響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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存在

 涼しげな澄んだ青空とは対照的に、真夏の暑さは増して行く。

 そんな中でも、北宇治高校の校舎では様々な楽器の音が響き渡る。1人、廊下でオーボエを吹く少女が居た。

 何を考えて、何を思って吹いているのか、その表情からは分かり得ない。

 そんな少女に、近づく人物が1人。

 

 「なんか、久しぶりだね」

 

 その問いかけに、鎧塚はゆっくりとその声の方向へと顔を向ける。

 

 「みぞれ」

 

 傘木が、鎧塚に話し掛けた。鎧塚はその目の前の人物を認識すると、その儚げな顔を大きく歪ませる。

 

 「ちょ、みぞれ!?」

 

 結果は、最悪と言って良かった。ガシャンと、大きな音を立てて、楽譜台が倒れる。

 取り乱した鎧塚は、その場から逃げる様に走り去って行く。

 何事かと、近くの教室から顔を覗かせる部員達。

 

 そしてその光景を、吉川は目撃していた。

 

 「待って!、みぞれ!」

 

 傘木は、走り去って行く鎧塚を追おうとする。しかしそれをさせまいと、吉川は強く、傘木の左手首を掴んだ。

 

 「やめて……!!」

 

 「優子……?」

 

 吉川の表情は、怒りに染まっている。その顔を見て、傘木は困惑し切った表情に変わった。

 

 「よろみー!」

 

 一瞬遅れて、忍が到着する。しかし、その声に耳を傾ける事なく、鎧塚は忍とすれ違う様に、走り去ってしまった。

 

 「どう言うつもりよ……!」

 

 傘木をキッと睨め付けて、吉川は傘木に詰め寄る。

 

 「ちょっと!希美が何したって言うの!」

 

 すると、同じくその光景を見ていた中川が、吉川に詰め寄る。

 

 

 「……何もしてない……だから怒ってるの!!」

 

 

 それに対し、今までの感情を爆発させる様に、吉川はそう叫んだ。

 

 「はぁ?」

 

 中川には吉川が何の事を言っているのか分からず、素っ頓狂な声を上げる。

 

 「とにかく、早く探さなくちゃ……!」

 

 そう呟いて吉川は、鎧塚が何処へ行ったのかと、考えを巡らせる。

 

 「優子!」

 

 すると、戻って来た忍が吉川に話し掛けた。

 

 「!、忍!みぞれが……」

 

 「分かってる。かさみーによろみーの場所教えたのは俺だ。どこ行ったのか探して来る」

 

 皆まで言う前に忍がそう言うと、吉川は深刻そうに頷く。

 

 「お願い。あの子今、慣れない子と会うの、ヤバいから」

 

 

 _________________

 

 

 

 夏休み、吹奏楽部と僅かな文化部しか居ない校舎内を、忍と吉川は駆け回る。

 

 鎧塚みぞれにとって、傘木希美は……

 

 一つ一つ、教室を探し回る。真夏の暑さで汗だくになりながら。

 

 『……それって、誰か1人の為に吹くだけでも良いの?』

 

 しかし見つからない。一体、何処へ行ったのか。

 

 『あの子、性格は淡々としてるけど演奏はすごい情熱的で、感情爆発って感じだったでしょ?』

 

 色々な事を、忍は思い出して居た。

 鎧塚にとって、傘木は……

 

 「……同じじゃん……!」

 

 悪態を吐く様に忍はそう呟く。この教室にも、あの教室にも居ない。

 鎧塚が楽器を続ける理由。それを忍は理解した。そんな焦りからか、忍の表情に焦りが出て来る。

 そして辿り着いたのは、校舎の端。理科室の扉を開けると、啜り泣く様な声が聞こえた。

 忍はゆっくりと、その声の方へと歩みを進める。教壇の影、そこに蹲るように、鎧塚は膝を抱えていた。

 

 「………よろみー」

 

 忍が話し掛けると、鎧塚の肩がピクンと跳ねる。

 

 「………よろみーは、何が怖いの?」

 

 しゃがみ込み、同じ目線で、忍は鎧塚に対して優しい口調でそう尋ねる。

 

 「……希美に会うのが、怖い……」

 

 消え入りそうな声で、鎧塚はそう答える。

 

 「それは、なんで?」

 

 忍は落ち着かせようと、優しい口調を崩さずにそう聞く。

 

 「……分かっちゃうから……現実を……!」

 

 対して鎧塚の声は、怯え切っていた。

 

 「現実?」

 

 忍がそう聞き返すと、独白するように、鎧塚は口を開いた。

 

 「私にとって、希美は特別。大切な友達」

 

 「……そうだね」

 

