響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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足止め

 

 職員室。滝先生はイヤホンを着け、パソコンの画面を食い入る様に見つめている。

 映像で流れているのは、他校の演奏映像。明静工科、名工大附属、埼玉共栄。どれも今回全国へと駒を進める学校の演奏だ。

 一通り聴き終えると、滝先生はイヤホンを外し、「ふぅ……」と一息つく。

 

 「お疲れ様です。滝先生」

 

 すると、その光景を見ていた松本先生から声を掛けられた。

 

 「お疲れ様です。松本先生」

 

 いつもの様に滝先生も柔らかい笑みを浮かべて、そう返す。

 

 「……他校の演奏ですか」

 

 「ええ。やはり全国常連とあって、かなりのレベルです。学ぶことも多いですよ」

 

 パソコンの画面を二人して見ながら、そんなやり取りをする滝先生と松本先生。

 

 「……学校の吹奏楽は、顧問一人で大きく演奏が変わると言いますが、まさか全国大会とは」

 

 「ここに赴任する事になって、演奏を初めて聴いた時から、ポテンシャルがあるのは分かっていましたから」

 

 滝先生は目線をパソコンからどこか遠くを見やる様に窓の外に向け、しみじみと語る。

 

 「中世古さんや田中さんは、強豪校にも劣らない実力を持ってましたし、そこへ高坂さんや川島さんが入って来てくれました。身近に手本となる存在があれば、後は各個人がどう意識するかです」

 

 

 「……秋川はその中にいませんか?」

 

 

 「え?」

 

 意外な松本先生の返しに、滝先生は目を丸くする。すると、柄にもなく松本先生は恥ずかしがる様な仕草を見せた。

 

 「ええ、いや、あの子は去年からずっと音楽だけには真摯で真面目でしたから」

 

 言い訳をする様にそう言う松本先生を見て、少し笑い出してしまう滝先生。

 

 「滝先生!何も笑う事は……」

 

 「いえいえ、すみません。……そうですか。何となく、松本先生が彼には厳しいのが分かりました」

 

 「だから、そう言う事では……!」

 

 松本先生は必死に弁明しようとするが、もう後の祭りだった。滝先生は揶揄う様に言葉を続ける。

 

 「松本先生、最後までソロパートに秋川君を推してましたもんね。あの時は私に『ソロパートの件は一任する』と言ってくれましたが、本当は秋川君に吹いて欲しかったのでは無いですか?」

 

 「ち、ちがっ……!!」

 

 滝先生がそう言うと、松本先生は困った様な表情を浮かべて少し顔を赤らめる。そして、一つ間を置いた後、観念した様に松本先生は口を開いた。

 

 「……私のエゴかも知れませんが、あの子は去年色々ありました。……自らの意思でソロコンに挑んで賞を取って、誇れる事なのにあまり良い目で見られなかった。……ですから、あの時とは違う今の部活で、思う存分楽しんで吹いてもらいたいんです」

 

 「………そうですか」

 

 松本先生の独白の様なその言葉に、滝先生はそう返す事しか出来ない。

 去年の事件は、滝先生も耳にしている。しかし、その状況を自らの目で見てはいない。

 その点では、松本先生の方が忍の事をよく見てると言って良い。去年忍が上級生に対して暴力を振るった時も、松本先生は誰よりも叱ったし、誰よりも心配していた。

 そして何より、あの時力になれなかった自分に後悔の念を抱いていた。

 

 

 「……なら、秋川君には早く元通りになって貰わないといけませんね」

 

 

 一言、また薄く笑って、滝先生は呟く様にそう言う。毎日生徒の演奏を聴いているのだ。忍のスランプが一向に良い方向に向かわない事を、滝先生も危惧していた。

 

 「お願いします。私には滝先生程の指導力はありませんから、どうにかしてあの子の力になって欲しいんです」

 

 ぺこりと一礼して、松本先生はそう言う。

 

 「いえいえ、一人の生徒が苦しんでいるのですから、手を差し伸べるのは当たり前です」

 

