響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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台風

 

 練習終わり。9月も中旬に入ると、夏の間は長かった1日が、段々と短くなってくる。

 西日が街や自然を照らす中、忍と吉川は一緒に帰っていた。

 

 

 _______ビュッ!!_________

 

 

 すると、突如として突風が吹く。それに忍と吉川は反射的に顔を手で隠す仕草をした。

 

 「台風、明日だっけ?」

 

 「明日の夜ぐらいから。明後日の学校、休校になるかもって」

 

 突風が収まると、互いにそんなやり取りをする。そしてしばらく二人で歩いていると、吉川が遠慮がちに口を開いた。

 

 「……何話してたの?」

 

 「何って?」

 

 「屋上で橋本先生と話してたでしょ?言いたく無いなら言わなくて良いけど……」

 

 吉川は極力傷付けない様にするためか、優しい口調でそう尋ねる。あの時の雰囲気で何となくスランプの事だとは彼女も分かっていたが、直接言うのは憚られた。

 

 「……まあ、優子の思ってる通りだよ」

 

 しかし、吉川の顔を見て察したのか、困った様に笑って忍はそう返す。相変わらず顔に出やすい様だ。

 思ってた事を言い当てられ、吉川はバツの悪そうな顔をする。

 

 

 「……吉川の原点って、何?」

 

 

 すると、少し考え込む様な顔をして、今度は逆に忍からそう問い掛ける。

 

 「はぁ?原点?」

 

 忍の言葉が一体何の事を指しているのか分からず、吉川は困った様に首を傾げる。

 

 「うん、橋本先生に言われたんだよ。上手く行かない時は原点に還れば良いって。………優子はトランペットを始めたキッカケって、覚えてる?」

 

 忍の問い掛けに、吉川は顎に手を当てて少し考える。

 

 「……プールの時にも話したと思うけど、私は何となく始めたからねー。キッカケがこれって言うのは、無いかな?」

 

 長らく間を置いた後、吉川は難しい顔でそう答える。しかしそれは、忍もプールに行った時に聞いた。

 ならば、吹き始めた頃の吉川は、どうだったのだろうか?

 

 「じゃあ、トランペットを吹き始めた頃はどうだった?……やっぱり、楽しかった?」

 

 興味があるのか、いつもより明るい口調で忍は続けて質問する。

 対して吉川は先程よりも難しい様な顔をして、「うーん……」と唸って今度は腕を組む。

 初心者だった頃の自分。技術的には未熟もいいところであったが、それでも……

 

 「………やっぱり、楽しかったかも」

 

 当時の事を思い出しているのか、表情を柔らかい笑顔に変化させ、吉川はそう言う。

 

 「下手だったわ。……でも、始めた頃は音が出るだけで感動したもんよ。それが音階を奏でられると、また感動して、そっからメロディが吹けるようになると、また感動して……それの繰り返しだったかな?」

 

 思い出す様に語る吉川に、忍は「そっか……」とだけ返す。

 恐らく自分もそうだったのだろうと、忍も思い出そうとするが、やはり昔の記憶過ぎて、その時の感情を思い出せないでいた。

 

 「……忍は、お母さんの影響で始めたのよね?」

 

 すると恐る恐るだが、吉川はそう尋ねる。

 デリケートな話題だと彼女も分かっているが、それでも聞いた方がいいと思ったのだ。

 やはりと言うか、忍は少し寂しげな表情に変わった。

 

 「……うん。でも、昔過ぎて思い出せないんだよね。始めたの5歳の時だし。……多分楽しかったんだろうけど、あまりその時の感情は分かんないや」

 

 素直に、忍は困った様に笑ってそう返す。

 吉川も一瞬落ち込んだ様に俯くが、何か閃いたのか、直ぐにハッとした様な表情に変わる。

 

 

 「……じゃあ、初めて吹いた曲とか、覚えてる?」

 

 

 自分が初めて覚えた曲。それを思い出す事で、当時の感情を思い出せるのかではないかと吉川は考えたのだ。

 

 「初めて吹いた曲……」

 

 忍は残っている記憶を手繰り寄せる。確か初めて覚えた曲は……

 

 

 『じゃあ忍、今度は曲を吹いてみよっか?』

 

 『なんの?』

 

 『簡単な曲だよ?忍も知ってるでしょ?』

 

 

 母親から教えてもらった、その曲は………

 

 

 

 「見上げてごらん夜の星を……」

 

 

 

 ポツリと、呟く様に忍はそう言う。

 

 「……そう、中々メジャーな曲じゃない。……忍はその曲、好き?」

 

 「……どうかな?最近吹いてないから、分かんないや」

 

 吉川の問いかけに、複雑そうな表情でそう返す忍。

 やはりデリケートな話題だったのかと、吉川は少し後悔していた。

    

 「……ごめん忍」

 

 落ち込んだ表情で、吉川は謝る。

 

 「なんで優子が謝るんだよ?」

 

 対照的に忍は笑ってそう返した。

 

