響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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唯一のオーボエ

 「ただいまー」

 

 「あ、おかえり。兄ちゃん」

 

 時刻は夕方。忍が家に帰って来たのはコンクールが終わってしばらくした後だった。

 

 「遅かったねー。何?優子さんとでもデートしてたの?」

 

 「違う違う。一回学校帰って、今後の予定を言われたのと、また練習」

 

 「あー、関西大会出たからねぇー。またしても練習漬けだ」

 

 ご愁傷様と言う風に、凛花はそう言う。関西大会出場を決めたことにより、学校に一旦戻り新たな予定表が配られた。

 その予定表は、空白が目立つ物だった。何も言わなくても練習。と言う事なのだろう。意識の変化は、まさに劇的だ。

 

 「あ、凛花。8月の17日から3日間は、俺居ないから」

 

 すると、忍の口からそんな言葉が出る。

 

 「え、何で?」

 

 「合宿。近くの施設を借りてやるんだってさ」

 

 そして、その予定の中には合宿も含まれていた。夏休み中の3日間、集中的に音楽をする。関西大会に向けての詰めと言う事だ。

 

 「だからご飯とかは親父と上手くやりくりしてくれい」

 「了解。おとーさんにも言っときなよー?」

 

 「うい」

 

 そんなやり取りをすると、忍はリビングに座り、テレビのリモコンをいじる。

 

 

 『では聞いていただきましょう。明静工科高等学校の演奏です』

 

 

 すると、あるチャンネルで関西大会に出た一校の演奏が放映されていた。

 明静工科高校。全国金賞常連の、吹奏楽の強豪校だ。

 

 「あ、明静だ。って事は、"まさっち"もいるのかな?」

 

 それを見て、凛花が反応する。

 

 「うん、こん中に居るんじゃない?『今年も俺は1stや』って、自信満々に電話で言ってたし」

 

 頬杖をつきながら、テレビの音量を少し上げて忍はそう言う。どうやらこの高校に知り合いでも居る様だ。

 

 「……あ、今年明静、『俗謡』やるんだ」

 

 そしてテレビから演奏が流れ始めると、感心した様に忍はそう言う。

 

 「うっわ、明静の十八番じゃん。こりゃ、北宇治も厳しーんじゃないのー?」

 

 「さあね。なる様になるんじゃない?うっわ、相変わらずカッコいい曲だなー」

 

 揶揄う様にそう言う凛花に対し、飄々と返す忍。それよりも、この高校が出す音に夢中の様だ。

 

 

 「あ、まさっち居た」

 

 

 そして途中、カメラに抜かれた1人のトランペット奏者を指差して、忍はそう呟いた。

 

 

 _____________

 

 

 

 「ふぁあああ………」

 

 朝に弱い忍にとって、夏休みの練習の開始時間というのは、あまり嬉しいものではない。

 しかし、今日はそんな練習の開始時間よりも、かなり早めに来ていた。

 

 「……何でこんな早く呼び出すんだよ……」

 

 吉川に呼び出されたのだ。『明日、6時までには学校に来なさい』。端的な、それでいて何だか圧を感じる様な、そんなメールが昨晩来た。朝に激弱な忍にとってこの時間に起きると言うのは、苦行に近い。

 しかし無視すると面倒な事になるのは忍にもわかっているので、こうして渋々登校している。

 校門の前の坂を気怠そうに登っていると、「おーはよっ」と、聞き覚えのある声と同時に、後ろから肩を軽く叩かれた。

 

 「おっす……吉川……元気なこって」

 

 「アンタは相変わらず朝弱いのねぇー」

 

 眠い表情まま忍が挨拶を返すと、吉川は困った様に笑ってそう言う。それに忍は眠い顔から少し顔を顰めた。

 

 「分かってんなら、もうちょっと寝かして欲しい……」

 

 「だーめ。今日は音聴いてもらう為に呼び出したんだから」

 

 しかし、必死の訴えも虚しく、簡単に吉川に却下された。

 

 「ってか、この時間まだ音楽室空いてないでしょ?」

 

 そして、駄々をこねる子供の様な口調で、悪態を吐く様に忍は続けて抗議する。

 

 「大丈夫よ。多分もう"みぞれ"が来てるし」

 

 それに吉川は、何ともない様にそう返す。

 

 「あー、"よろみー"かー。確かにいつも早いよなー。今度、早起きのコツとか、聞いてみよっかな?」

 

 「……あんまり期待した答えは返ってこないと思うけど?」

 

 「……確かに」

 

 苦笑いで吉川がそう言うと、同じく苦笑いで忍もそう返す。

 

 「ってか、みぞれの事そんな呼び方してんの、アンタだけよ?」

 

 「えー?良いと思うんだけどなー。このあだ名」

 

