響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「忍は、トランペット好き?」
「うん、好き」
「そっか、良かった」
それはいつだったか。無機質に感じるほど白い病室で、とある親子が会話をしていた。母親の方はベッドから上半身だけを起こした状態。
忍と呼ばれた子供の方は小学5年生ぐらいだろうか、まだまだ幼さの残る顔立ちをしている。
「じゃあ、お母さんとどっちの方が好き?」
「………トランペット」
親子でありがちな、意地悪な質問。反抗期の子供らしく、忍はふいっと顔を逸らしてそう答える。しかし母親はそれに怒る事は無かった。
「ありゃ?、悲しーなー?ついこの間までお母さんって即答してくれたのに」
少し意地悪な笑みを浮かべて、母親はそう言う。この年頃になると揶揄われている事も理解しているので、忍は更に不機嫌そうな表情になった。
「昔の話じゃん。もういいでしょ?そんな事!」
「もー、素直じゃ無いんだからー」
ムキになる忍に対し、母親はケラケラと笑ってそう返す。病人とは思えない様な溌剌とした女性だった。
「じゃあ、お母さんが死んじゃっても悲しまないのかなー?」
「……全然。へーきだし」
続けて揶揄う様にそう言う母親に対し、忍は見栄を張るかの様に、気丈にそう返す。
しかしそこは子供。本心では無いことが丸分かりだった。
「あら悲し。こんな子に育てた覚えは無いんだけどなー?」
そしてわざとらしく落ち込む様子を見せる母親。それに忍は少し心配する様な表情に変わった。
「………やっぱ悲しい」
子供の想像力というのは豊かなもので、自分の母親が死んでしまった時を想像してしまったのか、今度は素直にそう言う忍。
「………そっかそっか。お母さん嬉しいなー」
それを聞いて、母親は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「もう、変な事言わないでよ。退院したら、また一緒に吹くんでしょ?」
そして恥ずかしがる様に忍がそう言うと、今度は母親が少し言葉に詰まってしまう。表情を見ると、瞳が少し揺れていた。
「………そうだね。一緒に吹くもんね」
「………泣いてんの?」
震え声でそう返す母親に対し、忍が心配そうにそう尋ねる。その顔を見られまいと母親は一瞬忍から顔を背けると、「ふぅー……」と一息ついて再び笑って忍の方へ向き直った。
「もうちょっとだから我慢してね?もうちょっとだから……」
そして忍の頭を撫でながら、母親は名残惜しそうに、自分に言い聞かせる様にそう言い放つ。
子供と言うのは、案外鋭い。
このやり取りが、"お母さんはもう先が長くないんだな"と、忍が確信した瞬間だった。
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失言。まずったと言う風に、吉川は顔が青ざめて行く。思い返せば、おかしな所はいくらでもあった。毎日家族日替わりで弁当を作っている事。スーパーで凛花と出会った時も、夜ご飯は忍が作っていると言っていた。それに加え、忍の口から母親の話が出るなんて殆ど無かった。そして今、忍が母親の話をする時も、全て過去形だった。
身内の死という、大きすぎる地雷を吉川は踏んでしまったのだ。
「えっと……その………」
人間、こういう場面に直面すると、言葉が出なくなってしまう。
「……なんつー顔してんのよ。そんな気に病む事でも無いでしょ」
すると、忍は苦笑いになって吉川を慰める。気を遣ってくれているのは丸分かりだった。
「でも………」
しかし吉川はなんとも言えない表情でそう返す。悲しむというよりかは、困惑していると言った感じだ。わざとでは無い。なら、謝れば良いのか?しかしそれは吉川にとって少し違う様な気がした。
「……もう5年も前の話だからねぇ。もう自分でも受け入れてるっての」
すると、何処か遠くを見つめる様にして、忍はそう呟く。それは、初めて見る顔だった。
秋川忍は、明るい性格だ。それはもう、底抜けに。普段のパート練でも、去年上級生から嫌がらせを受けた時でさえも、彼は明るく振る舞っていた。
そんな彼が初めて見せる、寂しげな表情。
それを見て。吉川は理解した。それ程に、忍にとって母親は大きな存在だったのだろうと。受け入れてるとは言っていたがその実、まだ寂しさが残っているのだろうと。
「え、えっと、その………し、忍!!」
「は、はい?」
いきなり吉川から名前を呼ばれ、中途半端な返事を返す忍。
吉川は頭の中でどの言葉が一番忍にとって良いのかを巡らせる。
「さ、寂しくない?」
しかし、どの様な言葉を掛けていいのか分からず、こんな事を聞いてしまった。
「うーん……寂しい、のかな?……今は凛花も親父も居るし楽しいんだけど、ふと思い出すと、ちょっと変な感じになる時もあるよ」
少し考える仕草をして、忍は吉川の問い掛けにそう返す。やっぱりいつもの表情とは違った。
「そっか……ねえ、忍」
「何?」
「えっと、その……」
吉川は続けて何か言葉を出そうとするが、口籠ってしまう。何か力に、寄り添える事は無いかと考えを巡らせている様だが、中々答えが出ない様だ。
「ただいまー。って、あれ?中川は?」
すると、タイミングが良いのか悪いのか、滝野が片手に缶ジュースを持って帰ってきた。
「おー、タッキー。なんか友達と待ち合わせしてんだってー」
いつものへらりとした表情に戻り、忍はそう返す。
「そっか。じゃあどうする?まだ遊ぶ?」
「もちろん。休みなんて今日と明日しか無いんだから、時間ギリギリまで遊ぶべよ」
滝野がそう聞くと、忍は挑戦的な笑みを浮かべてそう返す。まだまだ体力は余っている様だ。
「まだ流れるプール行ってなかったでしょ?そっち行かない?」
「お、いいな」
忍の提案に、滝野も遊ぶ気満々なのか、すぐ乗っかる。
「おーい!」
「アッキーせんぱーい!!」
すると、遠くの方から加部と吉沢も戻って来た。
「おかえりー。今から流れるプール行くけど、一緒に行く?」
「お、いいねー。アタシ達も行こっか?」
「ですね!」
忍から誘われ、加部と吉沢も同意する。
「優子も、せっかく来たんだから泳いで行くべや」
そして忍はニコリと笑って、吉川の方へ向き直ってそう言う。先程まで重い話をしていたので「あぁ、うん……」と、吉川はどこか気の抜けた生返事を返してしまった。
「あい。じゃあ、出発ー」
忍が声を掛けると、加部、吉沢、滝野の3人は流れるプールに向かって歩いて行く。吉川は上にTシャツを着ていた状態なので、そそくさと上を脱ぎ始めた。
「……心配してくれてありがとね」
そのタイミングを見計らったかの様に、ポツリと、吉川にだけ聞こえる様に忍はそんな言葉を呟く。
それに対し、少しだけ目頭が熱くなる吉川だった。