響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
本当に申し訳ねぇ……!!
2日目の夜は、花火の時間が設けられている。
キャンプファイヤーを囲んでの合宿の数少ない憩いの時間として、誰も彼も楽しんでいるものばかりだ。
だからこそ、そうで無い人間は逆に目立つと言うもので……
「何しけた顔してんの?優子」
賑わいを見せるキャンプファイヤーから少し離れた場所で考え込むように座っていた吉川に対し、忍が花火を持ってそう聞く。
「……何でも無いわよ」
「お前って、ホント嘘つけないタイプよな」
言ってる事と表情が真逆な吉川に対し、忍は困った様に笑ってそう返す。
「……うるさいわねぇ、お節介は結構よ」
対して吉川は不服そうな顔でそう返す。
「まぁ、そう言うなって。せっかく花火持って来たんだし、一緒にやんべや」
そして忍は持って来た線香花火を一本、吉川に渡した。
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「……花火って、綺麗だけど残酷だと思わない?」
「なんだよいきなり。詩人みたいなこと言うな?」
2人してしゃがみながら線香花火をしていると、吉川が柄にも無い事を言って来た。
「良いでしょ、偶にはこう言うのも。綺麗なのに、一瞬しかその魅力を発揮出来ない。燃え尽きたら、あとはバケツの中に入れられるだけの存在だし」
ボーッと線香花火を見つめながら、吉川は淡々とそう呟く。
「なるほど、そう言う考え方もありかな……そう考えると、なんかコンクールと似てない?」
「え、なんでそこでコンクールの話が出てくるのよ?」
忍から意外な言葉が出て来て、吉川は目を丸くする。
「だって、毎日毎日練習してんのに、その真価を出せるのはホールでのたった12分でしょ?正に一瞬の輝きって感じで、花火っぽいじゃん」
「………なるほど」
忍の言葉に、納得したように頷く吉川。コンクールの良さを聞かれて、答えられる人は恐らくほとんど居ないだろう。
ここまで演奏の努力をして将来の役に立つかと言われれば、素直に首を縦には振れないし、毎日毎日キツイ練習をこなして臨んだとして尚、どの目線から言ってるのか分からない審査員から、評価シートに散々なことを書かれることもある。
ここまで聞けば、何故コンクールに全力を注ぐのか理解出来ない人もいるかも知れない。
しかし、彼らはそのコンクールに全力を注いでいる。
たった12分の一瞬の為に、自分達の全身全霊の美しさを音に乗せる。
それが将来的に間違っていようとも、酷評されるかもしれないと頭の中で理解していても、そこに全力で突き進む。
その健気さに、かけがえの無い美しさが生まれるのだ。
理屈では無いのだ。例えを言うならば、野球部の人間に『何故プロになれないのに甲子園を目指しているのか』と聞いているようなもので、北宇治のメンバーの中でも、プロの音楽家になる人間なんてほんの一握りだろう。
しかし、それでも、皆コンクールに向けて、全力で打ち込んでいる。一発、どデカイ花火を打ち上げる為に。
そして何かに対して打ち込んだと言う事実は、大きな財産となる。
「……優子が悩んでるのって、コンクールの事?」
パチパチと音を立てる線香花火を見ながら、優しい口調で忍はそう尋ねる。
「半分正解、かな?……みぞれの事よ」
対する吉川も、線香花火を見ながらそう答えた。
「よろみー、……て事は、今日橋もっちゃんに言われた事?」
忍にズバリと言い当てられ、素直に頷く吉川。
「……あの子、繊細だから。今日言われた事で気に病んでないかなって……本人はなんとも無い様だったけど……」
吉川は心配そうに呟く。鎧塚みぞれは、北宇治唯一のオーボエ奏者だ。彼女がダメになると、オーボエのソロを吹ける人間は居なくなる。
それに鎧塚は吉川と同じく南中の出身だ。それも吉川が気に掛ける一つの理由でもあるのだろう。
「なんか、よろみーって線香花火みたいよなー」
「は?いきなり何よ?」
少し勢いが無くなって来た線香花火を見ながら忍がそう言うと、吉川は首を傾げてそう返す。
「儚げで、繊細で、目を離したらポトっと落ちちゃいそうな、どっか危うい感じ。よろみーにピッタリじゃない?」
「……まあ、確かに言えてるかも」
対して吉川も、線香花火を見ながら考え込む様にそう呟く。北宇治唯一のオーボエ奏者は、この線香花火の様に今にも消え入りそうな儚さと危うさを持ち合わせている。
「あ」
そして忍が名残惜しそうな声を上げると共に、線香花火の玉が地面にポトリと落ちる。
それは、あまりにも呆気ない光景だった。
「あーあ、終わっちゃった。もっと頑張れよ、線香花火クン」
「花火に根性求めてどうすんのよ……あ」
すると、吉川の線香花火の玉も地面に落ちて行った。
2人の線香花火が終わったのを確認すると、忍は背伸びをする様に立ち上がる。
「よろみーが線香花火なら、優子は、ロケット花火って感じだね」
そして、忍は揶揄うように吉川に対してそう言い放った。
「はぁ?、ロケット花火ぃ?」
いきなり自身が花火に例えられて、不思議そうな表情を見せる吉川。
「うん、ロケット花火。だって、一度着火したらどこまでも飛んで行くじゃん。向かう先は香織先輩に一直線!しかし、いつも受け流されるのだ……」
「余計なお世話よ!!」
口の減らない忍に対し、すぐさまツッコミを入れる吉川。
「……じゃあ、アンタはネズミ花火ってとこね」
