響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
合宿も2日目。練習は初日よりより濃密に、厳しく行われる。早朝から合同での声出し。その後はパート練習。
そして午後からは、ひたすら合奏練習だ。
「では、10回通しに移ります」
「「「はい!」」」
10回通しとは、計12分ある課題曲と自由曲を休み無し連続で10回、通しで演奏する。12分間ぶっ続けで吹いて2分休憩。そしてまた12分吹く。それの繰り返し。
2時間半を悠に超える演奏。正に体力との勝負。一瞬でも気を抜くとすぐさま滝先生の注意が飛ぶので、常時神経を張り詰めなければならない。
なので最後の方は、返事を返す余力も無くなる程疲弊する。
「では、20分休憩にします」
「「「あぁー………」」」
ようやく地獄の演奏ループから解放され、各々から安堵にも似たため息が出て来る。
「…………」
「………忍?」
皆グロッキーになっている中、忍はジッと何か考えるように楽譜を見つめていた。
吉川はそれにすぐさま気付き、声を掛ける。
「ん?、あぁ、ちょっとね。もうちょっとで掴めそうなんだけど……」
「掴めるって、何が?」
何だか要領を得ない忍の発言に対し、吉川は首を傾げる。
「うーん、曲の感じ……じゃ無いけど、なんて言うか、もっと色んなことが出来そうって言うか……」
「?、今の自分の演奏に不満な訳?」
尚も曖昧な言葉を繰り返す忍に対し、更に吉川の疑問は深くなる。
「いや、むしろ逆。今まで吹けなかったところが、吹けてる感じ。……なんだけど、凄い違和感があるのよねん」
ひょうきんにそう言う忍だか、表情は困惑し切っていた。
調子は悪くない。むしろ良い方だ。しかし、今現状の演奏に違和感を覚えている。だからこそ、"もう少しで掴める"との言い方をしたのだ。
「……変なの。吹けない部分があるとかじゃ無いの?」
「どうもそんな感じじゃ無いんだよなぁ……」
天井を見上げ、その違和感がなんなのか分からず居心地の悪そうな表情を浮かべる忍。
「分かんないから、ちょっと外で吹いてくるわ」
考えるより吹いて確かめる方が早いと判断したのか、忍はそう言ってトランペットを手に持ち、練習室から出ていく。
その光景を吉川は心配そうに、対して高坂は無表情で見つめていた。
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「………やっぱり、何か違う……」
一フレーズを吹き終わり、自分の演奏にそんな評価を下す忍。何度も練習した部分でミスも見当たらないが、忍には何だか自分の演奏が淡白になっているような気がした。
「おー、悩んでるねー、少年」
すると、吹き終わったタイミングを見計らったかの様に、忍の後ろから声が聞こえる。
「あ、橋もっさん」
ゆっくり振り返ると、そこには臨時コーチの1人である橋本先生が居た。
「……盗み聴きは良くないですぞえ?」
意外な人物の登場に少しばかり驚くも、忍はいつも通りにひょうきんにそう返す。
「悪い悪い。良い演奏が聴こえて来たもんでね。……それで?君は何を悩んでるのかい?」
軽く笑って橋本先生がそう言うと、忍も困った様に笑った。
「何か変なんですよね。調子は良いんですけど、音に違和感があるって言うか……」
考え込む様な仕草で忍がそう言うと、橋本先生は心底驚いた様な表情になる。
「今の演奏でかい?……確か秋川君、だっけ?君はいつからトランペット吹いてんの?」
「5歳の頃からなんで、10年ちょいです」
「そっか、10年かぁ……」
忍のその言葉を聞き、今度は橋本先生が何やら考え込む様な仕草をする。