 「忍が嫌なら、もうアンタのお母さんの話題は出さないわ」

 

 「だから、大丈夫だって」

 

 尚も申し訳なさそうにそう言う吉川に対し、忍は宥める様にそう返す。

 その表情を見て、吉川もホッと一息つく。それと同時に、察してしまった。

 

 

 それは、秋川忍のスランプの原因。

 

 

 いつかは、聞かなければならない。吉川自身もそう思っている。しかし、物事にはタイミングというものがある。

 それは今の忍の状態をなんとかしたいと言う焦りだったのか、次に吉川から出た言葉は、今の忍の心を揺れ動かすのには充分すぎるものだった。

 

 

 「アンタのスランプの原因って、もしかしてお母さん?」

 

 

 「……っ!!……」

 

 

 忍は大きく目を見開く。

 

 「……忍?」

 

 「い、いや。その……」

 

 明らかに動揺しているのが、吉川にも分かった。慌てて吉川が はフォローの声を掛けようとする。

 

 「えっと、しの「今日はもう帰る」

 

 しかし、その前に忍が言葉を被せる。その様子は、明らかに拒絶が含まれていた。

 初めて見る忍の姿に、吉川は固まってしまう。

 

 「じゃあね。また明日」

 

 そう言い残して足早に、吉川を置いて行く様に、忍は一人で前を歩いて行く。

 

 そんな忍の後ろ姿を、吉川は呆然と見つめる事しか出来なかった。

 空はオレンジ色で、台風なんて来そうな気配でも無い。

 しかし、それは嵐の前の静けさと言うものだろうか、妙な胸騒ぎを感じる吉川だった。

 

 

 ________________

 

 

 

 翌日、台風が近づいているためか、雲は淀んでいる。そんな中でも、練習は続く。

 

 「今日は、台風が近づいてるから、午前で練習終わりだって。だから今から合奏練習だけ午前中いっぱいやって終了って感じかな?」

 

 「「「はい」」」

 

 中世古が説明すると、パートメンバーから返事が返ってくる。

 台風は、今日の夕方から本格的に荒れる予報となっていた。なので今日は午前中に練習を切り上げると言う形になったのだ。

 

 

 「……あの、アッキー先輩はどうしたんですか?」

 

 

 すると、高坂が中世古に対しそんな事を聞く。

 パート練習の教室にいるのは、現在7人。その中に、忍は居なかった。

 その言葉に、吉川は大きく顔を歪める。

 

 「……えっと、休み……だと思う。電話もメールも繋がらないから、これから来るかも知れないけど……」

 

 中世古も心配そうな表情で、そう返す。

 しかし、パートメンバーは不安の顔を隠し切れていない。

 ここ最近の忍はスランプ続きだ。パートメンバーは忍が苦しんでいる姿を目の当たりにしている。

 

 吉川は自身の携帯の画面を見る。何通もメールを送り、電話も何回も掛けたが、返事は無かった。

 

 その事実が、益々不安にさせる要素となっていた。

 

 「……とにかく、練習だよ。皆、集中してね」

 

 「「「はい」」」

 

 中世古が切り替える様に声を掛けると、パートメンバーからも返事が返ってくる。

 しかし、そんな状況で練習に身が入ってる人間など、誰一人居なかった。

 

 

 ____________

 

 

 

 曇り空の天気。台風が近づいているからか、休日は観光客で賑わう宇治の街も、今日は人が疎だ。

 雨はまだ降っていないが、風は結構強くなってきた。そんな中、宇治橋の上では、トランペットケースを肩に担ぐ、制服姿の少年が橋の欄干に手を乗せ、ボーッと、何処か遠くを見つめていた。

 

 「少年!何やってんだ?もう台風来るぞ!」

 

 声を掛けたのは、警察官。バイクで見廻りをしていたら、もう台風が来ると言うのに、橋の上で思い詰めた様な少年を見て、思わず声を掛けたのだ。

 

 「…………」

 

 しかし少年は無言を返す。それに対し、警察官は困った様に笑った。

 

 「何があったか知らないけど、悩んでるならおじさん聞くぞ?一緒に交番まで行くか?」

 

 優しい口調で警察官のおじさんがそう言うと、ようやく少年は反応を見せる。

 

 

 「………初めて、吹きたくないって思ったんですよ」

 

 

 「え?何だって?」

 

 ボソリと、呟く様に言ったその言葉。警察官にはそれが聞き取れず、もう一度聞き返す。

 

 「いいです。……すんません。俺、もう帰るんで」

 

 そう言うと少年は一人、歩き始める。帰るとは行ったが何処へ向かってるのか、自分自身でさえ分からなかった。

 

 「……気を付けろよ!まだ若いんだから、思い詰めるなよ!」

 

 随分と小さく見える背中を見ながら、警察官はその少年に対して声を張り上げる様にそう言う。

 しかし、彼の耳には届いてないのか、覚束ない足取りで、その場を後にするのみだった。

 

 

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