響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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名前呼び

 祭りの熱は、翌日からの練習によって一瞬にして掻き消される。浮ついた心のリセット。

 北宇治は全国を目指している。練習、練習、また練習。あまりの忙しさに、昨日の雰囲気なんて何処かに吹っ飛んでしまっていた。

 

 「……もうちょっと大きく出した方が良いかな?」

 

 「うーん、あんまり目立ちすぎるとそれはそれで……」

 

 そして、今はパート練。トランペットパートでも互いに音を確かめ合って、改善点や感想を言い合う。

 二人一組で交互に演奏し、感想を言い合うこの練習法は、中世古が考えたものだ。

 パート内の結束力を高める狙いもあるが、自分で自分の音を評価するよりも、他の人から聞く評価により、新しい発見もある事もある。

 

 「……どうかな?」

 

 「うーん、最後の方が息が苦しそうですね。少しだけですけど音がブレてます」

 

 そして、今は中世古と忍が互いに音を確かめ合っていた。中世古が感想を聞くと、忍が具体的なアドバイスを送る。

 相方は日替わり制。

 この練習はコンクールメンバーだけでなく、そのサポートメンバーであるもなか組も加わる。

 今日は忍、中世古のペア。滝野、加部のペア。笠野、吉沢のペア。そして高坂、吉川のペアで練習を行なっていた。

 しかし、一部禁止されているペアもある。それは2組。

 忍、高坂の組み合わせと、中世古、吉川の組み合わせだ。

 前者は互いのライバル意識が強すぎて、いつの間にか互いに音を確かめ合うと言うよりも、どちらの方が上手く吹けるかと言う、目的とは大きくかけ離れたバトルを展開し始める為、禁止された。

 そして後者は、まあ予想通りと言うべきであろうか、吉川の中世古贔屓が酷いのだ。基本口から出る言葉は、"まじエンジェル"。そんな語彙力が低下し切った状態で褒め言葉しか言わないので、すぐさま禁止された。

 

 「どう聴こえる?後輩」

 

 「悪く無いと思いますよ?先輩」

 

 一方こちらは吉川、高坂のペア。挑発する様に吉川がそう言うと、上から目線で高坂がそう返す。

 意外な事に、この二人の相性は悪くは無かった。

 そもそも二人とも気が強いタイプに加え、音楽にも真面目に取り組んでいる。ソロオーディションの一件で仲違いしている様に見えるが、性格的には相性が最悪という事は無いのだ。

 

 「そう?エース様に褒められるなんて、光栄ねー」

 

 「そりゃどうも。まあ、まだまだな部分も多いですけどね」

 

 わざとらしくエースと言う言葉を強調する吉川に対し、高坂は憮然とそんな言葉を返す。

 

 「「はっ、あははは…………」」

 

 ………多分、仲が良いのだろう。高坂の粋なジョークみたいなものだ。……お互いに乾いた笑いを返しているが。

 

 

 「あははっ、あの二人は相変わらずだねー」

 

 

 そんな光景を見ながら、中世古は他人事の様に笑う。

 

 「原因は香織先輩っすよ?」

 

 それに対し、忍がツッコミを入れた。

 

 「まあ、そうなんだけど、あんまりギスギスした感じじゃないから」

 

 どこかしみじみと言った風に、中世古はそう言う。

 

 「んー、そうすね。……まあ、"優子"も高坂さんも丸くなったって事じゃないですか?」

 

 そして忍は二人から楽譜に視線を戻し、適当にそう返した。

 

 「そーだねー。………ん?」

 

 すると、今の忍の言葉に違和感を感じたのか、中世古は疑問の声を出す。あまりにも自然だったので流してしまいそうだったが今、忍は確かに……

 

 

 「秋川君。優子ちゃんの事、下の名前で呼ぶ様になったの?」

 

 

 少し意地悪そうに笑って、中世古は揶揄う様に忍にそう聞く。

 

 「え?、あ、はい。昨日そう呼べって言われたので」

 

 対して忍は焦る事もなく、さっぱりとそう返す。

 

 「へぇー。って事はー、花火大会の時かな?」

 

 「おー、正解です。エスパーっすか?先輩」

 

 中世古に名前呼びする事となったキッカケを当てられ、感心した様な声を出す忍。

 まあ、思い当たる節といえばそれくらいしか無いのだが。

 

