響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

59 / 138
付き合う?

 北宇治高校吹奏楽部のオーボエは、たった一人しか居ない。

 それが、鎧塚みぞれ。

 繊細でほんの少しの息の強弱で音色が変わってしまうその楽器と同じく、鎧塚の心もまた繊細であった。

 

 傘木希美と鎧塚みぞれ。

 

 この2人は、南中学校と言う同じ中学の出身。学年も同じ、そして高校も同じ。この2人の関係は、複雑怪奇と言っても差し支えない。

 

 

 

 「よろみーはさー。ここのオーボエソロどうやって吹きたいの?」

 

 「………分かんない」

 

 合奏練習の休憩中、忍がいつも通り鎧塚に対してそう聞くと、なんとも無機質な返事が返ってくる。

 

 「分かんないかー、まあ上手いんだけどさー。今のよろみーって、なんか楽譜通りなんだよねー。もっとこう、"私の音を聞け!"みたいな感じて吹かないのー?」

 

 「………それも、分かんない」

 

 「分かんないかー」

 

 少し俯き気味でそう返す鎧塚に対し、困った様にそう言う忍。

 

 秋川忍にとって鎧塚みぞれは、木管随一の表現力の持ち主だと思っていた。

 儚く繊細な音を奏でるオーボエにおいて、その存在感は部内でも群を抜いている。

 演奏技術もさる事ながら、感情を音に乗せることが非常に上手い。

 

 

 正に"情"。そういう意味では、鎧塚の音楽性は限りなく忍に近いものだったのだ。

 

 そう、去年までは。

 

 

 「じゃあよろみーはさー、今の演奏で満足してる?」

 

 「………分かんない」

 

 「分かんないかー」

 

 だからこそ、鎧塚にシンパシーみたいなものを感じているのだろう。こうして忍は鎧塚に構っている。

 

 「……じゃあ、質問変える。今、この人に自分の音を聴かせたいとか、そういう人は居る?」

 

 そして忍が続けざまにそう質問すると、一瞬鎧塚の瞳が揺れた。

 

 「………ここには、居ない……」

 

 ここには居ない。

 

 それは一体、どういう意味なのか、誰を指しているものなのだろうか。その時の忍にはそれが分からなかった。

 しかし、"聴かせたい相手が居る"という事は、忍にも読み取れた。

 

 「……そっか、でも聴かせたい人が居るなら、その人が聴く時の為に更に練習しなきゃねー」

 

 軽い口調で忍がそう言うと、鎧塚は目線を下げて無表情の顔を少し歪ませる。

 

 「………アッキーは?」

 

 そして俯いた表情のまま、今度は鎧塚からそう聞いて来る。

 

 「何が?」

 

 「聴かせたい相手。居るの?」

 

 そして今度は真っ直ぐ忍の目を見据える様に、鎧塚はそう聞いてくる。

 

 「もちろん。って言うか、俺の音を全ての人間に聴かせたいと思ってるよん」

 

 当たり前。それが自分の仕事だと言わんばかりに、忍はそう言い放つ。そんな回答に、鎧塚は「………そう」と、短くそれだけ返し、再び俯いてしまった。

 

 

 _____________

 

 

 「はい、今日はここまでです。各自、出された課題をクリアするようにして下さい」

 

 「「「はい!!!」」」

 

 そして、今日の合奏練習が終わる。滝先生が音楽室から出て行くと、皆この後の予定について話し始めた。

 

 「じゃあ、アタシ六地蔵の駅で待ってるね」

 

 「姫先輩!浴衣姿楽しみにしてます!!」

 

 花火大会当日と言うこともあってか、何やら音楽室も浮ついた雰囲気になっている。

 

 「あのー、アッキー先輩?、今日予定あったりってー」

 

 すると、おずおずと忍に話しかける生徒が一人。夏服のリボンから察するに一年生、確かサックスパートの子だ。

 

 「残念。先約がおりますので」

 

 「や、やっぱりぃー!」

 

 瞬殺され、ガックシと肩を落としながら去って行く一年生。今日はあがた祭りの時みたく、予定が入って無いと言う事はない。

 上機嫌に、軽い足取りで約束を交わした少女の元へと歩みを進めて行った。

 

 「吉川ー、一回家帰るー?」

 

 「うん、浴衣着て行くから。ちょっと集合時間より遅れるかもしんない」

 

 トランペットの片付けをしながら、吉川はそう返す。浴衣と言う言葉を聞いて、忍は興味津々と言った様な表情に変わる。

 

 「おー、浴衣ですかい。あがた祭りん時は見れなかったからねぇ」

 

 「なーに?、そんなにアタシの浴衣が見たいの?」

 

 「バーカ。どんだけ似合ってないか確かめてやんだよ」

 

 ここで素直にならないのが忍らしいと言ったところか。音楽に対しては真っ直ぐだが、恋愛沙汰に関しては吉川と同じく少し捻くれているらしい。

 

 「はっ!じゃあアンタにはアタシの浴衣姿、写真撮らせてやんなーい」

 

 「べ、別にいいし。目で保存しとくし?」

 

 意地悪な事を言う吉川に対し、わざとらしく動揺して強がる忍。

 そんなやり取りをまだ全員が居る音楽室でやるもんなので、なんだか生暖かい視線が2人に向けられていた。

 

 

 _________

 

 

 「なんでこのクソ暑い中、また3階まで階段登らにゃいけんのじゃい……」

 