 「……私、人が苦手。性格暗いし、友達も出来なくて、ずっと1人だった」

 

 「…………」

 

 鎧塚の独白を、忍は黙って、真剣に耳を傾ける。

 

 「……希美はそんな私と仲良くしてくれた。……希美が誘ってくれたから、吹奏楽部に入った」

 

 ポツリポツリと。拙いが確かに、思い出すように、鎧塚は語る。

 

 「……嬉しかった。毎日が、楽しくって……」

 

 鎧塚にとって、傘木の存在は他人からは計り知れない程大きいものなのだ。

 そして、その感情を忍は知っていた。

 

 「……よろみーは、かさみーが好き?」

 

 忍がそう聞くと、鎧塚は黙って一つ頷く。

 

 「でも希美にとって、私は友達の一人。沢山いる中の1人だった……」

 

 「………」

 

 「だから……!部活を止めるのだって知らなかった……!!」

 

 再び、鎧塚の感情が乱れる。

 鎧塚にとって、傘木は大きすぎる存在。しかし傘木からすれれば、鎧塚は……

 

 「私だけっ……!!知らなかった……!!」

 

 「それは……」

 

 鎧塚の思いを知り、言葉に詰まる忍。

 

 「相談一つ無いんだって、私はそんな存在なんだって知るのが、怖かった……」

 

 鎧塚みぞれにとって、傘木希美は全てと言って良い。それは依存か、それとも執着か。自分の全てをぶつけられる唯一無二の存在。

 そんな彼女に見捨てられたと言うのが、鎧塚の感情の全てだった。

 しかし、それならば、何故鎧塚は……

 

 「……じゃあ、何でよろみーはオーボエ吹くの?」

 

 忍は鎧塚をジッと見据えてそう尋ねる。彼女の誰か1人の為だけに吹きたいと言うのは、紛れもなく傘木の事だ。

 ならば、傘木が辞めた時点で鎧塚が楽器を吹く理由は無いはずなのだが……

 

 

 「……楽器だけが……楽器だけが……!私と、希美を繋ぐものだから……!!」

 

 

 遂に出た、鎧塚の本心。

 

 楽器を止めれば、オーボエを吹くのを止めれば、傘木の中に、鎧塚の事なんて綺麗さっぱり無くなってしまう。そんな偏執的な恐怖心が、鎧塚が楽器を続ける理由だった。

 

 「……合宿の時、よろみーは『誰か1人の為に吹くだけでも良いの?』って俺に聞いたよね?」

 

 忍がそう聞くと、鎧塚は黙って頷く。

 

 「なら、それを聴いて貰おうよ。……辞めてから、かさみーの前でオーボエ吹いてないでしょ?」

 

 「……でも、それも拒絶されたら……」

 

 震える声で、鎧塚は言い放つ。

 

 「……それに、アッキーは私と違うから……私は、アッキーみたいな生き方は出来ない……」

 

 正に水と油。鎧塚みぞれと秋川忍は、真反対な性格と言っていい。

 

 しかし、一つだけ、鎧塚と共通する部分があった。

 

 

 「……それは違うかな。……よろみーの『誰かの為だけに吹きたい』って、俺も昔そうだったんだよね」

 

 

 「……そうなの?」

 

 カミングアウトする様に忍がそう言うと、鎧塚はゆっくりと顔を上げる。

 そして今度は忍の方が、思い出すように語り始めた。

 

 「うん。その人に憧れて、認められたくて、そりゃもう必死に練習したよ。そん時は俺がトランペットを吹く理由なんて、それしか無かったからね」

 

 「……それで、その人には認められたの?」

 

 救いを求めるような眼差しで、鎧塚はそう聞く。それに対し忍は一つ、深呼吸をした。

 

 

 

 

 「認められる前に死んじゃったよ。病気でね」

 

 

 

 

 悲しげに、諦めの感情も含んだ声で、忍はそう言い放つ。それに対し、鎧塚は絶句してしまった。

 自分の音を一番聴かせたい人は、もうこの世には存在しない。それがどれだけ、虚しくて悲しいものか、鎧塚には想像出来なかった。

 

 「……だから、聴かせたい人が居るってのは、幸運な事だと思うよ。しかも同じ学校で同じ部活に居たんでしょ?チャンスなんていくらでもあるじゃん」

 

 薄く笑って、続けて忍は鎧塚に対してそう言う。聴かせたい相手が居ると言うことは、何とも幸運なことか。

 忍の話を聞いて塞ぎ込んでいた鎧塚の心が、少しながら揺れた。

 

 

 「はぁ、はぁ……いた……!!」

 

 

 すると、教室の入り口。大粒の汗をかき、息が乱れた状態の吉川が現れた。

 

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