響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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誰の為に

 「みぞれ……みぞれ……!みぞれ!」

 

 何度も名前を呼びながら、吉川は鎧塚の元へと駆け寄る。

 

 「もう、何やってんのよ!心配かけて……!」

 

 「ごめん……」

 

 「……まだ、希美と話すの、怖い?」

 

 吉川は優しく問い掛ける。それに、鎧塚は怯えるように頷いた。

 

 「……だって、私には、希美しか居ないから……!……拒絶……されたら……!」

 

 「……っ!!」

 

 鎧塚の言葉を聞いて、両肩を掴む吉川の手に、少し力が入った。

 

 「……何でそんな事言うの?」

 

 震える声で吉川はそう言う。その言葉を聞いて、鎧塚はずっと俯いていた顔を吉川に向ける。

 

 

 

 「そしたら何!?みぞれにとって、アタシは何なの!?」

 

 

 

 感情を露わに、吉川は叫ぶように鎧塚に問いかける。

 

 「………優子は、私が可哀想だから……優しくしてくれた。……同情してくれた……」

 

 鎧塚は再び目線を下げ、消え入りそうな声でそう言う。その言葉を聞いて、吉川はさらに感情を露わにした。

 

 「バカ!!アンタマジで馬鹿じゃないの!?」

 

 吉川はその両手で今度は鎧塚の両頬を掴み、俯いた顔を無理矢理上げるようにして、自身の方へ顔を向けさせる。

 

 「優子…」

 

 「アタシでも良い加減キレるよ!?誰が好き好んで嫌いな奴と行動するのよ!?私がそんな器用な事出来るわけ無いでしょ!?」

 

 グニグニと鎧塚の頬を弄りながら、押し倒すように吉川は鎧塚の上に覆いかぶさる。

 

 「部活だっていつもそう!何でもっと自分勝手に吹かないのよ!?本当に希美の為だけに吹奏楽続けて来たの!?あんだけ練習して、コンクール目指して、何も無かった!?」

 

 吉川の問い掛けに、ハッとしたように目を見開く鎧塚。

 

 「後ろのバカを見てみなさいよ!去年あんな事起こして、それでも勝手に部活に戻って来て!自由に、楽しそうに演奏して……!アンタもそれぐらいワガママになってみなさいよ!!」

 

 吉川は目に涙を溜めながら、鎧塚に対して訴えかけるようにそう言う。

 

 「府大会で、関西行きが決まって!嬉しくなかった!?アタシは嬉しかった!!頑張ってきて良かったって、努力は無駄じゃなかった!中学から引きずってたものから、やっと解放された気がした!!みぞれは何も思わなかった!?ねえ!!」

 

 感情露わに。そんな吉川に釣られる様に、鎧塚も目に涙を浮かべる。

 

 「嬉しかったっ……!……でも……!それ以上に申し訳なくて……!!希美や、辞めて行った子に対して……!!喜んで、良いのかなって!」

 

 鎧塚がオーボエを続ける理由。それは、殆ど傘木希美の為だ。しかし、心の奥底、ほんの少しの部分では、皆と同じ自分の為に、自分が音楽を楽しむ為に。でなければ、彼女は部活なんてとっくに辞めている。

 

 「良いに決まってる!!」

 

 消え入りそうなな鎧塚の独白に、力強く吉川はそう返す。そしてゆっくりと鎧塚の腕を掴んで上体を起こすと、

 

 

 「良いに決まってんじゃん……だから、笑って?」

 

 

 優しく、微笑んで吉川はそう言う。鎧塚にとってそれは救いの言葉か、大粒の涙を流し始めた。

 

 「……うっ、うぐっ……うぅ…!!」

 

 「ちょ、みぞれ……!どうして泣くのよ?」

 

 泣き出した鎧塚対し、吉川は困惑しながらも慰める様にそう言う。

 そしてこの吉川と鎧塚の話を聞いていたのは、教室に居る忍だけでは無かった。

 

 

 「……どうする?」

 

 

 廊下。少し微笑みながら、中川は一緒に話を聞いていた傘木に対してそう言う。

 

 「……大丈夫」

 

 考える様に少し間を置くと、傘木はそう返して教室の中へと入って行った。

 

 「かさみー……」

 

 傘木に気付いた忍がそう呟くと、鎧塚の肩が一瞬揺れる。  

 

 「希美……ちゃんと話したら?」

 

 そして吉川は、優しく背中を押す様に鎧塚に対してそう言った。

 まだ少し怯えが残っているが、鎧塚は傘木の前に出る。

 

 「……あすか先輩が、これ持ってけって……」

 

 傘木は手に持っていた楽器を鎧塚に見せながらそう言う。

 木管の中でも特に繊細な技術が求められるオーボエ。正に彼女にピッタリの楽器だ。

 

 「アタシ、なんか気に障る事しちゃったかな?……アタシバカだからさ、なんか、心当たりが無いんだけど……」

 

 「……どうして……」

 

 まだ怯えは残っている。それでも、少ない勇気を振り絞る様に、鎧塚は口を開いた。

 

 「どうして……話してくれなかったの……」

 

 「え?」

 

 「部活、辞めた時……」

 

 「だって、必要無かったから」

 

 さも当たり前かの様に、傘木はそう言う。

 

 「……え?」

 

 その言葉に、鎧塚は顔を上げて傘木の顔を見る。

 

