響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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スランプ

 校舎に、トランペットの音が響く。

 残暑も残る9月の初め。夏休みが明けた校舎内は賑わいも増し、様々な音が増えた。

 野球部のバッドがボールを叩く音。体育館から響くバスケットボールの小気味良いリズム音。どこぞの文化部やら帰宅部が談笑している音。

 そんな音に混じる様に、トランペットのソロが聴こえる。

 

 「吹部かなー?」

 

 「じゃない?全国行ったんでしょ?凄いよねー」

 

 他人事の様に、女子生徒2人がそんな会話をしている。

 北宇治高校吹奏楽部が全国に駒を進めた事は、この学校の生徒であればほとんど知っている。

 これといって突出した部活動が無かった北宇治高校にとって、吹部が全国に行った事により、どこか浮ついた空気が流れていた。

 吹部になんら関係無い彼女達にとっては、この音が上手い様に聴こえるのだろう。実際、メロディを奏でられてる時点で素人目にはとてつもなく上手く聴こえるものだ。

 

 「アタシも今から吹部に入ろっかなー?」

 

 「あはは!それ名案!履歴書も派手になるしねー!」

 

 冗談混じりにそんなやり取りをしながら、女子生徒2人は「帰りゲーセン寄ろー」やら、「駅前のパンケーキ屋寄らない?」などと、他愛も無い会話をしている。これもまた、10代の青春なのだろう。

 

 

 「……………」

 

 一方、こちらは校舎裏。そこでは先程まで校舎に響かせていたトランペットの演奏を止め、考え込む様に俯く男が居た。忍である。どうも自分の音に納得して無い様だ。

 ひとしきり考えた後、もう一回吹こうとマウスピースを口に近づけるも、途中で止めて力が抜ける様にだらんとトランペットを持つ手を下げる。どうやら吹くのを辞めてしまった様だ。

 

 スランプは、忍にとって初めての経験だった。

 今まで吹けていた。今まで完璧だった。その音が脳裏に焼き付き、今現状の音と比べて、どうしても劣等感が生まれてしまう。

 吹けば吹くほど、乱れる音が気になり、さらに集中力が削がれ、また乱れる。そんな地獄の様な悪循環に忍は陥っていた。

 アスリートは、自分が最高の状態だった頃の感覚が忘れられないと言う。だから自分の最高だった状態に戻そうとするも、これが中々上手くいかないらしい。それがスランプのロジックだ。

 今の忍はそれに当てはまっていってると言っていい。吹けば吹くほど自分を苦しめる。しかし、それ以外に解決方法を見出せない。

 結果、がむしゃらに吹いている様な状態が、今の秋川忍だ。

 

 

 「……やっぱ苦労してるんだね。アッキー」

 

 「……かさみー……」

 

 迷走。不調、モチベーション低下。そんな状態の忍に話し掛けたのは、傘木だった。

 

 「アッキー、最近調子悪いから……」

 

 「まーね。でも、ぼちぼち良くはなって来てるかも?」

 

 「え、そうなの?」

 

 気丈に忍はそう答えるが、殆どが嘘である。スランプ脱出の糸口も見つかって無い様な状況だ。

 しかし傘木はそんな忍の嘘に気づかず、ほっとした様に胸を撫で下ろす。

 

 「良かったー!もうここ最近ずっとそんな調子だったから、心配してたんだー。全国大会までにアッキーにはいつも通り戻って貰わないとって」

 

 「心配かけてしまった様ですなー」

 

 精一杯の仮面の笑顔を貼り付け、忍はそう返す。

 いつも飄々として自由気ままな性格の忍であるが反面、打たれ弱い部分もある。最近では全くスランプから抜け出せない為か、こうして本心を隠すまでになってしまっていた。

 

 「うん!だから良かった!だってアッキーは私の憧れだから!」

 

 「っ!!」

 

 満面の笑みでそう言う傘木に対し、少し動揺を見せる忍。いつもなら調子に乗る様なその傘木の言葉は、今の忍にはプレッシャーでしか無い。

 

 「じゃあ、アタシ行くね!」

 

 そしてそれだけ言うと、吹っ切れた様な表情で傘木は校舎裏から消えて行く。それを見送ると、忍は邪念を払うかの様激しく首を横に振り、再びマウスピースに口を付けた。

 

 

 __________

 

 

 

 翌日、早朝。誰も居ない音楽室の鍵を忍は開ける。自分がスランプなのはもう分かりきってる。そんな情けない自分をどうにかしたいと、忍は誰よりも早く朝練に顔を出していた。いつも朝は弱くギリギリまで寝ている忍が、今日は一人で朝一番乗り。その表情には、陰りの他に焦りも含まれている様に見える。音楽室の中に入ると、足早にトランペットと楽譜台の用意をする。

 

 「………アッキー……?」

 

