響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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特別

 「やっぱり、ここからは綺麗に見えるわねー」

 

 吉川家の2階のベランダ。彼女、吉川優子の部屋に併設されたベランダから見える景色は、空が良く見えた。

 高台に建てられた家の為、遮るものが何も無く、遠目には陽も沈んだ紫の空色を薄くなぞる様に山の稜線が見える。

 そしてその濃い紫色のキャンバスに彩りを加える様に、花火が一発。

 シチュエーション、コンディション、雰囲気。全てが完璧と言って良い中での、花火鑑賞だ。

 

 「すごいな、良く空が見える」

 

 そんな絶景の中の花火を見て、忍は感嘆の声を漏らす。

 

 「でしょ?実はアタシ、この花火大会に行った事が無かったのよね。だって家から見えるし、今日だって見るのはここって決めてたんだから」

 

 それに吉川が自慢げにそう返した。なるほど、あの人混みの河川敷で見るよりかは、こっちの方が何倍も良い。

 何より、ここでなら2人きりだ。

 

 「吉川は毎年こんな特等席で見てんの?羨ましいですなー」

 

 そんな花火に夢中になりながら、忍はケラケラと笑いながらそう聞く。先程までの緊張は何処へやら、無邪気に花火を楽しんでいる様にも見える。

 

 「そうよ、羨ましいでしょ?ここが一番景色の良い場所。友達でも滅多に連れてこない場所なんだから」

 

 吉川も視線を花火に移し、今度はしみじみとそう言う。

 その反応だけでも、この場所が吉川優子にとって特別な場所な事が分かった。

 

 「じゃあ、俺はその特別な場所に入れたって訳だ」

 

 「そう言う事。感謝しなさい」

 

 そんな軽いやり取りをすると、2人して夜空を見上げる。

 打ち上がる花火は美しい。去年も同じ様な花火を見たが、今年はそれよりももっと美しく見えた。

 好きな人と一緒に見ているからだろうか?この特別なシチュエーションがそんな錯覚を起こさせるのだろうか?

 そんな花火を目に焼き付けんと、2人は夜空に夢中になる。

 

 今日は特別な日になる。

 

 言葉は交わさないが、2人にはそんな確信が共通してあった。だからこそ、それを脳裏に刻み込もうと、五感を研ぎ澄まして一瞬も見逃さまいと夜空に集中する。

 花が咲く。息を呑む。そして一瞬の静寂。次に打ち上がるのはどんな色形の花なのか期待する。そして、また咲く。それの繰り返し。

 そんな一瞬の美しさには、切なさや儚ささえ覚える。

 

 だからだろうか、人肌が恋しくなる。

 

 「……秋川、もっとこっち来て」

 

 消え入りそうな、切なくか細い声で、吉川はそう呟く。忍はその声を聞き流す事なく一歩、吉川に近づく。

 互いの肩が少し触れた。

 

 「……手、握って」

 

 言われるがままに、忍は黙って吉川の手を握る。互いに顔は見ない。花火に集中してるからだろうか?……いや、違う。見れないのだ。打ち上がる花火の美しさに充てられたまま、この独特な雰囲気に呑まれたまま、ある種の勢いで恥ずかしさを誤魔化しながらこんな事をしている。

 そうでなければ吉川がこんな事を言う筈がない。忍がこんな直接的に動くはずが無い。花火と言う免罪符を手に、2人は普段、やろうとしても恥ずかしくて出来ない事を今している。

 

 だからこそ今、互いに顔を見てしまっては羞恥心が戻ってきてそれが崩れてしまうと、2人は直感しているのだ。

 

 花火が打ち上がる時間はおよそ20分。その間、2人は自分たちだけの世界に没頭する。色とりどりの花火を、どこかフワフワとした感覚に陥りながら、それでいてしっかりと記憶する様に見つめる。

 

 「………」

 

 「………」

 

 遂には言葉も交わさなくなった。花火の破裂音が鼓膜に響き渡る中、2人が感じているのは、確かな心地良さだけだった。

 

 

 __________

 

 

 「…………終わった?」

 

 最後の一発、今日一番の花火が夜空に消えると、名残惜しそうに忍がそう言う。

 

 「………みたいね」

 

 それに対し、吉川も少し寂しそうな口調でそう返した。

 今まで耳に鳴り響いていた独特な破裂音が聞こえなくなると、何やら変な喪失感を覚える。一気に現実に引き戻される様な感覚に陥ると、忍は握っていた吉川の手を離した。

 

 「こんな良く見える場所があんなら、去年も来ればよかったよ」

 

 そして、忍はようやく顔を吉川の方へと向け、軽く笑いながらそう言う。

 

