響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
遂に再合奏当日。あのボロクソに言われた演奏から1週間。パート練ばかりやっていた面々が、一様に音楽室へと集まっている。
皆、気合が入っている。もっとも、その殆どが滝先生への個人的な恨みの様なものなのだが。
「絶対文句言わせない」
「なんか言われたらマッピ投げるし」
所々、そんな文句とも言える声が聞こえて来る。しかし、それは腐った感情から来る愚痴ではない。
絶対にあの先生を見返してやろう。
そんな、明確なハングリー精神から来る、自信とも呼べるものだった。
各々、来たるべき合奏に備え、準備をする。マウスピースの感触を確かめる者、自身のパートの指運を何度も復習する者、音が綺麗に出る様に、菅の中に息を吹きかける者。
そんな事前準備は、1週間前は全くして来なかったのに、今は全ての部員が最高のパフォーマンスを発揮する為にその準備をしている。
「約束の日になりました。この1週間の成果が楽しみです」
すると、滝先生が教壇に近づき、部員が揃っているのを見渡すと、そんな事を言う。
「演奏の前に、観客を用意しました。音楽と言うのは、聴き手がいて初めて成り立つものです。彼には客観的に演奏を見てもらい、評価をしてもらいましょう」
『観客?』
『先生とかじゃない?』
滝先生の提案に、小声でそんな事を話す声が聞こえる。
「では、入って来て下さい」
滝先生がそう声をかけると同時に、音楽室の扉が開かれた。
「やほー、皆元気ー?」
何処か気の抜けた声を出して入って来たその男子生徒に、過半数の部員が目を見開く。
『秋川!?』
『アッキー!?』
思わぬ人物の登場にザワつきが大きくなる。目を見開く者、目を逸らす者、呆然と秋川を見る者、反応は様々だ。
唯一、一年生だけはその空気に困惑していた。
「彼、秋川忍君には、あなた達の演奏を評価して貰います。彼は去年のソロコンの最優秀賞受賞者、不足は無いでしょう」
滝先生がそう言うと、今度は一年生達が驚きの声を上げた。
『嘘!?』
『なんでそんな人が北宇治に居るのよ!?』
ヒソヒソと、そんな声が上がる。初心者は首を傾げるものばかりだが、経験者である一年生は、皆驚きのリアクションを取っていた。
すると、パンパンと、滝先生が2回手を叩いた。
「はい、そこまで。皆さん色々聞きたい事はあると思いますが、まずは合奏です」
その掛け声で部員達は正気に戻ったのか、自らの担当する楽器に集中する。
「良いですね?……では、鳥塚さん、お願いします」
滝先生がそう声を掛けると、チューニングが始まる。長い、B♭の音。滝先生に声をかけられた3年のクラリネット担当、鳥塚ヒロネがその音を出すと、着いてくる様に別の楽器も同じ音を出す。
「……あぁ、良いなぁ……」
小声でしみじみと、秋川はそう呟く。久々にこの音を聴いた気がする。この音を聞くと、程よい緊張感と共に演奏が近づいている事を実感する。
これから自分は主役になるんだと。これから自分の音で観客を魅了するのだと。そんな高揚感が身を包むのだ。
そして、数秒の後、その音は途切れた。
「……よろしいですか?……では、始めましょう」
その声と共に、滝先生の左手が上がる。遂に曲が始まる。そして、1、2と手でリズムを取り……
「………さん」
その掛け声と共に、合奏が始まった。
___________
………そして、最後のフレーズ。滝先生が右手を上げると同時に、曲が終わる。
数秒、沈黙が流れる。次に滝先生が発する言葉に集中してる者ばかりだ。そして滝先生が全員居るか確認する様に、左右に目を配らせると……
「良いでしょう」
その言葉に、部員達が一斉に目を見開く。
「細かいとこを言えば、まだまだ気になるところはありますが、何よりも皆さん、今……」
滝先生がそこで区切ると、ポンと、1回手を叩いた。
「"合奏"してましたよ」
その言葉と共に、各々喜びのリアクションが出て来る。ガッツポーズをする者。少し目元が潤んでいる者。反応はそれぞれだ。
「では、この合奏を聴いてくれた観客にも、感想を聞いてみましょう」
すると、滝先生は顔を秋川の方へ向け、意地悪そうな表情でそう聞いて来る。部員の面々も、一斉に秋川の方へ視線を移した。
"面白くない"と言った事を、まだ根に持っているのだろうか?だとしたら、相当執念深い人だ。
やっぱり、この人は……
「そうですね、"面白い"演奏でした」
この吹奏楽部と同じく、そんな言葉がピッタリだ。秋川がそう言い放つと、皆んな微妙そうな顔になる。
唯一、トランペットパートの面々だけが、満足そうな顔をしていた。
「……決めました。俺、これから部活に出ようと思います」
そして、同じく満足そうな顔と共に、秋川がそう宣言する。
「別に、構いませんよ?秋川君はまだ吹奏楽部のメンバーですし、練習や大会に出ても問題ありません」
滝先生も賛成な様だ。……まあ、この人にとっては分かりきっていた事なのかも知れないが。
「ただ」
すると、それだけでは済まさないぞと言う風に、滝先生は一言付け加える。
「無断で部活を休んだ期間が、秋川君には多過ぎます。一言、皆に言うべき事があるのでは?」
………本当にこの人は先生なのだろうか?悪魔か何かから転職して来たのかと思うほどのネチっこさだった。
しかし、秋川にとって今はそんな事どうでも良い。座ってた席から立ち、ペコリと深く頭を下げる。
「無断で部活を休んですみませんでした。これからは毎日真摯に部活動に励みますので、よろしくお願いします」
これは、北宇治高校吹奏楽部一の自由人と呼ばれた、1人のトランペット吹きの物語。