 悪態を吐きながら、校舎の階段を恨めしそうに登る忍。

 音楽室にスマホの忘れ物をしてしまい、こうして1人、階段を登っている。

 吉川に取って来てくれないかとダメ元で頼んでみたが、帰って来た返事は「張っ倒すわよ」の一言のみだった。当然である。

 

 _____♪ー♪ーーーー、♪♪♪ーー♪♪、♪♪♪ーー________

 

 すると、楽器の音が聴こえてきた。今日は祭りの日なのに熱心なものだなと忍は感心したが、どうやらそうでは無い様だ。

 

 「……また、かさみー吹いてんのかな?」

 

 昨日聞こえてきた、韃靼人の踊り。

 吉川の世代が、中学最後のコンクールで吹いたという曲。

 それをフルートで奏でているという事は、傘木が吹いている事で間違いは無かった。

 音楽室に向かうには途中の渡り廊下を通らなければならない。

 少し足早に音の方向へと歩みを進めると、1人、屋根のついていない渡り廊下で、傘木が楽器を吹いていた。

 

 「……あ、アッキー」

 

 傘木が忍に気付くと、演奏を止めて顔を忍の方へと向ける。少し動揺しているようにも見えた。

 

 「おー、かさみー。練習熱心な事ですなー」

 

 対して忍はいつも通り、気の抜けた返事を返す。それを見て傘木はホッとしたように一息ついた。

 

 「コンクール曲でもなんでもないけどね。……あれ、今日早くない?」

 

 そして、傘木は首を傾げてそんな事を聞いてくる。

 

 「花火大会の日だから早めに終了。滝先生もそこまで鬼じゃないのよん」

 

 忍がそう言うと、傘木は少し落胆した様な表情になる。

 

 「あー、じゃああすか先輩もう……」

 

 「うん、多分帰ったと思うよ?」

 

 忍がそう言うと、心底残念そうに「そっか……」と、傘木は返した。

 

 「アッキーは?残って練習?」

 

 しかし、そんな暗い表情も束の間、無理やり明るくする様に、傘木は顔を上げる。

 

 「忘れもん。これから祭りだっつーのにテンション下がるわー」

 

 変顔とも取れる渋い顔でそう言う忍に対し、傘木が少し噴き出す。

 

 「ぷっ、あははっ、こんくらいでテンション下がってどうすんのよー。そっかー、お祭りだもんねー。アッキーは今年どうすんの?」

 

 「吉川と行く」

 

 忍がそう言うと、少し驚いた様に傘木は目を見開いた。

 

 「へぇ、意外。優子と行くんだ」

 

 「そんな意外?」

 

 結構なリアクションで傘木が驚いたので、忍は聞き返してしまう。

 

 「あー、うん。だって、アッキー一回優子の事ビンタしたって聞いてたから……」

 

 傘木がそう言うと、今度は忍が驚いた表情になった。

 

 「ええ!?なんでそんな事かさみーが知ってんのさー!?」

 

 「あんだけ大騒ぎになれば噂も耳に入るよー。ってか、よく優子がビンタなんかされて許したね」

 

 「ビンタされてもおかしくない事をアイツは言ったの。吉川だって反省してるみたいだし。……まあ、今となってはいい思い出ですわ」

 

 思い出すかの様に、しみじみとそう言う忍。

 その反応を見ただけでも、2人の中だけにしか分からない事もあるのだろうと、傘木は納得した。

 ビンタされて仲が深まるとは、奇妙な事もあったものである。

 

 「相変わらず2人だけの世界作っちゃってー。このこの!」

 

 傘木は揶揄う様に、肘で忍の脇腹を小突く。彼女も一年の頃に吉川と忍のやり取りを見ている。それに忍も満更でも無さそうな表情になっていた。

 

 「んで?、もう告白とかしたの?」

 

 「いや、まだだけど?」

 

 そして本質を突く様な傘木の問い掛けに忍がそう返すと、傘木はまた落胆した様な顔になった。

 

 「えー?、何?アッキー、優子の事好きじゃないの?」

 

 確かめる様に、微妙な顔つきで傘木はそう聞く。ここで恥ずかしがったり、しどろもどろになったりすれば、まだ理由も分かるのだが

 

 

 

 「いや、好きだけど?」

 

 

 

 しかし帰ってきた返事はあまりにも単純、まるでそれが当たり前かの様な忍の回答。

 そんなあまりにもサッパリした忍の発言に、傘木は目を丸くした。

 

 「?、好きなら告白しないの?」

 

 「だって、こっちから告白したらアイツ絶対調子に乗るじゃん。『アタシは告白されちゃったからねー』とか、普通に言いそうじゃない?」

 

 「……まあ、優子なら言いそうね」

 

 そんな事を言う吉川が簡単に想像できてしまったのか、苦笑いになってそう返す傘木。

 

 「なんかそれが嫌」

 

 「そんな子供みたいな……」

 

 そんな理由で告白しない人間がこの世の中存在していたのかと、片手で頭を抱える傘木。

 しかもこの男、告白して振られる事なんて全く考えていない。

 

 「……じゃあ、優子とは付き合わない訳?」

 

 呆れた様に傘木がそう聞くと、忍は少し考えた後、ニンマリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 「………そうだね、あっちから告白してきたら、考えない事もないかな?」

 

 

 

 付き合うという事実にまで行き着くには、まだ少し時間が掛かりそうだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。