響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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相談

 

 「うーん、取り敢えず、意識しないで吹いてみたら?」

 

 「それが出来ないから困っとるんですよ」

 

 忍がパート練に復帰した。調子はまだ元通りになっていないが、それでもこうして顔を出す様になったのは、目の前の少女のお陰と言って良いだろう。

 

 「うーん……どうしたものか……」

 

 腕を組み、難しい顔をしてその少女、吉川は呟く。音が上手く出せない苦しみはあるが、こうして悩みを共有してくれる人間が居ると、忍も途端に心が軽くなった。

 最近は自分よがりで塞ぎ込んでいた心が、今は前を向いている様な気がする。

 

 「取り敢えず、もう一回吹いてみて?」

 

 「おーけい」

 

 そう言って、忍はマウスピースに口を付け、演奏を始める。

 しかしまだ、音が安定してなかった。

 

 「全然ダメだね」

 

 「そうね。……うーん、どうしたものか」

 

 淡々と、忍は自分の演奏にそう評価するが、落ち込んでいる様子は無い。少なくとも、思い通りに演奏出来ないストレスで悪循環にハマる事は無くなっていた。

 

 

 ____________

 

 

 

 「では、今日の練習はここまでです。今日はピッチの部分を重点的にやりました。その感覚を忘れない様、お願いします」

 

 「「「「はい!!」」」」

 

 今日も時間までみっちり、練習を終える。ここからはいつものように片付け。そして滝先生は音楽室から出て行く。そのタイミングを見計らった様に、ある女子生徒が声を掛けた。

 

 「……あの、少し良いですか?滝先生」

 

 神妙な顔をした吉川が、滝先生に声を掛ける。

 

 「はい、何でしょう?吉川さん」

 

 珍しい人が来たなと思いつつも、滝先生はいつも通りの対応をする。

 

 「えっと……先生って学生時代、金管だったんですよね?」

 

 「はい、吉川さんとは違って、トロンボーンですが」

 

 滝先生がそう返すと、少し緊張した様子で、吉川は続けて質問をする。

 

 

 「……スランプと言うか、自分の思い通りに音が出なくなった事って、ありますか?」

 

 

 「……スランプ、ですか……」

 

 真剣な眼差しでそう聞いてくる吉川に対し、滝先生は考え込む様に腕を組む。

 滝先生もこの質問の意図は察している。十中八九、忍の事だ。今日とて散々ミスをした。滝先生自身も、忍のスランプの事は重めに見ている。

 それにエース格が一人抜けるのは、実に痛い。ひとしきり考えると、滝先生は難しい顔で口を開いた。

 

 「……音楽にも、スランプはあります。……実は私は、音楽から離れていた時期があるんです」

 

 滝先生がそう言うと、吉川は驚きの表情に変わる。

 

 「そ、そうなんですか?」

 

 「はい。スランプと言うよりかは、音楽に対して何もやる気が起きなくて……向き合おうとする度、何と言いますか、気持ちが沈んで行くんです」

 

 ゴクリと、吉川は生唾を飲む。普段は淡々としている滝先生だが、吹奏楽、音楽に対しての情熱が凄まじい事は彼女も知っている。

 そんな人でさえ、一度音楽から離れた事があると聞くと、少々顔が強張った。

 

 「ど、どうやって克服したんですか?」

 

 吉川がそう聞くと、言葉を探してるのか、滝先生は顎に手を当てて、少し考える。

 

 「………私の場合、"時間"に解決してもらった部分が多いかも知れません。今思えば、一度音楽から離れて、色々考える事も増えたんだと思います。それからふとまた始めようと思って、今に至りますかね」

 

 「そうですか……」

 

 時間。確かにその手もあるかも知れない。心の傷を修復するには、ある程度時間も必要だ。

 しかし、全国大会は待ってくれない。それはどうしようもなくなった時の最終手段だ。

 

 「……すみません。あまり良いアドバイスでは無かったですね」

 

 そんな吉川の心中を察したのか、申し訳なさそうに謝る滝先生。慌てて吉川も「い、いえ……」と返す。

 

 「……私の様にする必要はありません。恐らく私と秋川君のスランプは、少し意味合いが違うと思いますから」

 

 「………」

 

 吉川は少し俯いて考える。本来なら時間を置くのが一番良いのだろう。荒療治で悪化するよりは、そっちの方が賢明だ。

 しかし、吉川にはそれで全国大会までに忍が立ち直れるとは思えなかった。

 

 「………新山先生と橋本先生にも、聞いてみます。……特に橋本先生はプロですから、そういう場合のメンタルケアにも詳しいはずです」

 

 滝先生がそう言うと、吉川は深々と頭を下げる。

 

 「ありがとうございます!」

 

 一言、吉川がそれだけ言うと、滝先生は「いえいえ」と、笑顔で返す。

 

 「相談は大事です。私だけでなく、パートリーダーの中世古さんや、副顧問の松本先生も居ます。一人で抱え込まないで下さいね」

 

 「!……はい!!」

 

 諭すように滝先生からそう言われると、吉川は元気の良い返事を返す。

 これだけ心配して貰えるだけでも、先生に相談して良かったなと思う吉川であった。

 

