響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「お願い!アタシを、吹部に復帰させて下さい!!」
深く頭を下げて、忍に対しそう言う傘木。
「はぁ?何で俺?」
して忍の方は、訳が分からないと言う風に、困った表情でそう返す。
しかし忍の反応も正しい。彼はこの部活の部長でも副部長でも、ましてやパートリーダーでも無い。そんな一部員に、何故わざわざこんな事を聞いて来るのか。
すると、傘木は頭を下げたまま、理由を述べる。
「アッキーの許可が欲しいの!……アタシが原因で一度アッキーが去って行った事は分かってる。……だから!もう一度部活に戻る時は、絶対にアッキーに許可を取らなきゃって」
「じゃあ何で、今の時期なのよ?」
すると、そんな傘木の言葉を遮る様に、確かな苛立ちを孕んだ声が教室に響き渡る。皆、その方向に顔を向ける。
「………優子ちゃん……」
中世古が複雑そうな表情で、吉川を見つめる。
「今、北宇治は関西大会に向けて大事な時期なの。そんな中、一度辞めた部員が戻って来たら、どうなるか分からない訳?」
「「……………」」
吉川の突き刺す様な問い掛けに、傘木と中川は黙りこくる。明らかにトゲのある吉川に対し忍は、軽くため息をついた。
「何イラついてんだよ吉川」
「イラついてない!!」
諭す様にそう言う忍とは逆に、ムキになる吉川。
吉川が感じているのは、確かな憤りだった。部活に戻るのは構わないが、何事もタイミングと言うものがある。自分が今部活に戻れば、部員達にどんな影響が出るか。それを傘木は考えられていない。
吉川が苛ついている原因は、考えも無しに部活に戻ろうとする傘木の計画性の無さにあった。
「………まあ、良いんじゃ無い?別に、俺は戻っても良いと思うけど」
しかし忍はそんな事を考えてないのか、気の抜けた声でそう言う。そんな軽い感じの忍に対し、中川は少しムッとした。
「ちょっとアッキー。希美は本気で」
「かさみーはさ、まだフルート好き?」
そして中川の言葉を上から被せる様に、忍はそう聞く。
尚も頭を下げ続けている傘木の瞳が、少し揺れた。
「………うん」
一言。捻り出す様に、傘木はそれだけ返す。
「じゃあ、戻れば良いじゃん。それだけでも、戻ってくる価値はあると俺は思うよ?」
さも当たり前かのように、忍はそう言い放つ。
秋川忍は、部内の人間関係に聡い方では無い。傘木が部活に戻りたいならば、勝手に戻ればいいでは無いか。本人がそうしたいと考えてるならば、周りなんて気にする事は無いと忍は考えている。
そんな忍の言葉に、ようやく傘木は顔を上げる。
「………ありがと。アッキー」
そして泣きそうな声で、傘木は一言、礼を言った。中川もホッとした様な表情を浮かべている。
しかし、吉川はどこか納得の行ってない表情をしていた。
「じゃあ、この話終わり。一年生共が困り切った顔してるから、練習に戻るよん」
そしていつも通り飄々と、軽い感じで、忍はそれだけ言い放った。
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傘木希美にとって、秋川忍とは。
「秋川君はさ、何でトランペット吹いてるの?」
「?、何でって、好きだから?」
互いに仲良くなるのには、時間は掛からなかった。入部して1週間も経たない内に、気さくに話し合う様な関係になっていた。
「傘木さんも、フルート好きだから吹いてんじゃないの?」
「もちろん!アタシはこの北宇治で絶対全国行くの!!」
まだ北宇治の吹部の現実を目の当たりにする前、一年の頃。机の上に座りながら自前のフルートを自信満々に見せつけ、鼻高々に宣言する傘木。
それを見て、忍も楽しそうな笑顔になる。
「おー、やる気満々ですな。こりゃ、将来の部長も決まったかなー?」
「あははっ、ないない。アタシ、そんな器じゃないから。それにまだここに入学したばっかの一年じゃん」
何かと早とちりな忍の発言に、顔の前で否定する様に手を振ってそう返す傘木。
「ノンノン、俺には分かるのですよ。近い未来、傘木希美は北宇治の吹部に必要不可欠な人材になるのだと」
