響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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一方

 

 

 目を覚ましたら、いつの間にか自分の部屋にいる事が自覚出来た。

 ベッドで寝ていたのだろう。ゆっくり起き上がり、今の自分の姿を確認する。

 

 「……あんまり覚えてない……」

 

 いつの間にか制服から寝衣に着替えてたらしい。

 と言うのも、あまり記憶が無い。……確か台風が来るから午前中で練習が終わる事になって、……それからどうしたんだっけ?私?

 

 部屋を見渡すと、特段変わった様子もない。いつも通りの私の部屋だ。そして頭が冴えて来ると、徐々に記憶が蘇ってきた。

 

 「……!!、忍は!?」

 

 先ずは外の様子を伺う。空模様はもっと酷くなっていて、台風らしく、風が部屋の窓を揺らしてガタガタと音を立てていた。

 そして今度は枕元にあった携帯を確認しようとする。

 

 「……あー、もう!なんで電源入んないのよ!!」

 

 うんともすんとも言わない携帯に対し、私は焦りを隠せない。

 目が覚めて記憶も戻ってきて、何か出来ないかと、意味もなく自分の部屋をキョロキョロと見渡す。

 そして部屋の端、そこに置いてあったびしょ濡れのままのトランペットケースを見て、自分の顔が青ざめて行くのがハッキリと分かった。

 

 

 そうだ。あの時ベンチで雨曝しにされた忍のトランペットケースを見て、私は彼を探す事を諦めてしまったのだ。

 

 あぁ、ダメだ。また涙が出てくる。

 

 

 結局、それで心が折れて家に帰ってきてしまったのだ。でも未練がましく、そのトランペットケースを持って帰って来る辺り、私は弱い人間なんだろう。

 そう思うと、更に涙が止まらなくなった。

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 

 「……そうですか……はい、分かりました。ありがとうございます」

 

 秋川家のリビング。そう言って、凛花は家の受話器を置く。何軒か心当たりがある家に電話を掛けているが、どれもこれも空振り。忍の居場所は依然分からない。

 何度か吉川の携帯にも連絡しようとしたが、電源が切れているのか、電話は繋がらない。

 最悪のパターンが凛花の頭をよぎったが、そんなネガティブな思考を振り払う様に、ブンブンと頭を横に振る凛花。

 そして再び受話器を耳につけ、電話を掛ける。

 

 「……もしもし、秋川です。滝野さんのご自宅でよろしいでしょうか?」

 

 『え?、あ、凛花ちゃん?ごめんねー!すぐさやかと変わるから!』

 

 「あ、いえ!あの!!」

 

 凛花が電話したのは、滝野家だった。受話器の向こうの人は、母親だろうか?すぐさま『さやかー!!』と、受話器越しでも分かるくらいの大声が聞こえる。

 さやかが忍にお熱な事を凛花も知ってる。出来れば台風の日に忍が家に帰って来てないのを知られたくないのだが……

 

 『あ、もしもし?凛花ちゃん?どーしたの?』

 

 そんな事を考えてると、もう電話の相手はさやかになってしまった。

 まあ、バレるのも時間の問題だろう。それよりも忍がそこに居るかの方が、凛花にとっては気掛かりだった。

 

 「そっちにお兄ちゃん居る?」

 

 『忍先輩?居ないけど……』

 

 「そっか……」

 

 ほとんどダメ元だったが、居ないと分かり、途端に声を落ち込ませる凛花。

 

 『……忍先輩と、何かあったの?』

 

 受話器越しでもそれが分かったのか、心配そうにそう尋ねるさやか。

 

 「……いや、ケンカとかじゃ無いんだけどね……」

 

 さやかの問いかけに、口籠る凛花。彼女自身も、忍に対し罪悪感の様なものを抱いていた。一番身近な存在に居ながら、何故兄の異変に気付けなかったのだろうかと。

 そして少しの無言の後、口を開いたのは、さやかからだった。

 

 

 『………凛花ちゃん。私ね、自分のお兄ちゃんの事、ウザいって思ってるの』

 

 

 「え?」

 

 真剣な口調で、さやかはそう言う。彼女から出た意外な言葉に、凛花は素っ頓狂な返事を返してしまった。

 

 『生まれた時からずっと一緒に暮らしてるからね。嫌でもダメなところが目に着いちゃうの。……多分、あっちも同じ気持ちだと思う』

 

 「…………」

 

 さやかの言葉に、凛花は黙って耳を傾ける。

 

 『……でも、やっぱ家族なんだね。ウザいけど、やっぱり気にしちゃうんだ。お兄ちゃんがどんな曲吹いてるかとか、この先あのお兄ちゃんに彼女は出来るのかなとか。………こんな事、本人の前じゃ口が裂けても言えないけどね』

 

 最後は少し恥ずかしそうな口調で、さやかは言葉を続ける。初めて見る諭す様な口調の彼女に、凛花も言葉を返せないでいた。

 

 『凛花ちゃんと忍先輩って、ホントに仲良いよね』

 

 「……そうかな?」

 

 羨ましがる様な口調でさやかがそう言うと、対して凛花は恥ずかしそうな口調でそう返す。

 