 そしていつもの様に笑って滝先生がそう返すと、松本先生は顔を上げて困った様に笑った。

 

 「……本来なら一人の生徒を贔屓するのは、指導者として失格なのですがね」

 

 「ええ、ですから、ここでの会話は聞かなかった事にします」

 

 「……本当、助かります」

 

 そう言って、誰もいない職員室で笑い合う二人。意外にも忍の事を一番気に掛けているのは、松本先生なのかも知れない。

 

 

 ______________

 

 

 

 青空。残暑も厳しい宇治の街。そこに位置する北宇治高校の屋上では、またまた一人の男が個人練習をしている。

 最近はパート練でもめっきり顔を出さなくなった。そんな中、苦しむ様に、もがく様にその男、秋川忍はマウスピースに口をつける。

 

 「そんな顔で、良い演奏が出来るとは思いませんが」

 

 すると、横から女性の声が聞こえる。一旦吹くのをやめてその声の方向に忍が顔を向けると、複雑そうに忍を見つめる高坂の姿があった。

 

 「……なんか、最近色んな人に話し掛けられるね」

 

 困った様に笑って忍がそう言うと、高坂の眉間に少し皺が寄った。

 

 「……アッキー先輩のその顔、私は嫌いです」

 

 「いきなり失礼じゃない?」

 

 喧嘩越しにそう言う高坂に対し、忍は心底困った様な表情を浮かべる。

 

 「……パート練習ですよ。教室では香織先輩達が待ってます。……優子先輩も。……教室に戻りましょう」

 

 いつもは『孤高』と言う言葉がピッタリな高坂が柄にも無い事を言うので、少し驚く忍。

 

 「……いや、いいよ」

 

 「は?」

 

 しかし、忍はすぐさま顔を伏せてしまう。それを見て、高坂の眉間にさらに皺が寄った。

 

 「今俺が帰ったら、多分パート練にならない。高坂さんなら分かるでしょ?」

 

 ここ最近のスランプですっかりやられてしまっているのか、弱気な発言をする忍。

 それを聞いて何かがキレたのか、高坂は一歩詰め寄る様に忍へと近付く。

 

 「……見損ないました」

 

 「え?」

 

 いきなり雰囲気がガラッと変わった高坂に対し、忍は少々困惑気味になる。

 

 「私にとって、アッキー先輩はライバルだと思ってました……!」

 

 ゆらりと、一歩ずつ近づいて、高坂はそう言う。

 

 「それが何ですか?『俺が帰ったらパート練にならない』?そんな心配される筋合いはありません!」

 

 段々とヒートアップしてくる高坂に、呆気に取られる忍。

 

 「こんな弱っちい男に気を遣われるなんて、虫唾が走ります!!私がライバルだって認めた人間はもっと自由で、楽しそうに吹きます!!」

 

 「ちょ、高坂さん?」

 

 感情を爆発させる様に、高坂は忍を睨みつける。

 

 「そんなんじゃ優子先輩に愛想を尽かされるのも「ちょっと麗奈!!」

 

 すると、暴走しかけた高坂を咎める様に、癖毛の強い女子生徒が慌ててこちらにやってくる。

 そしてすぐさま高坂の腕を掴み、強引に校舎の中へ引っ張って行こうとする。

 

 「ちょ、久美子!!私まだ言い終わって無いんだけど!!」

 

 「い、良いから!!ご、ごめんなさい!!アッキー先輩!!私たちもう行きますんで!!」

 

 そう言って、黄前は引きずる様に高坂を校舎内へと引っ張って行く。

 忍にとって、高坂麗奈は闘争心や負けん気は強いが、あまり感情を表に出さないタイプだと思っていた。

 そんな彼女が初めて見せる一面。

 

 「………なんだったんだ……?」

 

 あまりにもその姿が衝撃だったのか、忍は呆然とそんな言葉しか出てこなかった。

 

 

 _________________

 

 

 

 「それでは、今日の練習はここまでです。各自、今日言われた事を忘れない様に」

 