橋本先生は、プロのパーカス奏者だ。つまりは彼の周りの一緒に仕事をする人間も、一流の演奏技術を持っている。それ即ち、普段から最高の音を聴いていると言う事であり、音の良し悪しを判別できると言う事でもある。
そんな彼が聴いた忍の音とは……
「正直、驚いてるよ。今聴いた限りだと、秋川君の演奏は高校生レベルじゃ無い。……むしろ下手なプロを名乗る人間よりも上手いかもしれない」
橋本先生の褒め言葉に、大きく目を見開く忍。
「ホントですか?またいつもの冗談だったりして?」
「いや、これは本心だよ。僕だってプロだからね。何の音が良いのか悪いのかぐらい分かるよ」
いつもの冗談を飛ばす姿とは違い、橋本先生はしっかりと忍を見据えてそう言い放つ。
満更でもないのか、忍は照れる様に頬を掻いた。
そして、続けて橋本先生は口を開く。
「……君の感じている違和感は、実はものすごい良いことなんだ。楽譜通り、自分の感情を乗せる様に演奏は出来てるんだけど、"何か"が足りない。……これは、本来ならプロがぶち当たる壁なんだけどね」
楽器の熟練度と言うのは、言わずもがな経験がモノを言う。プロになれるレベルに研鑽を積んで来た人間にしか、この感覚は分からない。
"楽譜通りに吹く"のは、もういつでも出来る。目指すのは、その先。
「それって、自分だけの唯一無二の音楽を創り上げている証拠なんだよ」
そこからは、"楽譜以上の自分の理想の音にどれだけ近付けるか"と言う話になって来るのだ。
それを身につければ、橋本先生の言う通り唯一無二の"自分にしか出せない音"が完成する。
そして秋川忍と言う男は、その領域に手を伸ばしつつあった。
「………秋川君は、もう進路とか決めてるの?」
「え?」
不意に、橋本先生からそんな事を聞かれ、気の抜けた返事をしてしまう忍。
「トランペットの学科に良い先生が居る大学があってね、もし良ければなんだけど、興味ないかなーって」
「え?、う、うーん……考えた事も無いですね」
橋本先生から進路の話をされて、タジタジとなる忍。
彼はまだ2年生。いきなりこんな事を言われても、まだ呑み込めないと言うのが本心だった。
「ああ、ごめんごめん。いきなりだったし、まだ2年生だもんね。今の言葉は忘れてくれて良いよ」
「あ、あはは………」
カラカラといつもの笑いを浮かべながらそう言う橋本先生。それに対して忍はどう反応して良いのか分からず、苦笑いを返してしまった。
「……滝君から聞いたけど、秋川君は去年のソロコンで最優秀賞取ったんだってね?」
すると、今度はソロコンの事について聞かれる。
「ええ、まあ。偶々ですけど」
「またまたー。謙遜しなくて良いよ。……って事はやっぱり、秋川君はソリスト気質なのかな?」
「どうですかね?合奏で合わせるのも悪くは無いと思いますけど」
本人に自覚は無いが、忍は自分の奏でる音楽の世界観に他人を惹き込む能力が群を抜いて高い。
つまりソリストの素質は十二分に持っているのだ。
「良いねー。広い視野を持つ事は大事だよ。……でも、今の演奏を聴いた限りだと、俺はソロで吹く方が秋川君の魅力が出ると思うんだよねー」
「褒めすぎですよー、橋もっさんー」
橋本先生にベタ褒めされ、満更でも無さそうな表情を浮かべる忍。相手はプロである。
そんな人からこの様な言葉を貰えるのは、かなり嬉しい事だった。
「……随分と長く喋っちゃったね。ごめんなー。貴重な休憩時間を無駄にしちまって」
すると、橋本先生は自身の腕時計を確認して、申し訳なさそうにそう言って来る。もう既に所定の休憩時間の20分が経とうとしていた。
「いえいえ、それ以上に良い話が聞けましたから」
「おー?調子の良いこと言うじゃ無いの?」
「事実ですよん」
それぞれ軽口を返すと、忍は足早に練習室へと戻って行った。