響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「秋川、今日練習終わったら暇でしょ?」
翌日、8月10日。早朝。朝とは言え少し汗ばむほどに暑い中、吉川が忍にそう尋ねる。
「……何でもう決めてんのよ」
前にもこんな事があったなと思いつつ、寝ぼけ眼のまま忍は遅れてツッコみを返した。
「この事を話す為に今日も早くから呼び出したのよ。何?もう予定入ってんの?滝野と一緒に行くとか?」
明らかなデートの誘いだが、吉川はいつも通りだ。
わざわざ今日も朝早くから呼び出し、予定が無いかを聞いてくると言う事は、そう言う事なのだろう。
なら、もうちょっと恥ずかしがるとか乙女な部分を見せてもいいのではないだろうか?
「いや、まだ誘われて無いけど……」
そんな気持ちが表情にも出てるのか、微妙な顔つきで忍はそう返す。
宇治川花火大会。
あがた祭りに続く、宇治の夏のイベントだ。毎年8月のこの日に開催され、家族連れや友達同士。そしてカップル同士で盛り上がる。
吉川の性格上、こう言う事で緊張しない事は忍も何となく分かっていたが、こうもケロッとしていると、なんだか悔しい気持ちも沸いてくる。
「吉川だって、今日こそ香織先輩と行くんじゃ無いの?あがた祭りじゃフラれてたし」
なので忍は吉川がムキになる要素を持ち出し、小馬鹿にする様にそう言う。
すると、吉川は案の定ムッとした様な表情に変わった。
「香織先輩は今関係ないでしょ?アタシはアンタに今日暇か聞いてんの。で、どうなのよ?」
しかし顔は渋いが、噛み付いてくる様子は無い。そんな彼女に、忍は意外そうな表情になる。
「そりゃ、暇だけど……」
「じゃあ良かった。なら、部活終わったら6時に宇治駅集合ね」
そして薄く笑うと、まるで当たり前かの様に、吉川は忍にそう言い放つ。
「う、うん。分かった」
本当にいつも通りだ。
しかもなんだか妙に落ち着いている。そんな吉川に困惑しつつも、忍は素直に吉川の言葉に頷いた。
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「おーす、よろみー」
「おはよ、みぞれ。今日も早いわねー」
まだ早朝の音楽室に入ると、いつも通り鎧塚がいの一番に教室に来ていて、音出しをやっていた。
「………おはよう。………今日も2人?」
相変わらず、全く感情の無い声色で、鎧塚は挨拶を返す。
「そーそー。聞いてよよろみー。吉川ってばまた早朝に呼び出すんよー?これって嫌がらせされてるって事よなー?」
「………そうなの?優子?」
出会って5秒で愚痴る様に忍がそう言うと、鎧塚は視線を吉川に向ける。
「んな訳ないでしょ!アンタもみぞれが真に受ける様な事言わないの!!」
「いでっ!」
そして、吉川の肩パンが忍の左肩にヒットした。
「それで、みぞれ。パートの先輩とかから、"復帰の話"とか聞いてる?」
すると、吉川は少し真剣な表情になって、鎧塚に対して問い掛ける。少し暈した様な問い掛け方だ。
「……何の話?」
対して鎧塚はなんの話か分からず、無表情のまま少し首を傾げてそう返す。
「いや、……そっか、どうしよっかな……」
その反応を見て、吉川は少し考える様に顎に手を当てた。
傘木希美が部活に復帰したがっている。
その情報は、どうやらまだ鎧塚の耳には届いてないらしい。
すると、再び音楽室の扉が開く音がした。入って来たのは黄前と高坂の2人。どうやら同じく朝練に来たようだ。
「おー、おっすー。2人とも早いねー」
「おはようございます」
「はよございまーす」
忍が軽く挨拶をすると、2人からも挨拶が返ってくる。
そして準備の為に、それぞれの席に行き楽譜やら楽器やらの用意をする。その間、お互いに会話をする事はなく、なんだか気まずそうな空気が流れた。
「………優子」
すると、そんな沈黙を破って、鎧塚が声を出す。それに吉川も「ん?」と返すと、誰もが予想だにしない言葉を鎧塚は続けて言い放った。
「仲悪いの?その2人と」
「え!?」
「え゛!?」
その言葉に驚いたリアクションを取ったのは、吉川と黄前だった。高坂は相変わらず鉄仮面を貼り付け、忍は心底面白がる様な表情になっている。
「えぇ、えーっとー……」
案の定、黄前は困惑していた。こう言う時は当人でない人間が一番気まずい思いをする。
「……ふっ、そうなんですか?先輩?」
そして高坂が挑発するようにそう言うと、
「……さぁー、どうなんだろうねー。後輩?」
吉川も含みのある笑顔でそう返した。
「えぇーっとー。仲良いって言うか、悪いって言うかー」
黄前はなんとかこの空気をどうにかしようとしてるのか、あたふたと言葉を選ぼうとしている。
「そうねー。毎日毎日トランペットパートでは、あの2人による熾烈な闘いが繰り広げられているのですよー」
「ちょっと!!アッキー先輩!!!」
しかし、空気の読めない男がこの中に1人。
ケラケラと笑って忍がそう言うと、黄前がさらにあたふたした様子でそう返した。
「だから、今も2人の中では怨嗟の気持ちが沸々と沸いてるんだと思うよー」
「もー!テキトーな事言わないでください!!」
そして、ベラベラと出まかせを躊躇なく、惜しげもなく言い放つ忍。もっと場を掻き乱してどうするのか。黄前はもう困り切った顔になっている。
「ふ、普通!、普通です!!アッキー先輩の言った事は全部テキトーで、普通の先輩後輩の関係って言うかー……」
「………ふーん」
黄前が必死にフォローする様にそう言うと、興味なさげに鎧塚はそれだけ返す。自分から聞いておいてこの反応。どうやら彼女も人を振り回すタイプの人間らしい。
「じ、じゃあ、ちょっと外で練習してきますー!行こー」
そして遂にこの空気に耐えられなくなった黄前は、高坂の肩を持ってそそくさと音楽室から出ようとする。
「あれだけ色々あったのに、ホント、みぞれは部内の人間関係に疎いよね」
対して吉川は少し困った様に笑って、鎧塚にそう言う。
「……だって、興味無い」
「まあ、それがみぞれの良いところなんだけどさ」
それは自身の音の為だろうか。ともかく、この鎧塚みぞれと言う少女は自分に関係のない人間にあまり興味を持たないタイプな様だ。
吉川とは似ても似つかない性格。しかし自分の持っていない強さや魅力というものに、人間は惹かれる。吉川が鎧塚を気に掛ける理由は、そこにあった。
そして吉川は、鎧塚の耳へ顔を近づけると、周りに聞こえない声で耳打ちをした。
「……さっきの話、希美の事なんだけど」
吉川のその言葉に、鎧塚の瞳が揺れる。
「希美……」
「うん……希美がね、部活に戻りたいって言って来たらしいの」
続けての吉川の言葉に、鎧塚はいつもの無表情から、何かに怯える様な表情に変わる。
「…………そう……」
そして落胆する様に視線を落とすと、鎧塚はそれだけ言い放つ。
吉川が傘木の部活復帰に反対な理由が、少しずつ見えはじめて来た。