響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「え、兄ちゃん、部活出てないんですか?」
『そう、電話もメールも繋がらなくて……家にも居ないの?』
電話では、吉川と凛花がそんなやり取りをしている。吉川は携帯からだが、凛花はまだ自分の携帯を持っておらず、家の受話器で対応していた。
「いや、朝に部活行ってくるって出て行ったきりですけど……」
『!、その時、様子とか変じゃ無かった?』
受話器越しに吉川からそう聞かれ、凛花は考える。最近は落ち込んでいる事が多かったが、今日は……
「……少し、変でした。なんだか、いつも以上に元気に振る舞ってる感じがして……」
今朝の忍の様子に、凛花も違和感を感じていた。それを聞いて、吉川の顔が悲痛な面持ちに変わる。
『……ごめん。私のせいだ……』
受話器越しから、弱々しい声が聞こえる。
やはり、あの場で母親の事を聞いたのは不味かったのだと。後悔も含まれてる様な口調だった。
「……取り敢えず、私からも兄ちゃんに電話してみます」
何かあったのだろう。しかし、凛花は敢えてそれを聞かず、励ます様な口調に変わる。
『……うん、お願い。忍から連絡あったら、私の携帯に電話してくれるかな?』
「もちろん!帰ってきたら優子さんを心配させるなって、ぶん殴っておきます!」
彼女なりの励ましなのだろう。明るい口調で凛花がそう言うと、吉川も自然と笑みが溢れた。
『ホント、凛花ちゃんは良い妹さんだね』
「それほどでもー」
そんなやり取りを交わし、「じゃあ」と、電話を切る吉川。そして今にも降り出しそうな空模様を見て、ポツリと呟く。
「………探さなきゃ……」
そう言って、吉川は誰よりも早く片付けを終え、校舎を飛び出して行った。
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「はぁ……はぁ………ここも居ない……」
心当たりがある場所は、しらみ潰しに探している。しかし、何処にも居ない。ファストフード店、ファミレス。何処か遠くに行ったのかと最寄駅の駅員さんに聞いてみるも、「分からない」と言われた。
「はぁ……はぁ……もー、何してんのよ、あのバカ!」
そんな状況に苛立ちを覚えたのか、悪態を吐く様に吉川はそう言う。その苛立ちは忍に対してなのか、それとも自分自身に対してなのか、分からない。
しかし、絶対に見つけなければならないと、吉川の中でそれは決めていた。
_______ポツっ_____ポツっ_______
すると、冷たい感触が肌に伝わる。どうやら降り始めた様だ。しかし、そんなことも構わず、吉川は顔を上げて忍を再び探し始める。
「会って、何か言わなきゃ気が済まないんだから……!!」
台風が、近づいている。
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『こちらは、防災宇治です。ただいま、強風注意報が、発令されています』
雨は強まり、次第に風も強くなっている。そんな中、吉川は傘もささずに忍の事を探していた。髪も服もぐっしょりと濡れ、トレードマークの大きなリボンは水を吸って、項垂れる様に下を向いている。
台風の影響か、外で出歩いている人間なんて一人として居ない。そんな中、傘もささずに歩き回る吉川の姿は、異様に目立った。
すると、前からカッパを着てバイクに乗った、警察官がやってくる。警官も吉川の存在に気付いたのか、彼女の前に来るとバイクを止める。
「ちょっと、お嬢ちゃん!何やってんの!もう台風来るよ!!」
「す、すみません……」
警察から怒られる事なんて初めてだったので、少し緊張気味で吉川はそう返す。
「何?家出?辛いんだったら、おじさん話聞くよ?」
「い、いえ、そう言うんじゃないんで……」
状況だけ見れば、そうとも言える事にようやく気付く吉川。
しかし、次に警官が言い放った言葉は、そんな事がどうでも良くなる程のものだった。
「さっきも、家出っぽい少年が居たんだけどね。思い詰めてる様だったから、おじさん声かけたんだけど「その少年ってどこに居ましたか!?」
警官が皆まで言う前に、飛びつく様に吉川は詰め寄って言葉を被せる様にそう言う。
「え?何?君、あの子と知り合いなの?」
いきなり形相を変えて詰め寄る吉川に対し、警官も少したじたじとなる。
「そうです!!だから!どこで見たんですか!?」
必死の形相で、吉川はそう聞く。その圧に負ける様に、警官は「う、宇治橋の上に居たよ」と返す。
「ありがとうございます!!それじゃ!!」
もうそこには居ないかも知れない。しかし、行って確かめないと吉川の気が済まなかった。
橋の方向に向かって吉川は走り出す。後ろから「危険だぞー!!」と声が聞こえたが、今の吉川にはそんなものに構ってる余裕は無かった。
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さらに雨が強くなっている。風は強風から暴風に変わり始め、服の中も、靴の中も、果てにはバッグの中まで水浸し。
そんな状態でも、吉川は必死に忍のことを探している。
「………居ない……」
橋の上には、誰も居なかった。その光景を見て、吉川は泣きそうな表情になる。しかしグッと涙を堪えて、辺りをキョロキョロと見渡す。
「……まだ、近くに……」
そして、今度は河川敷の方に向かって行った。
疲れた。
しんどい。
そして、ごめんなさい。
吉川の心は、それで埋め尽くされていた。吉川優子は、情に厚い娘だ。悩んでる人や凹んでいる人を見つけると、放っておけないタイプ。
ましてや自身が想いを寄せている人がそうなれば、見逃せる筈が無い。
力になれなくてごめんなさい。
一緒に居るって言ったのに、苦しめてごめんなさい。
探せば探す程、自責の念だけが積み上がって行く、しかし、探すのを辞めればもっと後悔すると、吉川は直感していた。
顔は雨でぐしょぐしょに濡れている。だから、泣いたって誰にもバレない。
雨と涙で酷い顔になりながらも、意地で吉川は忍を探す。
しかし、そんな想いを踏み躙るかの様な光景を、吉川は目撃してしまった。
「あぁ…………」
大雨が降っているにも関わらず、その場にヘタリと座り込んでしまう吉川。
河川敷、雨に晒されたベンチの上、そこに見覚えのあるものがある。
ベンチの上には、雨曝しにされた忍のトランペットケースだけがあった。