「あっははー!何それー?嘘くさっ!」
わざとらしく忍がそう言うと、笑いながら傘木はそう返す。
両者とも明るい性格だ。相性で言えば悪いわけが無い。
そして、この時に秋川忍の代名詞とも言えるあだ名が付けられた。
「なら、お互い仲良くした方が良いねー。……親しみを込めて、これから"アッキー"って呼んでもいいかな?」
「もちろん。じゃあ傘木さんは……えーっと、"かさみー"でいっか?」
「いいねー!それ!!カワイイ!!」
これが、忍と傘木の距離感。
傘木希美にとって秋川忍は、唯の吹部の仲間なのか、それとも友達なのか、あるいは……
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「結局、かさみーはまだ部活に戻んないの?」
「うん、あすか先輩の許可も貰うまでは、戻らないって決めてるらしいわね」
数日後、忍が練習終わりにいつもの様にトランペットの手入れをしながらそう聞くと、同じく手入れをしていた吉川からそう返って来る。
あれから、傘木が部活に復帰する事は無かった。
理由は、副部長である田中あすかからの許可が出ないからだ。
傘木の中では忍の他にもう1人、部活復帰の許可を貰うと決めている人物がいた。
それが、田中あすか。
忍はあっさりと復帰の許可を出したが、田中はのらりくらりと傘木の事を躱す様に、彼女に対して復帰の許可を出さなかったのだ。
「てか、戻りたいなら勝手に戻れば良いのに。何で俺とあすか先輩に許可なんか取りに行くんかね」
「女の子はそう言うところ複雑なの。……現に、アタシはどっちかって言うと反対だし」
忍の疑問に吉川がそう返すと、忍は少し微妙そうな表情に変わる。
「てか、何で吉川は反対なの?確かに去年3年生と揉めて辞めて行ったのは事実だけど、もう昔のことだし良いんじゃ無い?」
前に吉川が言った通り、今は関西大会に向けての大事な時期だ。傘木が今復帰してもコンクール云々とはならない事は忍も分かっている。
『アタシ、コンクールには出れなくていいの!今の北宇治をサポートしたいって思ってるから』
自分に頭を下げに来ていたあの日。忍はその言葉を本人から聞いていた。彼女は今年のコンクールに出るつもりやらは無い。なら、サポートの部員が増える事もあり、傘木を部活に復帰させたくない理由は無いと思うのだが。
「……別に理由があんのよ。……この前、みぞれの音について希美が関係してるって言ったでしょ?」
「うん。で、それが?」
深刻そうにそう言う吉川に対し、忍は首を傾げる。
「ほんっと鈍いわね。……まあ、アンタが気にする様な事じゃ無いわ。とにかく、希美のことに関しては一旦忘れなさい」
「そんな言い方されたら、ますます気になんじゃん」
本当の理由を吉川は知っているのか、言葉を濁す様な態度を取る。対して忍はそこまで言われて気にならない訳がなく、不服そうな表情になった。
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すると、何処からか楽器を吹く音が聞こえてくる。フルートの音。
「あれ、これって……」
忍がそう呟く。コンクールの曲では無い。その音色は美しく、それでいて儚げな旋律。
元々はロシアの歌劇。『イーゴリ公』の劇中歌であるこの曲は、美しい旋律が特徴の曲だ。
「………希美ね」
一言、吉川が顔を顰めながらそう言い放つ。
しかし、その表情とは裏腹に演奏は上手い。儚げな旋律を、十二分に表現出来ている。
「……でも、何でこの曲?」
恐らく外で吹いてるのだろう。窓の外を見ながら、忍はそう呟く。
「アタシ達の中学最後のコンクール曲なのよ」
言い捨てる様に、吉川は不機嫌な表情を隠そうともせずにそう言う。
「吉川のって、南中?……あ、確かかさみーと同じだったか」
忍がそう問い掛けると、吉川は黙って頷く。
「………はぁ……全く、何考えてんだか」
田中に対するアピールでもしているのだろうか?しかし、吉川はそんな傘木の出す音に対して、眉間に手を当てて困った様にそう言い放った。