 「それで、どうだったの?」

 

 すると、吉川に聞こえない様に中世古は口元を隠す様にして小声でそんな事を聞く。興味津々と言った様子だ。

 

 「どうって、何がです?」

 

 それに対し忍も同じく、口元に手を当てて小声でそう返す。

 

 「花火大会だよ。優子ちゃんと、何かあったの?」

 

 「……まあ、あったって言いますか……」

 

 流石に昨日の吉川の家であった出来事を言うのは憚られる。あの特別な時間を他の人に話すのは、忍としては少し抵抗があった。

 どう言おうかと忍は目を瞑って頭を捻る。しかしその仕草で二人の元へと近づいて来る人影に気づかなかった。

 

 

 「ちょーっと良いですか?香織先輩」

 

 

 聞き覚えのありすぎる声が耳に入り、二人ともその声の主の方向へと顔を向ける。

 そこには、笑顔なのだが目が完全に笑っていない吉川優子の姿があった。

 

 「な、何かな?優子ちゃん」

 

 初めて見る吉川の姿に、中世古は少したじたじとなる。

 

 「ちょっとそこの馬鹿借りて良いですか?」

 

 「馬鹿ってなんだよ。まあ、"優子"に馬鹿って言われたって何も悔しくないけ「良いから来なさい!!!」

 

 忍の反論を遮る様に吉川がそう言うと、忍の腕を強引に掴んでパート練の教室から出て行く。

 そんな吉川の顔は、遠目から見ても分かるくらい真っ赤になっている。

 

 

 「……絶対なんかあったじゃん………」

 

 

 その光景を見て、加部が呆れた声でそう呟いた。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 「馬っ鹿じゃないの!?アンタ!?!?」

 

 教室から離れた廊下。誰も聞いてない事を確認すると、吉川は忍に対して開口一番、罵声を浴びせる。

 声が大きすぎて反射的に忍は耳を塞いでしまった。

 

 「馬鹿ってなんだよ、何も悪いことしてねーだろーが」

 

 対して忍は、心底不服そうにそう返す。何が悪いのか分かっていないご様子だ。

 

 「名前よ名前!!なんでみんながいる前で下の名前で呼ぶのよ!?」

 

 「?、呼べって言ったの優子じゃん?」

 

 「普通皆んなの前で呼ばないでしょ!?」

 

 口で責め立てる吉川に対し、忍は何がいけないのかと言う風に首を傾げる。

 忍は鈍感ではないが、周りの人間関係には疎い。つまり、"あの状況で吉川を下の名前で呼んだら、噂が一気に広まる"と言う思考が抜け落ちているのだ。

 周りに流されないと言うのは、時にこう言うデメリットを生む事もある。

 

 「なんでみんなの前で呼んじゃダメなんだよ?」

 

 「噂になるでしょーが!!今までずっと苗字呼びだったんだから、いきなり変わったら誰だって怪しむでしょ!?」

 

 忍の疑問に吉川は怒りながら説明するが、それを聞いて忍は更に不思議そうな顔になる。

 

 

 

 「……別に、噂になっても良くない?」

 

 

 

 そして、当たり前かの様に忍はそう言い放った。

 

 「………へ?」

 

 それに対し、気の抜けた声を返す吉川。しかしそれに構う事なく、忍は続けて言葉を出す。

 

 「噂にならない様に変に苗字呼びに戻す方が俺は嫌。優子が下の名前で呼び合うって決めたんだから、皆んなの前でも堂々してりゃ良いじゃん」

 

 忍の本質を突く様なその言葉に、吉川はハッとした様な表情に変わった。

 

 「……まあ、そりゃそうだけど……」

 

 そして渋々と言った感じで、忍の言葉を受け入れ始める。

 

 「じゃあ良いじゃん。どうせコソコソやってもいつかバレるだろうし、最初からどこでも名前呼びにした方が良くない?」

 

 最後に忍がそう言うと、それが胸にスッと入ったのか、観念した様に吉川は一つため息をついた。

 

 「……はぁー……分かった。悪かったわね、こんな事で時間取らせちゃって」

 

 「別に。もう合奏練習も始まるから行くべや」

 

 吉川が軽く謝り、忍がそう返すと、二人して教室に戻って行く。

 

 

 この後、パートメンバーから質問の嵐に会うのは、また別の話。

 

 

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