響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「うわっ、暑っつ!」
「ちょっと酔った……」
「大丈夫?」
ホールに着くと、様々な反応が出て来る。緊張してる者、真夏の猛暑に文句を言う者、バスで酔って少し顔色が悪い者。
会場に着くと、他の高校の人達でごった返しているのが確認出来る。この中から京都代表に選ばれるのは、たった3校。
皆、この日のために練習を積み重ねて来たのだろう。何処かそわそわしているのは、北宇治だけでは無かった。
「はーい、各パートリーダーは、もう一度全員揃っているか確認。終わったら、楽器を確認して下さい」
「「「はい!」」」
ホール内、小笠原からそう指示が飛ぶと、各々準備を始める。刻一刻と、本番に向けての実感が湧いて来る。
「楽器運搬の人ー、先に移動しまーす!」
「あ、はーい!」
楽器運搬に足を走らせる者、指運を確かめる者、楽器に埃が無いか確かめる者。その一つ一つの仕草が、本番に近づいている事を実感する。
「……………」
「タッキー、緊張してる?」
すると、何やら難しい顔をしている滝野に対し、忍が軽い感じで話しかけた。
「え?、あ、ああ。何って言うか、去年はこんな感情無かったから、ちょっと不思議な感じって言うか……」
緊張の面持ちだが、何処か困惑も混ざった様な声色で滝野はそう言う。
「そんくらい練習したって事でしょ?緊張してるって事は、そんくらい練習したって事だよ。"あんだけ練習したんだから、絶対に本番では失敗出来ない"。多分、タッキーは今そんな感じなんじゃないの?」
忍にそう言われて、滝野は少し驚いた様な表情になる。これだけズバリと当てられるとは思ってなかった様だ。
「……さすが、ソロコンを受賞した奴は言う事が違うな。アッキーはそんな緊張してないのか?」
そして参りましたと言う風になって滝野がそう聞くと、忍もそれにニッコリと笑う。
「いいや、してるよ。でも、それ以上に興奮してる。今日はホールに沢山人が来るからね。その連中に俺の音を聴かせられるって思うと、緊張以上にワクワクすんべよ」
屈託の無い笑みを浮かべて、忍はそう言い切る。それに対して滝野は、「……アッキーは強いな」と、薄く笑ってそれだけ返した。
「すみません」
「あ、はい。そろそろ、移動しまーす!!」
「「「はい!!」」」
すると、係員が小笠原に話し掛け、控室に移動する。控室は、最後に後出しのできる場所だ。そこで各々チューニングを済ませ、本番に臨む。
「では、この扉を閉じたら、音出しして構いません」
係員がそう言うと、滝先生は一つ頷き、控室の扉が閉まる。そして、すぐさま皆チューニングを開始する。
チューナーを使って、自分の音が合っているか確認する。
「音合ってない……」
「大丈夫!落ち着いて!」
「聞いて聞いて!、もう一回……」
そんな会話も聞こえる。皆、最高の音を出す為に耳を研ぎ澄まして楽器の調整をする。
すると、滝先生が手を挙げて、一回演奏を止める。そしてコンマスの鳥塚にアイコンタクトを送ると、最初はクラリネットの音でチューニングb(ベー)の音が鳴り響く。
____♪ーーーーーーー______
クラリネットの音に続く様に、他の楽器からも同じ音が出る。滝先生は目を瞑ってその音に耳を傾ける。
綺麗な倍音。空気が震えるその音は、ペットボトルの水面さえも震わせる。
そして数秒。各々チューニングを終えると、滝先生はゆっくり目を開いた。
「……よろしいですか?」
「「「はい」」」
滝先生の問いかけに、すぐさま返事が返ってくる。
「えーっとー……」
そして何か言おうと滝先生は少し考える様な顔をするが、何も思い浮かばなかったのか、困った様に微笑んだ。
「実は、ここで何か話そうと思って、色々考えて来たのですが、あまり私から話す事はありません」
そんな気の抜けるような言葉に、部員達は一瞬困った様な表情を浮かべる。
「春、あなた達は、全国大会を目指すと決めました」
そして、滝先生は言葉を続ける。
「向上心を持ち、努力し、音楽を奏でて来たのは、全て皆さんです。誇って下さい」
そう言うと、滝先生はポンと一つ、手を叩く。
「私たちは、北宇治高等学校吹奏楽部です。そろそろ本番です。皆さん」
そこまで言うと滝先生は一つ、間を置く。
「会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」
滝先生の問いかけに、部員達は真剣な眼差しを滝先生に向ける。それに先生は尚も薄く笑う。
「初めに、戻ってしまいましたか?私は聞いているんですよ」
そして優しい声で、滝先生はもう一度聞く。
「会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」
「「「「はい!!!!」」」」
今日1番の、勢いのいい返事。それに滝先生は満足そうな笑みを浮かべた。
