響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
短いお盆休みは瞬く間に過ぎ、それが明けるとすぐさま合宿に入る。近くの施設を借りての2泊3日での詰め込み。
合宿と言えばワクワクする者もいるかも知れないが、部活動に所属している人間から言わせれば、地獄の始まりと同じなのだ。
「はいー、UNOって言ってないー」
「あぁ!、んだよもー!」
そして今、合宿所まで行く移動のバスの中では、忍と滝野、塚本と言う男子組が暇潰しにと、移動中のバスの中で器用にカードゲームをしていた。
バスの中なのに良く酔わないものだ。
「……アンタら、遊びに行くんじゃないのよ?」
その光景を見て、ひとつ前の席に居た吉川が少し呆れた様な表情で注意する。
これから地獄に向かうと言うのに気楽なものである。
「良いじゃんかよー。合宿始まったら遊ぶ暇なんて殆ど無いんだしー」
対して忍は、少しぐらい良いではないかと言う風に、口を窄めて屁理屈を述べる。
それを聞いて、吉川は額に青筋を浮かべた。
「今からでも気を引き締めなさいって言ってんの!もう、没収するわよ!」
「あぁ!、もう少しで上がれたのに!」
そして強引に、もう少しで上がれたであろう忍の手札を奪う。
「あはは……相変わらずだね」
「そうね」
別の席、そんなやり取りを聞いていた黄前が苦笑いでそう言うと、隣の席に座っていた高坂が一言、それだけ返す。
最早こんな光景が日常になる程、この2人のコントは部活に馴染んでいた。
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「おぉー……広い……」
合宿所に着くと、滝野が感心した様にそう呟く。練習室は北宇治の音楽室と比べ、2倍以上はあるかと思われるほどの広さだった。
「これなら、トロンボーンをユーフォに当てる事もないんじゃない?」
「あはは……そうですね。久美子の小言も聞かなくて済みそうです」
揶揄う様に忍が塚本に対してそう言うと、心当たりが沢山あるのか、苦笑いになってそう返す塚本。
トロンボーンのスライドアタックが無いだけで、互いに伸び伸びと演奏が出来ると言うものだ。
「おはようございます」
「「おざっす!」」
すると、滝先生も練習室にやって来た。忍達に軽く挨拶をすると、男子組も挨拶を返す。
「早いっすねー滝先生」
まだ準備中で練習が始まる前だがもう来ている滝先生に対し、感心した様に忍がそう言う。
「ええ、美智恵先生に全て任せるわけにはいきませんからね」
「良いっすねー。顧問の鑑です!」
「何様だよアッキー」
偉そうにそう言う忍に対し、滝野からツッコミが入った。
「いえいえ、やりがいのある仕事ですから。苦ではありません。……それに、私には妻も子供もいませんからね」
すると、滝先生はニコリと笑ってそう言う。
「仕事くらいしか、やる事が無いんですよ」
そして続けて少し寂しそうにそう言うと、滝先生は練習室の中に入って行った。
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「やっぱスペースがあると吹きやすいな」
「そうね。窮屈さが無くなるし」
練習前、合宿所の雰囲気、具合を確かめながら各々合奏練習の準備をする。
やはりいつもとは違う環境で吹くとなると一層身も入るのか、皆早く練習をしたいと言った雰囲気だ。
そしてそんな練習室に滝先生が入って来て、いつもの様に段の上に立つ。
「では、まず練習を始める前に、皆さんに紹介したい方が居ます。どうぞ」
しかしすぐさま練習とは行かず、滝先生がそう言うと練習室の扉が開かれ、1人の女性が入って来た。その人物を見て、部員から騒めきが起こる。
その人物は滝先生と同い年ぐらいの女性だろうか、滝先生の横に立つと、ひとつお辞儀をした。
「今日から、木管楽器を指導して下さる、新山聡美先生です」
そして、滝先生からその女性の紹介がなされる。
「新山聡美と言います。よろしく」
新山先生はそう言うと、ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべた。滝先生と同い年ぐらいだからだろうか、大人の雰囲気を纏った女性。「木管!?」「やった!」などと、木管パートから喜びの声が聞こえる。
「午後は、木管は第二ホール。パーカッションと金管は、こちらで練習します。新山先生は若いですが、優秀です。指示にはきちんと従う様に」
「優秀だなんて、褒めても何も出ませんよ?」
滝先生がそう言うと、新山先生が冗談めいてそう返す。
「いえいえ、本当の事を言ってるだけです」
「まあ、滝先生にそう言ってそう言っていただけると、嬉しいです」
なんだか小慣れたやり取り。そんな光景を部員の前で見せるので、騒めきが一層大きくなる。
「なになに!?」
「マジなやつ!?マジなやつ!?」
なんだか良い雰囲気の二人に、もう根も歯もない噂話を始める部員達。
「あら、強力過ぎるライバルが出て来ちゃったわねー」
すると、吉川が隣にいた同じパートの女子に、揶揄う様に小声でそう言う。
「……………」
対してその女子、高坂は死んだ魚の様な目をして、無言を返すのみだった。
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「タッキー。今日は滝先生に散々言われてたねぇ」
「厄日だよ。よりにもよって苦手なパートを重点的にやるとか」
そして夕食。パートで区切られた席では、今日1日の練習を振り返り、あーだこーだと意見を交わす。
トランペットパートの席で夕飯のカレーを忍が頬張りながらそう聞くと、滝野がゲンナリとした表情でそう返した。
「"もう一回お願いします"って言葉、今日だけで何回聞いたことか。合宿だからいつもより滝先生も厳しくなってんのかねぇ?」
「あー、それ。木管も同じだったよ」
忍がそう言うと、今度は加部が会話に入ってくる。
「木管って、新山先生?」
「うん。滝先生と同じでニコニコしてるんだけど、"もう一回"って言葉が何回も出てて、皆んなゲンナリとした顔になってたよ」
加部はサポートメンバーで他パートを行き来する事もあるため、木管パートの練習を覗く事もあった。して、その木管パートの練習はと言うと、滝先生に負けず劣らずの厳しさだったと言うことだ。
「ほぅ……なる程……似たもの同士ってやつですかい。やっぱあの二人って、そう言う関係なのかねー?」
忍が興味津々にそう言うと、高坂の肩がピクンと跳ねた。
「バカ言ってんじゃないわよ。噂だけで邪推するんじゃないの」
すると、諭す様に吉川がそう言って来る。
「……でも、歳も近くて話題も合う……!!条件は揃ってるんでないか!?」
続けて面白がる様に忍がそう言うと、反比例する様に高坂の表情がどんどん青ざめていった。
そんな彼女を見ていた吉川は、面倒臭そうに一つため息をつく。
「はぁ……そりゃアンタの妄想でしょ?滝先生と新山先生が付き合ってるなんて事実、今のところ無いんだから変なこと言わないの」
高坂があまりにも落ち込んだ態度を取るので居た堪れなくなったのか、吉川はフォローする様にそう言った。
「まー、そーなんだけどね。明日にでも、滝先生に聞いてみよっかなー?」
「だから、やめなさいって!」
相変わらず自由過ぎる忍に対し、気苦労の絶えない吉川であった。