響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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内心

 

 「遅いわよ」

 

 下駄箱の前で忍を見つめながら、吉川はそう言う。

 

 「いや、ちょっとなつきちに絡まれて……」

 

 別に待ち合わせの約束をした訳でもないのだが、言い訳する様に忍はそう返す。

 

 「うん、知ってる」

 

 「え?」

 

 「だって夏紀にアンタを止めてもらう様頼んだの、私だもん」

 

 悪びれもせず、そう言い放つ吉川。対して忍は吉川が何をしたいのか分からず、怪訝そうな表情を浮かべている。

 しかしそんなことも構わず、吉川は言葉を続ける。

 

 「アンタ、最近部活終わったら真っ先に帰っちゃうでしょ?朝練だとあまり時間取れないし……だから、癪だけど夏紀にアンタを足止めしてもらう様言ったのよ」

 

 「何でそんなこと……」

 

 暗い表情で忍がそう聞くと、吉川は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。

 

 

 

 「言ったでしょ?私にとって、アンタは"特別"だって」

 

 

 

 恥ずかしげもなく、まるで当たり前かの様に吉川はそう言い放つ。

 

 「………同情?」

 

 しかし、それを素直に受け取れないのか、忍は依然と暗い表情でそう返した。

 それを見て、吉川は困った様に笑う。

 

 「何卑屈になってんのよ。アンタらしくも無い。……とにかく、アンタこの後暇でしょ?」

 

 「……暇じゃ無いって言ったら?」

 

 「無理矢理連れてく。凛花ちゃんにも今日は遅くなるってもう伝えたから」

 

 どうやら身内への根回しも完璧らしい。そこまでされては流石に忍のNOとは言えなかった。「分かったよ……」と、素直に頷く。

 

 

 「よろしい。じゃあ、今日は一緒に帰るわよ」

 

 

 いつしか、同じく下駄箱の前でこんなやり取りがあったなと、ふと思い返す吉川。もっとも、その時は立場が逆だったが。そんな事を思い出したのか、帰りに寄る場所が吉川の中で決まった。

 

 

 _____________

 

 

 「………ここって……」

 

 「意趣返し。何飲む?」

 

 吉川が連れて来たのは、とある公園。その自販機の前で、吉川は何の飲み物を選ぶのか催促してくる。

 その公園は、いつしか忍が吉川を連れて来た公園。ソロパートの問題でいっぱいいっぱいになっていた吉川を、忍が吹っ切れさせた場所でもあった。

 

 「……何でも」

 

 「はいよ」

 

 別に特別何かが飲みたい気分でもなかったので、忍は適当にそう言う。そして軽く返事を返すと、吉川はお茶を、そして忍には……

 

 「……これも、意趣返し?」

 

 あの時吉川に渡したのと全く同じ、ブラックコーヒーを手渡された。

 

 「そうよ。とにかくここで話すのもなんだし、あっちに座りましょ?」

 

 そしてあの時と同じベンチを指差して、吉川はそう言った。

 

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 ベンチに座ると、しばし無言が続く。忍は考え込む様に俯いてるが、吉川はさほど緊張してる様に見えない。

 あの時とは真逆の光景だった。

 

 「……忍は、私の事どう思ってる?」

 

 優しい口調で、吉川は忍にそう問い掛ける。忍にとっては意外な質問だったのか、少々驚いた様な表情を見せる。

 

 「……今言わないとダメ?」

 

 「うん。今聞きたい」

 

 吉川は真っ直ぐ忍を見つめ、強めにそう言う。今言わなければタダじゃおかないと言った様な口調だ。しかし、今の忍には何故だかそれが心地良かった。

 

 「……変わんないよ。特別」

 

 忍がそれだけ言うと、吉川は満足した様に笑った。

 

 「そう、ならちょっと聞かせて?……今忍は、トランペット吹いてて楽しい?」

 

 続けて真っ直ぐ忍を見据えて、優しく問い掛ける様に吉川はそう言う。

 忍の瞳が少し揺れた。

 

 「………楽し「嘘は許さないわよ」

 

 釘を刺す様に、上から言葉を被せる吉川。思わず忍は言葉を呑んでしまう。

 

 「いや、嘘じゃなくて、本心を隠すことはして欲しくない。……アンタにとって、私は特別なんでしょ?なら、アンタの本心が聞きたい。……それがどんな言葉であっても、私は受け入れるから」

 

 そう言って、吉川は左手を忍の右手に被せる。その言葉を聞いて、ようやく忍は顔を上げる。そして、恐る恐るではあるが、ゆっくりと顔を吉川の方向へと向けた。

 

 

 「もう一度聞くわよ?……忍は今、辛い?」

 

 

 優しく、それでいて射抜く様な瞳。吉川の瞳は、綺麗な水色。そんな目が、忍を見つめる。しっかりと、一瞬も逸らさず。

 

 『優子にだけは、本心を曝け出しても良いと思うよ?』

 

 忍は、先程中川に言われた事を思い出していた。熱いものが込み上げてくるのを我慢しながら、忍はなんとか言葉を発する。

 

 

 「……しんどい」

 

 

 震える声で、忍はそう呟く。そして一度弱音を吐いてしまうと、もう止まらなかった。

 

 「分かんなくなって来た。自分の音も、どうやって吹いてたのかも。吹けば吹くほどしんどくなってきて、……正直もう辞めたいって思ってるかも。でも……でも……」

 

 

 初めて、秋川忍という人間が涙を流しているのを見た。

 

 