 『うん、あんだけ素敵なお兄ちゃんが居たら、私なんかすぐブラコンになっちゃうよ?』

 

 「あげないよ?」

 

 冗談を飛ばすさやかに対し、凛花も困った様に笑ってそう返す。そしてさやかは再び真面目な口調に戻る。

 

 『だから、どんなになっても忍先輩と凛花ちゃんは家族なんだよ。……凛花ちゃんと忍先輩が今どんな感じなのか、私には分かんないけど、それでも兄妹、家族にしか分からないものってあると思うから、側にいてあげて欲しいかな?』

 

 それは同い年。それに同じく2つ歳の離れた兄が居るからだろうか。凛花の兄に対する気持ちを一番理解してるのは、さやかなのかも知れない。

 

 「………うん、ありがとね。さやかちゃん」

 

 そんなさやかの言葉を噛み締める様に、返事を返す凛花。

 

 『うん、じゃあ、頑張ってね?凛花ちゃん』

 

 「じゃあね。さやかちゃん」

 

 そう言って、電話を切る。

 そして凛花は、荒れ模様の外を見やる。忍の家はここだ。ならいつかは帰って来る。その時に家族として、妹として、しっかりと話を聞いてあげなければ。

 

 「…………今日は兄ちゃんの好きなもん、作っとこうかな?」

 

 ポツリと呟いて、凛花は台所の方へと向かった。

 

 

 _____________

 

 

 

 外は大荒れ。台風は直撃し、木々や電線が大きく揺れている。そんな中、忍はどこに行く当てもなく、ただただ歩いていた。

 もはや自分がどのルートを通って、どこに居るのかさえもあまり分かって居ない。全身はびしょ濡れで、しかしそんな事を気にする素振りも無く、淡々と忍は歩き続けていた。

 

 頭がボーッとする。しかし、今はなんだかそれが心地よかった。

 

 だって何も考えなくて良いから。

 

 自分を殴る様な雨が、辛い事を忘れさせてくれる様な錯覚さえ覚える。滝行をするとは、こんな気分なのだろうかと。そんな的外れな事さえ考える始末であった。

 

 

 ______ビッ、ビーー_______

 

 すると、後ろから何やら音が聞こえる。クラクションの音だ。しかしそれに構う事なく忍は歩き続ける。

 

 「おい!少年!」

 

 そして今度は、後ろから男の声が聞こえる。

 ようやく自分が呼ばれていると認識した忍は、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

 「君、北宇治の生徒だろ?こんなとこで何をしてるんだ?」

 

 忍の目の前に映ったのは、少し背の高い、男性らしき姿だった。車のライトの逆光で、あまり姿がハッキリと見えない。

 

 「……散歩です」

 

 忍はそれだけ言うと、また前に向かって歩こうとする。

 

 「ちょっと待たんか!」

 

 すると、男は忍の腕を掴み、引き留める。こんな天候に学生が一人、傘もささずに彷徨いているのだ。

 明らかに異様だと感じた男性は、心配心からか、咄嗟に忍を引き留めたのだ。

 

 「………取り敢えず、私の車に乗りなさい」

 

 「………誘拐ですか?」

 

 親切心は嬉しいが、今の忍は一人になりたかった。なので心にも無い事を言ってしまう。

 

 「もうそれで良いから。とにかく乗りなさい」

 

 しかし、それすらも見透かした様に、男性は優しい口調でそう言う。

 

 「……車、濡れますよ?」

 

 「良いから。その状態で外を歩き回られる方がよっぽど気分が悪くなる。とにかく乗りなさい」

 

 そう言って男性は押し込む様に忍を助手席に入れる。突然の出来事に困惑しながらも、忍は素直にシートに座った。

 そして男性も運転席に座る。

 

 「……取り敢えず、私の家が近いからそこに行く。話はそこで聞くよ」

 

 車を動かしながら、男性はそう言う。それに対し、忍は「……はい……」と、それだけ返す。

 

 車内は無言だった。

 

 そりゃそうだ。見ず知らずの男性に車に乗せられ、話す内容なんて思い浮かぶ筈がない。

 そんな中、忍はバレない様に運転席に座るその男性の横顔を見る。先程は車のライトの逆光でよく分からなかったが、顔の皺や白髪混じりの髪を見る限り、結構歳を重ねている人の様だ。

 齢60は過ぎているであろうか?しかし、背筋はしっかりと伸びており、座高の高さも相まってか、威厳も感じる様な人だ。

 それと同時に、誰かに似ているな。と思ったのが、忍の第一印象だった。

 運転している間、男性は全く話し掛けて来なかった。運転に集中している訳ではなく、気を遣って何も言って来ないのだろうと、なんとなく忍にも理解出来た。だからだろうか、無言の車内でも、不思議と気まずさは無かった。そして車は住宅地へと入り、一軒家の駐車場に男性は車を止める。

 

 「着いたぞ。取り敢えず、タオルを持って来るから玄関で待ってなさい」

 

 「あ、はい」

 

 男性にそう促され、従うがままに忍は車から降りる。

 そして家の前の玄関の扉まで来た時、その家の表札が忍の目に入る。

 

 

 表札には、"滝"と言う文字が記してあった。

 

 

 

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