すると、今度はお返しと言わんばかりに吉川がそう言い放つ。
「へぇ、その心は?」
「そのまんまよ。あっちこっちフラフラ、何処へ行くか分かったもんじゃ無い感じがそのまんまじゃない」
「ははっ、返す言葉もねぇや」
正にピッタリの花火の擬人化を言い当てられ、軽く笑ってそう返す忍。
「じゃあ、香織先輩は?」
「香織先輩はそりゃもう一番大きい打ち上げ花火よ。……いや、そもそも花火と比べる事自体失礼。香織先輩より美しいものなんて無いんだから」
そして中世古の話になると途端に饒舌になる吉川。いつも通りである。
「タッキーは?」
「バケツの水」
「花火ですら無いじゃん」
その後は、誰があの花火っぽいやら、そんな話題で盛り上がる2人だった。
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花火も終わり、就寝時間を迎えると、先ほどまでの騒ぎが嘘かの様に静まり返る。
合宿の疲れもあり、皆グッスリと寝ている者ばかりだ。
しかしそんな中、合宿所の渡り廊下を1人歩く影が確認出来た。忍である。
そして中庭の方まで足を運ぶと、そこに設置されたベンチに腰掛ける。上を見上げると、田舎の光景らしく、星空が綺麗に見えた。
ボーッと、忍はその光景を見つめる。
『秋川君は、もう進路とか決めてんの?』
今日の昼、橋本先生に言われた言葉。そんな事を、忍は思い出していた。
「……プロ、ねぇ……」
一言、そんな事を呟く忍。彼はまだ2年生。進路を決めるのはまだ時期尚早かも知れないが、忍の頭の中で橋本先生のその言葉がなんだか引っ掛かっていた。
「………アッキー、プロになるの?」
「うぇあ!?!?」
突然、横から声が掛かり、素っ頓狂な叫び声を上げる忍。咄嗟に声の方向に顔を向けると、いつの間にか隣に鎧塚が立っていた。
「い、いつからいたの?」
「……アッキーが来る前からだけど……」
「全然気付かなかった……」
表情に変化がない顔をこてんと傾げる鎧塚。
「まーいいや。どしたのよろみー?こんな時間に」
そして忍は、薄く笑って鎧塚にそう聞く。
「……リズムゲーム。……眠れないから」
そう言う鎧塚が持っているスマホには、確かにゲームの画面らしきものが表示されていた。
「……それで、アッキーはプロになるの?」
続けて鎧塚は忍に対してそう聞く。
「うーん、……どうかな?悩む以前にまだ分かんないってのが本心かも。まだ2年生だし」
手で後頭部を掻きながら、そう答える忍。それを聞いて鎧塚は「そう……」と、一言だけ返した。
「……とりあえず、お隣どうぞ?」
無言の時間が嫌だったのか、忍はベンチの間隔を開け、鎧塚に対してそう言う。彼女も無言のまま、忍の隣に座った。
「音無しでやってんの?リズムゲーム」
「………うん」
「楽しい?」
「………そこまで」
「じゃあ、ただの暇潰し?」
「………そうかも」
会話が成り立たないと言うのは、この事を指すのだろう。基本的に忍が一方的に話している状況だ。
鎧塚みぞれと言う少女は、内向的な少女だ。基本的に忍とは真逆の人間性である。しかし何故か忍はそれを苦にしていない。
どれだけ鎧塚から淡白な返事が返ってこようと、すぐさま話題を見つけては鎧塚に振った。
「………アッキーは、なんで吹いてるの?」
すると唐突に、会話の途中で鎧塚から逆に質問が飛んで来た。いきなりの問い掛けに忍も少し驚く。
「吹いてるって、トランペット?」
「……うん、この前、どうやってオーボエ吹きたいのか、私に聞いて来たから、アッキーはどうなのかなって……」
鎧塚の問い掛けに、忍は腕を組んで考える。恐らく、今日の合奏練習で橋本先生に言われた事も関係してるのだろう。
つまりは、あのソロパートをどのように吹けばいいのか、鎧塚自身も決めあぐねているのだ。
「……俺の個人的な感想だけど、楽器を吹く理由って、人それぞれだと思うんだよね」
「?……どう言う事?」
抽象的な忍の言葉に、鎧塚は首を傾げる。
「上手くなりたいって理由にも色々あるって事。例えば『誰よりも上手くなりたい』って気持ちで吹く人も居るし、『自分の理想に少しでも近付きたい』って理由で吹く人も居る。後は……そうだね、『自分の音を聴かせたい人が居る』とかもそうかな?」
「………アッキーは、どれなの?」
忍の説明を聞いて、鎧塚は答えを待ち侘びるようにジッと忍を見つめる。
「今言ったこと全部。俺は誰よりも上手くなりたいし、自分の音にも拘りたい。そして全世界を俺の音で魅了するのが、最終目標なんですぞえ」
相変わらずひょうきんに、しかし、確固たる信念を持って忍はそう言い放つ。
それを聞いた鎧塚は、考え込むように俯いた後、ゆっくりと視線を忍に移した。
「……それって、誰か1人の為に吹くだけでも良いの?」
救いを求めるような、そんな瞳。
少しばかりだが、この言葉で鎧塚の音楽の本質が見えて来たように忍は感じた。
「全然アリ。よろみーがそうしたいなら、絶対そうした方が良いよ」
そんな鎧塚に対し、真っ直ぐ彼女を見据えて忍はそう言い切る。
いつも無表情な彼女の顔が、少しばかり安堵の表情に変わった気がした。
「………ありがとう。私、もう寝るから」
そしてそれだけ言うと、鎧塚はベンチを立ち、宿舎の中へ向かう。
「うん、おやすみー」
「……おやすみ」
忍が別れ際にそう言うと、鎧塚からも一言返事が返ってくる。先程よりも、声が柔らかくなってるように感じた。