。

 

 「まず、毎日遅くまで練習する中、全員分用意するのは本当に大変だったと思います。ありがとう、拍手!」

 

 そして小笠原がそう言うと、再度拍手が起こる。それにチームもなかの面々は少し照れくさそうな表情を浮かべた。

 

 「では、そろそろ出発します」

 

 お守りが行き届いたのを確認すると、バスに乗り込む為に小笠原が指示を出そうとする。

 

 「小笠原さん」

 

 「はい?」

 

 「部長から皆さんへ、何か一言」

 

 すると、滝先生から無茶振りの様な事を言われた。

 

 「え!?、私ですかぁ!?」

 

 案の定、小笠原は困った様な声を上げる。いきなりの事で言葉を用意してなかった様だ。

 

 「いよっ!待ってました!部長さん!」

 

 そして、ここぞとばかりに田中が茶化して来る。

 

 「茶化さないの!代わりに話させるよ?」

 

 「こほんっ、では、ユーフォの歴史について……」

 

 「それは良いから」

 

 相変わらずの部長と副部長の漫才に、周りから軽く笑いが起こる。

 

 「えっと……」

 

 そして、何を言おうかと、少し戸惑った後、小笠原は口を開いた。

 

 「えっと、今日の本番を迎えるまで、色んなことがありました。……でも今日は、今日できる事は、今までの頑張りを、思いを、全て演奏にぶつける事だけです。それでは皆さんご唱和下さい!」

 

 そして、小笠原は拳を突き上げる仕草をする。

 

 「北宇治ファイトー!!」

 

 「「「「おーー!!!!」」」」

 

 小笠原の掛け声に、皆元気良くそう返した。

 

 「さあ、会場に、私たちの三日月が舞うよ!!」

 

 「「「「おーーーー!!!!!」」」」

 

 そして続けて田中が言い放った言葉に、勢いでもう一度皆から良い返事が返ってくる。

 

 「はしゃぎ過ぎだ!!」

 

 さっきより大きな声でそう言ったからか、松本先生から注意の声が飛ぶ。

 しかし滝先生も同じく声を上げていたので、バツの悪そうに人差し指を口元に当てて静かにする様ジェスチャーをする。

 程よい緊張と緩和により、皆もちょうど良く肩の力が抜けていった。

 

 

 ___________

 

 

 「隣、座るわよ」

 

 「え?」

 

 そして、バス移動。吉川がそう言うと、忍の返事を聞く前にそのまま隣に座る。

 

 「なんだよ、また香織先輩の隣座れなかったの?」

 

 さも当たり前かの様に隣に座った吉川に対し、忍は揶揄う様にそう聞く。

 

 「まあ、それもあるけど?アンタにこれを返さなくちゃいけないからね」

 

 対して吉川は、涼しげな顔でそう返した。そして、吉川はバッグを開くと、朝に預けた楽譜と譜面隠しを出す。

 

 「おー、すまんすまん。忘れてたわ」

 

 「楽譜なしでどう演奏すんのよ」

 

 「大丈夫、大丈夫。飽きるほど練習したから、頭には全部入ってるから」

 

 いつものやり取り。この会話をするだけでも、2人はリラックスした状態になれる。

 ある意味での共依存みたいなものだった。

 

 「じゃあ、ちょっとくらい楽譜に落書きしても構わないわよね?」

 

 すると、吉川はニコリと笑みを浮かべて、バッグの中からボールペンを取り出す。そして、忍の楽譜を開き、端の方に文字を書き込んで行った。

 

 

 "絶対金賞、全国!!しっかりしなさい!!"

 

 

 たった一文。それだけ書くと、吉川は満足げに忍に楽譜を返す。普通なら"ガンバレ!"やら"応援してる!"などの言葉を書くはずなのだが、"しっかりしなさい"とは、何とも彼女らしい。

 

 少し雑な男子特有の文字列の中に、可愛らしい女子の文字が追加された。

 

 「……ありゃ、楽譜の中にまで吉川にケツ叩かれちゃった」

 

 言葉では冗談めいてそう言う忍だが、表情は喜びの色を隠し切れてない。

 

 

 「当たり前じゃない。アンタは手綱握ってないと、すぐどっか行っちゃうんだから。それはアンタに対する首輪みたいなもんよ」

 

 

 そして、吉川は小声で、忍にしか聞こえない声で、ニコリと笑ってそう言い放った。

 

 

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