 「だって、みぞれ頑張ってたじゃん。アタシが、腐ってた時も、誰も練習してなくても、1人で練習してた。……そんな人に一緒に辞めようとか、言える訳ないじゃん」

 

 傘木にとって鎧塚は、ただの友達の1人なのかもしれない。しかし、傘木希美は情に厚い人間だ。その数多く居る友達の1人であろうと、しっかりと鎧塚がどの様に音楽に向き合っているのかをちゃんと見ていた。

 

 「……だから、言わなかったの?」

 

 「うん……」

 

 傘木のその答えは、完全に鎧塚の頭の中に無かったのか、呆けた様な顔をしている。

 

 「!、もしかして、仲間外れにされたって思ってた?」

 

 心配そうに傘木がそう言うと、鎧塚は再び目に涙を溜めた。

 

 「っ、なんで、違う!違うよ……!!全然違う、そんなつもりじゃ……」

 

 いきなり泣き出した鎧塚の肩を掴みながら、あやす様に傘木は慰める。対して鎧塚は首を振った。

 

 「みぞれ…ごめんね?」

 

 「……ごめん……」

 

 「え、どうしてみぞれが謝るの?」

 

 「私ずっと、避けてた……!勝手に思い込んでっ!怖くて……!!」

 

 大粒の涙を流しながら、独白する様に鎧塚はそう言う。

 

 「ごめんなさい……」

 

 「みぞれ……」

 

 「ごめんなさい……!」

 

 「みぞれ!」

 

 泣き止まない鎧塚に対し、肩を揺らしながら何度も鎧塚の名前を呼ぶ傘木。

 

 「……ねえ、アタシね、府大会見に行ったんだよ?」

 

 そして、今度は諭す様に傘木がそう言う。

 

 「皆んなキラキラしてた。鳥肌立った……!聴いたよ?みぞれのソロ!……カッコよかった!!」

 

 「……ホント?」

 

 手放しの傘木の褒め言葉。ようやく鎧塚が顔を上げる。

 

 「ホントに決まってんじゃん。中学の頃から、みぞれのオーボエ好きだったんだよ?」

 

 そう言って、傘木はオーボエを鎧塚の前に差し出す。それを大事そうに、鎧塚は受け取った。

 

 「何かさあ、キューーンっとしてさぁ!」

 

 鎧塚みぞれの出す音は、正に"情"と言って良い。感情を音に乗せるのが抜群に上手い。そんな音を、傘木希美は知っている。だから、もう一度………

 

 

 「聴きたいな!みぞれのオーボエ!!」

 

 

 鎧塚の肩が震える。でもそれは、怯えから来るものでは無い。愛おしそうに、オーボエを握りしめ、ゆっくりと顔を傘木に向ける。

 

 

 「うん……!私も、聴いて欲しい……!!」

 

 

 そう言う彼女の顔は、微笑んでいた。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 ____♪ー♪ー♪♪♪ーー、♪ー♪______

 

 

 夕陽の差す校舎に、楽器の音が聞こえる。

 儚くも柔らかくて包み込む様なその音は、オーボエの音だ。

 

 「こんな風に吹けるんだ」

 

 渡り廊下。その音に聞き耳を立ててるのは3人。中川が感慨深くそう言う。

 音に、色が付いた。

 今まで無味無臭の機械の様な音に、命が加わった。

 これが、鎧塚みぞれの演奏者としての本質だ。

 

 「結局みぞれの演奏は、ずっと希美の為にあったんだね……」

 

 「……まあね」

 

 楽器を吹く理由は、人それぞれだ。自分の為、何かに勝利する為。

 そして、人の為。

 鎧塚の演奏は、正に人の為。それが前面に表れてる様な演奏だった。

 

 「……希美には勝てないんだなぁ。一年も一緒に居たのに」

 

 決して嫉妬している訳では無い。しかし、自分の為だけに吹いてもらえると言う、羨ましさはあった。

 

 「そんなの、当然でしょ?希美はアンタの100倍良い子だし」

 

 「そーね。アンタの500倍は良い子よね」

 

 揶揄う様な中川の言葉に、吉川も不服そうにそう返す。

 

 「でもさ、みぞれにはアンタが居て良かったと思うよ」

 

 そう言うと、中川は薄く微笑んで目線を吉川に向ける。いきなりの褒め言葉に、吉川は恥ずかしそうに顔を背けた。

 

 

 「…………」

 

 

 そしてもう1人。忍はボーッと、何処か遠くを見つめる様にして、黙ってその音を聴いていた。

 

 

 『どう!?今のは良かったでしょ!』

 

 『そーねー。でも母さんの方がまだ上手かなー?』

 

 

 記憶の片隅にある、僅かな思い出。それを噛み締める様に、オーボエの音を聴きながら、忍はオレンジ色に染まった空を見つめていた。

 

 

 「………忍?」

 

 

 これほど静かな忍も珍しい。そう思った吉川は、少し心配そうにそう聞く。

 

 「ん?……あぁ、なんだか懐かしいなって……」

 

 吉川の言葉で我に返った忍はゆっくりと彼女の方へと顔を向ける。

 寂しそうな、それでいて言葉通り懐かしむ様な、何とも言えない表情をしていた。

 

 「……懐かしい?」

 

 「……うん。そんな気がする」

 

 一言、それだけ返すと、忍は再び空へと目線を移す。

 

 この時の吉川には、忍が一体何を見据えているのか、分からなかった。

 

 

 

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