 一緒に泣きそうになるのを必死に堪えながら、吉川は忍の言葉に耳を傾ける。

 

 「辞めたく無いなぁ……また楽しく吹きたいなぁ………」

 

 ボロボロと、大粒の涙をこぼしながら、忍は縋る様に言葉を溢す。そして、助けを求める様に吉川の顔を見ると……

 

 

 「ねえ、優子。……俺、どうすれば良いと思う?」

 

 

 クシャクシャな顔で、忍はそう聞いてくる。何もかも、初めて見る忍の顔。

 吉川優子にとって、秋川忍は特別だ。だから忍の事を一番理解しているのは私だと、何処かでたかを括っていたのかも知れない。

 いつも明るくて、弱音なんて絶対吐かなくて、とてつもなく強い人。

 でもそうじゃ無いと分かると、今まで我慢して来た涙が溢れて来た。それは同情か、それとも気づいてあげられなかったと言う申し訳ない気持ちなのか、吉川には分からない。

 

 「……分かんない」

 

 震えた声で、吉川はそう返す。

 

 「……そっか、分かんないよね」

 

 答えが返ってくるわけでも無い。そんな事は分かっていたが、少し空い気持ちになる忍。

 今の忍にどうアプローチして良いのか、吉川には分からない。しかしそんなぐちゃぐちゃな感情の中でも一つ、吉川の中で決めている事があった。

 

 「分かんない。……でも、一緒に居る」

 

 「……え?」

 

 一緒にボロボロと泣きながら、鼻声で吉川はそう言う。

 

 「辛いんでしょ?だったら一緒に居る。アンタには絶対楽しく吹いてもらう……!トランペットを辞めるなんて、私が絶対に許さない!」

 

 泣きじゃくりながらも、強い決意を持って吉川はそう言う。その言葉に、感化されたのか、忍は強引に袖で涙を拭った。

 

 「……辞めるなんて言ってないし」

 

 「嘘、辞めそうだった」

 

 「だから、辞めないよ!」

 

 「でも!辞めそうだった!」

 

 お互いに泣いて変なテンションになって来たのか、今度は子供の様な喧嘩を始める二人。

 周りが見えてないと言うのは、こう言う事を言うのだろうか。そこに、見知らぬ少女が近づいて来ている事も知らずに。

 

 「………お姉ちゃん達、ケンカしてるの?」

 

 「「え?」」

 

 予期せぬ方向からの第三者の介入。喧嘩していた二人の声がハモった。

 

 「………ケンカ、よく無いよ?あかりも良くまー君とケンカするけど、すぐ仲直りするの」

 

 ここは公園だ。まだ夕方の時刻。子供達もまだはしゃいで居る時間だ。ベンチでこんな話をしていれば、嫌でも目立つ。

 そんな二人の心配をしてくれたのか、この少女は話し掛けて来てくれたのだ。見ず知らずの大人二人に声を掛けられるのは、子供の特権と言ったところだろうか。

 少女に諭されて一気に目が覚めたのか、一気に顔が赤くなる二人。

 

 「ああ!いや、これはケンカとかそう言うんじゃなくてね!?」

 

 「違う!違う!えっと、その、何で言うか……ケンカごっこみたいなもんだから!!」

 

 いい歳した高校生が二人して、二桁にも満たないであろう少女に必死に弁明している。

 

 「……じゃあ、今ここで仲直りして?」

 

 すると、少女はニコッと笑ってそんな事を言ってくる。

 

 「まーくんと仲直りする時はね?どっちかがぎゅー!ってするの!するとね!魔法みたいに仲直り出来るんだよ!」

 

 純粋。正にその言葉がピッタリなほど、目を輝かせて少女は続けて熱弁する。

 

 「「ぎゅーって………」」

 

 二人の言葉が再びハモる。流石にぎゅーを人前、しかも年端も行かない少女の前でするのはかなり抵抗がある。

 すると、吉川は何かを閃いたのか。意地の悪そうな笑みを浮かべて、忍の方向へと身体を向ける。

 

 

 「……意趣返し」

 

 

 それだけ言って、吉川は両手を忍の前に差し出す。

 そうだ。前にこの公園に来た時は、逆だった。あの時忍に胸を借りたのは吉川の方だ。

 なら、今度は自分が……

 しかし忍にはまだ抵抗があるのか、躊躇する様な態度を見せる。

 

 

 「……仲直り、しないの?」

 

 

 すると痺れを切らした吉川が、どこか甘えた声でそう言う。

 そんな彼女を見て忍はようやく、腹を決めたのかゆっくりと吉川の方へと近づいて行く。

 

 「はい、なーかなーおりー♪」

 

 そんな光景を見て、少女は満足げにそう言う。

 

 「あかりー!」

 

 すると、遠くから友達だろうか。少女を呼ぶ声が聞こえた。

 

 「あ、まってー!!」

 

 少女はすぐさま反応し、「じゃあまたね!」とそれだけ言い残して、その場を去る。

 残されたのは、女子高生に頭を胸の辺りで抱き抱えられている、情けない男子高校生の姿だった。

 

 「………すごい恥ずかしいんだけど」

 

 「……じゃあ、辞める?」

 

 忍がそう言うと、少し頬を赤らめた吉川が揶揄う様にそう言う。

 しかし、耳を真っ赤に染め上げながらも、忍は首を横に振った。

 

 「いや、もうちょっとこのままでいい」

 

 そう言って、忍は吉川にされるがまま、彼女に身を委ねる。

 

 そんな光景は、ほったらかしにされているブラックコーヒーも甘くなりそうだった。

 

 

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