 すると一足遅れて、鎧塚も教室に入って来た。いつもならこの時間に居るはずもない忍の姿を見て、少しながら驚いている。

 

 「……あ、おっすよろみー。今日は俺が一番乗りだよん」

 

 一瞬遅れて、忍は鎧塚に挨拶を返す。

 

 「……おはよう。……珍しいね?」

 

 忍がこの時間に来るのが相当意外だったのか、珍しく鎧塚から話題を振る。

 

 「うん、偶には朝吹くのも良いかなーって」

 

 「……ふぅん」

 

 忍がそう言うと、鎧塚はそれだけ返す。

 

 「………」

 

 「………」

 

 そして、しばしの無言。いつもなら話し掛けるのはいつも忍の方からなのだが、今の忍にはそんな余裕も無かった。

 

 「………これから外で吹くの?」

 

 すると、またしても鎧塚からそんな事を聞かれる。鎧塚から話題を振られるとは露ほども思ってなかった忍は、かなり驚きながらも「え?あ、うん」と返事を返した。

 

 「……そう、じゃあ」

 

 「う、うん。行って来やす」

 

 相変わらず言葉が少ない。忍はそれだけ言うと、楽譜台を持って音楽室を後にしようとする。

 

 「……アッキー」

 

 すると、ふいに鎧塚が忍を引き留めるそれに忍も、「ん、何?」と返す。そして次に鎧塚の口から出て来た言葉は、忍にとって意外なものだった。

 

 「………トランペット、好き?」

 

 真っ直ぐ、鎧塚はそのクリッとした大きい目を忍に向ける。

 

 「……うん」

 

 対して忍は少し考えた後、それだけ返す。それを聞いて、鎧塚は薄く笑った。

 

 

 「………そう、良かった。じゃあ、がんばって」

 

 

 それだけ言うと、鎧塚はケースからオーボエを取り出し、淡々と演奏の準備を進める。

 今のは幻だったのか?そう思いながら、忍は少し困惑した様な声で「ありがとね」と言い残して、音楽室から出て行った。

 

 

 _____________

 

 

 「今年の文化祭に関してですが……」

 

 学校が始まれば、夏休みの様に一日中練習というわけにもいかない。今はクラスのLHRの時間。議題は、もうじき迫る文化祭の出し物の話だった。一年に一度きりのイベントだからか、クラス内が少々賑わっている。

 

 「では、クラスの出し物で何かやりたい人は居ますか?」

 

 文化祭の実行委員長がそう聞くと、チラホラアイデアが出てくる。クラス内ではこの議題に積極的な者、あまり文化祭には興味を示してないのか、つまらなさそうな顔をしてる者など様々だ。

 

 「おい」

 

 そんな2年3組の教室。滝野が前の席に座る忍にそう聞くも、忍の返事は返ってこない。

 

 「おい、アッキー。聞いてんのか?」

 

 「んえ?ああ、タッキー……」

 

 再び少し強めの口調で滝野が呼ぶと、ようやく忍は振り返った。

 

 「何ボーッとしてんだよ。もうじき文化祭なのに。アッキーらしくも無い」

 

 「あー、うん。考えてる考えてる」

 

 心配そうに滝野がそう尋ねるも、忍はどこか上の空で生返事を返す。

 本来なら忍の性格上、文化祭などのイベントは心の底から楽しむタイプなのだが、滝野も忍の異変に気付いていた。

 

 「………何て言うか、意外と不器用なんだな。お前」

 

 そして、困った様に笑って滝野はそう言う。

 

 「……どう言う事?」

 

 そんな滝野の悪口に少し眉間に皺を寄せて、忍は反論口調でそう返す。

 

 「感情を隠すのが下手過ぎんだよ。関西大会の前と後じゃ別人みたいに見えるぞ?」

 

 「…………」

 

図星を突かれたのか、あからさまに目線を逸らす忍。

 

 「……まー、無理も無いかもな。俺だってアッキーと同じ状況になったら、どうなるか分かんねーし」

 

 「……別に、落ち込んじゃいねーよ」

 

拗ねる様にそう言う忍に対し、またしても滝野は困った様な笑顔を浮かべる。

 

 「また顔に出てる。……とにかく、悩んでんなら誰かに相談してみろ。俺じゃなくても良いから。……言うだけで多少は楽になるぞ?」

 

 そう言って、滝野は忍の肩をポンポンと叩く。

 同性でここ最近の忍を一番見てるのは、紛れもなく滝野だ。同じクラス、同じパートメンバー。一緒に遊んだり帰ったりもする仲だ。一緒にいる時間はもしかしたら吉川よりも多いかも知れない。

 

 「……何か、タッキーっぽく無いね?」

 

 「はー!?どう言う事だよ!?」

 

 それは照れ隠しか、忍は冗談混じりにそう返す。しかし、親友とも呼べる人にそう言われると、無性に嬉しくなる忍であった。

 

 

 

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