 その後は他愛もないやり取りをしながら、2人は校門を跨いで行った。

 

 

 ______________

 

 

 

 「ほらね、もう音出ししてる」

 

 「えぇー?まだ6時過ぎたばっかじゃん」

 

 上履きに履き替え、階段を登って行くと、木管楽器の音が聞こえてくる。

 この優しくて繊細な音は、オーボエの音だ。

 

 「相変わらず、音は外さないなー」

 

 「そうね、みぞれ上手いし」

 

 忍が、遠くで聴こえるそのオーボエの音をそう評価すると、同意する様に吉川もそう言う。

 

 

 「そんでもって、なんか淡白」

 

 

 そしてもう一つ、忍はその音をそう評価する。その言葉を聞いて、吉川は少し顔を顰めた。

 

 「……淡白って、何よ?」

 

 少し不服そうな声で、吉川はそれだけ言い放つ。

 

 「そのまんまの意味。去年聴いた時は、もっと感情的な演奏してたと思うんだけどねぇ……」

 

 そんな吉川の問い掛けに何か考え込む様な表情で、忍はそう返す。

 やはり、直球すぎる。忖度や贔屓がないのは悪い事ではないが、こうもバッサリ言い切られると、吉川としては複雑な心境だ。

 

 「吉川はどう思う?」

 

 そして、忍は吉川の方へ顔を向け、このオーボエへの感想を再度求めた。

 

 

 「………ノーコメント」

 

 

 しかし、吉川は難しそうな顔をして、それだけ返した。

 

 

 

 「おはよー。みぞれ」

 

 「おっすー。よろみー」

 

 音楽室に入ると、教室にいたのは1人の少女だった。それを聞いて一旦オーボエの演奏を止めると、少女は忍と吉川の方へゆっくりと顔を向ける。

 

 

 「………おはよう」

 

 

 鎧塚みぞれ。それが少女の名前だ。細身の体にしなやかな髪。白い肌は、どこか儚げな雰囲気を纏っている。

 2年生である彼女は、北宇治唯一のオーボエ担当だ。三日月の舞のオーボエソロも、彼女が吹いている。

 そんな彼女に、すぐさま吉川は近づいていった。

 

 「相変わらず、みぞれは早いわねー」

 

 「……うん」

 

 「ソロのところ練習してたの?」

 

 「………うん」

 

 「へー。オーボエ、みぞれだけだもんねー」

 

 「……うん」

 

 何だか、吉川の方が一方的に喋ってる感じだ。しかし、それで良いのか、2人ともやりにくそうにしてる感じは無い。

 

 

 「………珍しいね」

 

 

 すると、鎧塚が唐突にそんな事を言い出した。

 

 「?、何が?」

 

 それに対し、吉川が首を傾げてそう聞き返す。

 

 「……アッキー。いつもギリギリだから」

 

 そして、顔を楽譜の方へ向けながら、鎧塚はそう言い放った。

 

 「いつもとは失礼な。あんまり遅刻はした事無いじゃん」

 

 「それがダメだって言ってんのよ」

 

 不満げにそう言う忍に対し、吉川がすぐさまツッコミを入れた。

 

 「ってか、何でよろみーそんな早く来れんの?お婆ちゃんより起きるの早いんじゃない?」

 

 そして、今度は忍が逆に鎧塚に対してそう言う。

 

 「………私は、朝起きれるから……」

 

 「っかー!、羨ましい!その体質、半分でいいからわたくしに分けてくれませんかのう?」

 

 「体質のせいにしてんじゃ無いわよ!!」

 

 「いでっ!!」

 

 朝起きれないのを体質のせいにする忍に対し、吉川のタイキックが炸裂した。いつも通りである。

 

 「………それで、2人は何しに来たの?」

 

 すると、鎧塚はあいも変わらず楽譜と睨めっこしながら、そう聞いてくる。

 

 「練習よ。みぞれと同じ。アタシ達外で吹いて来るから、みぞれも頑張ってね!」

 

 「………うん」

 

 吉川の激励に対し、鎧塚は一言、それだけ返した。そして、吉川と忍は外で吹く為に椅子と楽譜台を持って教室を出ようとする。

 

 

 「あ、そうだ。よろみー」

 

 

 すると、思い出したかの様に忍は鎧塚に向かってそう言う。

 

 「…………何?」

 

 それを聞いて、鎧塚は目線を楽譜から忍にゆっくりと移す。

 

 

 

 「よろみーって、"まだ"オーボエ好き?」

 

 

 そして、忍は真っ直ぐ、見据える様に鎧塚に対してそう尋ねた。

 鎧塚は一瞬俯き、再び顔を譜面に向け直すと、

 

 

 「………分かんない」

 

 

 耳をすまさなければ聞き取れない様な、か細い声でそれだけ言って、再びオーボエを吹き始めた。

 

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