 

 

 「しかし、これだけ想って貰えると、少しばかり秋川君が羨ましくなりますね」

 

 

 「………え?」

 

 これで話は終わり。吉川もそう思っていたのだが、滝先生はニコリと笑ってそんな事を言う。

 

 「これだけ心配してもらってるなら、是が非でも全国大会までには立ち直って欲しいものです」

 

 「え、あ、いや!違いますよ!!いや、違くは無いんですけどっ、違うって言うか……、とにかく違うんです!!」

 

 そんな分かりやすい滝先生の言葉にも動揺する吉川。勢いで相談したは良いが、こうなる事をあまり考えていなかったらしい。

 

 「では、あまり秋川君を心配してないと?」

 

 「だから、違うんですって!!」

 

 その後は、ショートしてしまった頭で「違うんです」と言う言葉を繰り返す、吉川の姿があったとか。

 

 

 _____________

 

 

 

 そして練習が終わり、ここは駅前の書店。

 吉川はそこである本を探していた。

 ここ数日、忍の状態を見て来たが、彼のスランプは技術的なところから来ているものではない。精神的なところから来るものだ。

 

 吉川にはスランプの経験など無い。

 

 だからこそ、解決策が見つからないのだが、黙って見ているというのは、吉川自身許せない。

 ならば知識が必要。そう思い立って寄ってみたのは良いが……

 

 「……どれを参考にすりゃ良いのよ………」

 

 本棚の前にズラリと並んだ文庫本たちを見て、眉間に皺を寄せる吉川。

 ざっとタイトルを見てみるも内容はてんでバラバラで、『アスリートの為のメンタルケア』やら、『10の習慣、ストレスフリーの生き方』やら、精神医学に基づいたと言う、何やら小難しそうな本や、果てには自己啓発本の様な物まである。

 一個一個、手に取ってパラパラとページをめくってみるが、何一つ吉川にはピンと来なかった。

 

 「………言ってる事が誰一人として合ってないじゃない」

 

 そりゃそうだ。人間星の数ほど居て、その数だけ考え方も違う。

 この本の作者たちは自身の実体験を基にこのような本を書いてるのかも知れないが、それは彼ら彼女らの価値観での話だ。

 しかし高校生である吉川にはまだそれが分からないのか、本を取る度に眉間に皺が寄るばかりだった。

 

 

 「………優子ちゃん?」

 

 

 しばらく本と睨めっこをしていると、吉川の耳にそんな声が聞こえる。難しい顔のまま呼ばれた方向へと顔を向けると、少し驚いた様な表情をして首を傾げる、中世古の姿があった。

 

 「か、香織先輩!?」

 

 予期せぬ人物の登場に、反射的に吉川は読んでた本を後手に隠す。

 

 「隠さなくて良いよ。……秋川君でしょ?」

 

 しかし、バッチリと見られていたらしい。困った様に笑って中世古がそう言うと、吉川の顔がみるみる赤くなっていった。

 

 「そ、そんなんじゃ……」

 

 真っ赤な顔で否定するが、それは答えを言っている様なものだ。

 

 「ふふっ、分かりやすいなー。優子ちゃんは。……今日は珍しく一緒に帰らなかったからどうしたのかなーって思ってたけど、そう言う事だったんだね?」

 

 「えっと……」

 

 揶揄う様な中世古な言葉に、尚も顔を赤くしてどもる吉川。

 中世古は恐らく受験の為の参考書でも買いに来たのだろう。右手には数冊の冊子が握られている。

 

 

 「………私も手伝うよ」

 

 

 すると、予想してなかった言葉が中世古から出て来て、目を丸くする吉川。

 

 「え、い、いいですよ!先輩は受験の参考書を買いに来たんですよね?私の我儘に付き合ってもらう訳には……」

 

 気を遣っているのか、申し訳なさそうにそう言う吉川。しかし、対照的に中世古は笑みを浮かべる。

 

 「私が優子ちゃんの我儘に付き合いたいの。……秋川君にはソロオーディションの時にお世話になったし、今のトランペットパートの雰囲気が良いのも、あの子のお陰だから。……何かお返ししないとね?」

 

 そう言って中世古は吉川の隣まで来て、彼女と同じく本を物色し始める。

 そんな中世古の姿を見て、吉川の目頭が少し熱くなる。

 

 『一人で抱え込まないで下さいね』

 

 先程滝先生に言われた言葉、それを吉川は思い出していた。

 

 「先輩……」

 

 「もー、そんな顔しないの。ほら、こう言うのはどう?」

 

 中世古は泣きそうになっている吉川の頭をポンと叩いて、優しい口調でそう言う。

 それに応える様に吉川も目元を制服の袖で擦ると、中世古が差し出して来た本のタイトルを見る。

 そしてそれを見て、涙が一気に引っ込んだ。

 

 「……これはあんまり参考にならないんじゃ……」

 

 表紙ではシェフであろう人がコック姿で満面の笑みを浮かべている。

 そこに記してあったのは、『食生活によるやる気の向上』と、絶対に音楽とは関係ないであろう事が予想されるタイトルだった。

 




自分が辛い時に親身になってくれる人って、男女構わず惚れますよね。
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