 「来年また来れば良いでしょ。過ぎた事をとやかく言うんじゃないの」

 

 そんな忍に対し、諭す様に吉川はそう言い放った。

 すると吉川は、何か考え込む様な表情になる。

 

 「……ねえ、秋川」

 

 「ん、何?」

 

 どこか思い詰めた様な、不安がる様な声色で、吉川は忍に話しかける。言おうか言わまいか、そんな感情が読み取れる悩む仕草だ。

 そして、意を決した様に吉川は忍に対して口を開く。

 

 

 

 「秋川にとって、アタシはどんな存在?」

 

 

 顔はほんのり赤く、少し照れてる様に見える。しかし、それ以上に何かを確かめる様な、期待する様な眼差しだった。

 対して忍は、少し考える。答えなんて出ている様なものだが、その言葉を口に出すのは忍としては何か違う様な気がした。だから、その代わりとなる様な言葉を使うことにした。

 

 

 「そうだね、"特別"って言っておこうかな?」

 

 

 "特別"

 

 その言葉の意味は、あまりにも広すぎる。秋川忍にとって吉川優子は特別。

 では、何が特別なのか。他の人間とは違う何か。しかし、それを考えても答えは出ない。そんな曖昧な言葉が、この特別と言うものなのだ。

 

 しかし、吉川にとってはそれで十分だった。

 

 「そう。そっか、良かった……」

 

 満足そうに、安心した様に、何より納得した様に吉川はそう呟く。吉川にとってその言葉は、何よりも欲しい言葉であった。

 ここで"好き"と忍が答えても、吉川はあまり感動しなかったかもしれない。何故なら、吉川優子は恋愛沙汰において少し捻くれているからだ。

 

 女性は、特別扱いされる事に何より嬉しさを感じる人が多い。

 

 忍のその言葉は、吉川にとってストレートに告白されるよりも、何倍も嬉しいものだった。

 

 「……吉川は?お前にとって俺はどんな存在?」

 

すると、今度はお返しと言わんばかりに忍が同じ事を聞く。

 しかしそんなものは忍と同じく、答えなんて決まっている。

 

 

 「そうね。アンタと同じく、特別よ。アタシにとって、アンタは特別。代わりなんて居ないわ」

 

 

 受け取りようによっては愛の告白とも取れる発言。それを恥ずかしげもなく堂々と言い放つ吉川。

 そんな自信満々な彼女に、忍は薄く微笑んだ。

 

 「……そっか、良かった良かった」

 

 ストレートな吉川の告白に、必死に照れを隠しながらなんとか言葉を出す様にそれだけ返す忍。

 何度も言うようだが、忍は恋愛面において責められるのに滅法弱いのだ。

 

 「……でも、今のままじゃ特別感は薄いと思わない?」

 

 「え?、そ、そうかな?」

 

 すると、吉川は何か違和感がある様な言葉を口にする。忍もそれを感じ取ってか、困惑した表情でそう返した。

 

 「うん、そう。だから、もっと互いに特別と思わせる"何か"が欲しいの」

 

 「……欲しいっつったって、どうするのさ?」

 

 忍が難しそうにそう聞くと、吉川はニヤリと笑った。

 

 

 

 「……そうね、アンタこれからアタシの事、下の名前で呼びなさい」

 

 

 「………え?」

 

 あまりにも意外な提案に、気の抜けた声が忍から出る。

 

 「"優子"って呼びなさいって言ってんの。アタシもアンタの事はこれから"忍"って呼ぶ事にするわ」

 

 少し恥ずかしそうに、吉川はそんな説明を付け加えた。

 

 「……良いけど、なんでまた急に……」

 

 対して忍は少し困惑した様なリアクションを取る。

 

 「アタシがそうしたいの。正直もう苗字で呼ばれるの嫌。お互い特別ならそれの証明として、下の名前で呼び合おうって事よ」

 

 付け加える様に、吉川はそう言い放つ。しかし照れが隠せていない。証明だのなんだのともっともらしい事を言っているが、その実好きな人に下の名前で呼んでもらいたいという心が透けて見える様だ。

 しかしそうしたいのは、この男もまた同じだった。

 

 「分かった。じゃあ、今日から優子って呼ぶ事にする」

 

 "優子"

 

 その言葉を聞いて、吉川の肩が一瞬跳ねる。自宅に好きな人を呼ぶくらい度胸があるのに、どうもこんな単純な事で感情が昂るらしい。

 

 「よろしく、し、忍。……あー、なんかまだ慣れないわね……」

 

 「そんな無理に言わなくても……」

 

 「ダメ。もう決めた事だから」

 

 特別な2人の関係。秋川忍と吉川優子のこの関係は、普通の恋愛とはまた違った独特なものだった。

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