「それでは皆さん、行きましょう」
そして、滝先生自ら控室の扉を開け、
「全国へ」
この中で1番の自信満々な表情で、そう言い放った。
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「うっわ、なんで今日こんな多いのー?」
「休日だからでしょ?」
一方、こちらはホールの観客席。一生懸命良い席はないかと探しているのは、凛花と滝野の妹、さやかだった。
祭りで一気に仲良くなったこの2人は、他校の間柄でありながら、この様に一緒にコンクールの見学をしに来る程に仲良くなっていた。
「あ、あっちの方、よく見えそうじゃない?」
そしてホールの中に入ると、凛花が真ん中辺りの空いてる席を指差して、そう言い放った。
「そうだね。あっちからなら、忍先輩もよく見えるかなぁ……」
「おー、さやかちゃん、ウチの兄ちゃんにゾッコンでありますな。お兄さんの方も応援してあげればー?」
少し頬を赤らめてそう言うさやかに対し、揶揄う様にそう返す凛花。
「兄さんは良いんです。それより忍先輩だよ!早く席取らなきゃ!」
しかしさやかにとっては自分の兄より忍の方が気になるのか、少し興奮気味で席の方へと進む。対して自分の兄がアイドルの様な扱いを受けている事に、少し苦笑いになる凛花。しかし、身内がこうも人気だと、悪い気はしないのであった。
「あ、すみません。ここ、良いですか?」
「え?、あ、はい。どうぞー」
先に席に座っていた女性に一言断りを入れると、「どうもー」と一つ返して凛花とさやかは隣同士で席に座る。
「北宇治、何番目だっけ?」
「確か亀岡東の次だから……後三番目」
さやかがそう問いかけると、凛花がプログラムを確認しながらそう答える。
「まだ少しあるねー。忍先輩、緊張してないと良いなー」
「あははっ、兄ちゃんに限ってそんな事ないない」
心配気味にそう言うさやかに対し、凛花は軽く笑ってそう返す。凛花も忍が緊張でガチガチにならないタイプなのを知っている。
ホールの雰囲気に呑まれて実力が出せない事は無いだろうと、凛花もリラックスした様子だ。
「あれ?、君たちも北宇治の演奏聴きに来たの?」
すると、横の席から唐突にそんな事を話しかけられる。2人ともその声の方向に顔を向けると、先ほど断りを入れた女性がこちらを向いてにこやかにそう言って来た。
「はい。北宇治で兄が出ますので、それを見に来たんです」
そう返したのは、凛花の方だった。女性は凛花より年上と分かる体つき。しかし大人ではなく、忍と同じ年齢の様に見える少女だった。その少女は黒い髪をポニーテールにまとめていて、快活そうな印象を受ける。
「そっかー、私も実は北宇治の生徒なの」
そして、笑顔で少女は言い放った。
「へー、そうなんですか!じゃあ、お友達が出るとかですか?」
それに対し嬉しそうに凛花はそう聞く。こんな偶然もあるものなのだなと。対して一瞬少女は顔を強ばらせたが、すぐに笑顔に戻る。
「うーん、まあ、そんな感じ。それでそれで?お兄さんは何の楽器を吹いてるのかな?」
すると少女は、話題を逸らすようにそう聞く。しかし、それは少女にとって悪手だった。
「2人とも、兄が北宇治の2年でトランペットを吹いているんです。滝野と秋川って、知ってますか?」
秋川と言う言葉を聞いた瞬間、少女の顔が一瞬にして凍りつく。
「え、えっと……わ、私、何かまずい事言っちゃいましたか?」
その表情を見て、何か失言でもしたのかと、少し焦ったように続けてそう言う凛花。
「え?、あ、い、いいや!?何でもないよ!?……そっかそっかー。"アッキー"の妹さんかー……」
口ではそう言ってるが、表情はバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔を隠せてない少女。どうやら思った事が顔に出るタイプの子らしい。
「……えーっと、差し支え無ければ、兄との関係を教えてもらっても良いですか?」
それに対し凛花は、遠慮がちに肩をすくめてそう聞く。それに少女は少し考える様な仕草をした後、口を開いた。
「まあ、お兄さんとはちょっとご縁があってねー。……私、"傘木希美"って言うの。よろしくね」
そして表情を笑顔に戻すと、少女は続けて自己紹介をして凛花に握手を求める。
「よ、よろしくお願いします」
そんな傘木に違和感を感じながらも、凛花は握手を返した。
『それでは、これより吹奏楽コンクール、京都支部の大会を行います。まずはプログラム1番、京都府立舞鶴商業高等学校』
すると、コンクールの開始を知らせるアナウンスが場内に響き渡った。
「……とりあえず、曲を聴こっか?」
「は、はい。そうですね……」
傘木が周りに聞こえない様に小声でそう言うと、凛花も同じくらいの声量でそう返す。
結局は傘木希美と言う少女が何者かは凛花には分からなかったが、取り敢えず演奏に耳を傾ける事にした。