 「「「「「はい!!」」」」」

 

 いつもの様に滝先生がそう声をかけると、今日の練習が終了する。忍はそそくさと片付けを始め、足早に帰ろうとする。

 

 「アッキー、ちょっと良い?」

 

 すると、同じく片付けをしていた中川に呼び止められた。今日とて滝先生に散々注意を受けた。その恥からか、忍はさっさと片付けて逃げる様に帰ろうとしていたのだ。

 

 「えっと……」

 

 「良いでしょ?この後暇そうだし」

 

 何だか有無を言わせない雰囲気の中川に対し、「う、うん」と、圧に負ける様に返事をしてしまう忍。本心は早く帰りたくて仕方がないのだが、中川を無下にするわけにもいかない。

 そして中川が隣の音楽準備室に忍を連れ込むと、言いにくそうに口を開いた。

 

 「えーっと、何話そうとしてたんだっけ?」

 

 しかし、彼女の口から出て来た言葉は意外も意外。それに、忍はずっこけそうになる。

 

 「話があるんじゃ……」

 

 「え?あー、なんつーの?話があるっちゃあるんだけど、何て言うかー……」

 

 言いたい事があるから呼び出したのでは無いのだろうか?何だか話題を探している様な中川の態度に、更に忍の頭に疑問符が浮かぶ。

 

 「あ、そう言えば文化祭!アッキーのクラスって、何やるんだっけ?」

 

 そして、ようやく話題を見つけたのか、全く予想外の質問が飛んで来る。

 

 「え、何って……フツーに焼きそばの屋台やる事になったけど……」

 

 「へー、そっかそっかー。ウチらのクラスは喫茶店やるっぽいんだー」

 

 ………何だか違和感しか感じない会話だ。そんな事を考えながら、矢継ぎ早に飛んで来る中川からの質問に、忍は答えていくのだった。

 

 そして、十数分の会話の後、中川はスマホの画面を確認して時間を確かめる。

 

 「………よし、もう良いかな?」

 

 小声でそう呟くと、スマホをしまい、中川は再び忍の方へと顔を向ける。

 

 「もう良いよ。ありがとね。話聞いてくれて」

 

 「え?突然?」

 

 いきなり中川から解放された事に、また呆気に取られる忍。ここ最近はこんな事ばかりだ。

 

 「うん。待ってると思うから、もう帰って良いよ」

 

 「待ってるって何が……」

 

 「それは良いの。とにかく、帰んな帰んな」

 

 先程の引き留める様な会話とは一転、今度は帰る様に促してくる中川に対し、困惑し切った顔を浮かべる忍。

 何が何だか分からないまま忍が準備室のドアを開けると、「あ、アッキー」と、中川に再度呼び止められた。少々面倒臭いと思いつつも、「何?」と、忍は振り返る。

 

 「優子にだけは、本心を曝け出しても良いと思うよ?」

 

 

 「はい?」

 

 いきなりの事で何を言ってるのか忍には理解出来ず、素っ頓狂な声を上げる。

 

 「何でも。それより行った行った。もーアタシの役目は終わったから」

 

 「何だよ、それ……」

 

 相変わらず何がしたいのか分からない中川に対し、困った様にそう言う忍。結局中川が何が言いたいのか分からないまま、忍は準備室から出て行く。

 ともかく、これで帰れる。忍はバッグと手入れしたトランペットケースを音楽室から持ち出し、昇降口へと向かう。

 結構長い間話していたからか、校舎内の人は疎になっていた。最近は練習が終われば真っ先に帰っていた為、何だか懐かしさを覚える。

 そして、昇降口に着くと、一人の少女が待っているのが忍の目に入った。下駄箱の前でじっと、頭の上に大きなリボンを付けて佇んでいる。

 

 

 

 _________間違いない。

 

 

 「あ、やっと来た」

 

 

 その少女、吉川優子は忍の姿を見つけると、優しい笑顔を浮かべてそう言って来た。

 

 

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