響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
家の中は、至って普通の一般家庭と言ってよかった。
玄関で男性からタオルを渡され、一通り拭き終わると、今度は男性の奥さんだろうか?同い年ぐらいのおばあさんがやって来た。
「こんにちはー」
「こ、こんにちは……」
忍の事を見て驚く訳でもなく、まるで近所の人と会ったかの様なテンションで挨拶するおばあさんに対し、困惑気味に忍も挨拶を返す。
「随分濡れたねー。お風呂入れるから、あったまって行きなさいな」
「い、いえ、そこまでお世話になる訳には……」
おばあさんは笑顔でそう言うも、流石に忍も見ず知らずの人の家でいきなりお風呂を借りるのは抵抗があった。
「いいのいいの。こんなに若いお客さんなんて久しぶりだし、それに、今にも風邪ひきそうよ?」
「で、ですから……」
「人からの厚意は、しっかりと受け取っておきなさい」
おばあさんとそんなやり取りをしてると、今度は奥から先ほどの男性がそう言って来る。そしてそれだけ言うと、洗面所の方へと消えていってしまった。
何が何だか分からない忍は、ポカーンと呆気に取られた様な表情をするのみだった。
そんな男性に対し、奥さんは嬉しそうに微笑む。
「………実はね?夫からあなたの事、聞いてたの。メールで『びしょ濡れの北宇治の生徒を保護したから、お風呂入れておいてくれ』ってね」
「は、はぁ……」
確かに、車の中で何やら携帯を弄っているのは忍も確認していた。
しかし、何故見ず知らずの人間にここまでしてくれるのだろうか?
ここに来るまでの途中、実は知っている人なのでは無いかと忍も必死に記憶を掘り返していたが、やはり会った記憶など一度も無かった。
それに家に入る前に見た"滝"と言う苗字も、自分の顧問の先生にしか心当たりが無い。
「とにかく、せっかく沸かしたんだから、入って行きなさいな」
「そ、それでは、お言葉に甘えて……」
しかし、ここまでされては忍もNOとは言えない。未だに状況が飲み込めないまま、流される様にお風呂に入って行った。
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「…………どうすりゃ良いんだ……」
お風呂から上がると、男性の服を借り、濡れた忍の制服はこの家で乾かしてもらう事となった。
そして、現在忍は居間にちょこんと座っている。スタンダードな和室に、中央に丸テーブル。そこに用意された座布団に座っている。続いて男性の方も風呂に入って行ったので、しばらく待たされている感じだ。
どうも落ち着かないので、忍は部屋をキョロキョロと見渡す。
やはり特段変な所は無い。一般家庭の、ごく普通の和室と言った感じだ。
しかし、壁際。部屋の一角に賞状やトロフィーやら、そんな煌びやかなものが保管されているスペースが確認出来た。
興味を持った忍は、そこへ近づいて行く。
賞状に記されていた年代は結構昔のもので、10年以上前のものが殆どだった。
そして、そこに記載されていた表彰状の詳細を見て、忍は驚く事となる。
表彰状
指揮者賞 滝透殿
あなたは第○○回全日本吹奏楽コンクールにおいて
北宇治高校吹奏楽部を関西支部代表として導き
頭書の優れたな成績を収められました
ここにその栄誉を称えて表彰します。
「………これって……」
今、自分が通っている高校。それも同じ吹奏楽部の表彰状。
年代はやはり10年以上前のもので、その隣には写真らしきものがある。その写真もやはり、時代を感じさせる様な古いものだった。
「あら?、気になる?それ」
すると、いつの間にか部屋に入って来ていた先程のおばあさんから、声を掛けられる。
慌てて忍は頭を下げた。
「い、いえ。勝手に見てすみません」
「いいのいいの。10年以上前のが殆どだし、見られて困るものでも無いからねぇ」
謝る忍に対し、おばあさんはケラケラと笑ってそう返す。
しかしそれよりも気になる事が忍にはあった。
「………えっと、旦那さんって、吹奏楽部の顧問だったんですか?」
「ええ、と言っても、もう数年前に引退してしまったけれども」
やはり違いない。忍も噂には聞いた事があった。
滝先生。いや、滝昇先生が赴任して来るずっと前。まだ北宇治高校吹奏楽部が強豪と呼ばれていた頃。
名門を率いていた、今の滝昇先生の父親でもある存在。
滝透(たき とおる)
昔の北宇治高校吹奏楽部を全国常連として導いて来た、名指導者だ。
「台風の中のあなたの制服姿を見て、無視出来なかったんでしょうね。あの人、お節介なところがあるから」
おばあさんはにっこりと笑ってそう言う。なるほど、それならばここまで手厚くしてくれる理由も合点が行く。
彼、滝透は、忍にかつての教え子と重ね合わせていたのだろうと。
「……ありがとうございます。今更ですが、いつも滝先生にはお世話になっています」
そして、忍はおばあさんに対してそう言って深々と頭を下げる。
「あれ?やっぱり貴方達、知り合いだったの?」
てっきり赤の他人だと思っていたのか、驚きの表情でおばあさんはそう返す。しかし、次の忍の言葉で、更にその表情を驚きに変える事となる。
「いえ、お世話になっているのは、息子さんの方です。いつも的確な指導をして下さり、ありがとうございます」
「………え?………という事は、あなた昇の……?」
「はい。俺、北宇治高校吹奏楽部2年の、秋川忍と言います」
忍がそう言うと、おばあさんは驚きの表情からすぐさま満面の笑みに変わった。
「あらー!!本当!?あなた、昇の教え子さんなの!?もう!それならそれで早く言ってくれれば良いのに!!」
心底嬉しそうにおばあさんはそう言う。
「お父さんにも教えなきゃ……。あ、私、滝佳子(たき よしこ)と申します。息子がいつもお世話になってます」
続けてそう言って、おばあさん改め佳子さんは頭を下げる。
「い、いえいえ。こちらこそ……」
それに反射的に忍もそう返した。
「昇の教え子さんかー。………ちょっと待っててね!」
すると、そう言い残して満面の笑みで佳子さんは居間から出て行く。残された忍は、再び賞状の横にあった写真を見る。
若い頃の透さんはやはりと言うべきか、雰囲気がどことなく滝先生に似ている気がする。もっとも、息子と違って父親は幾分か眉間に皺が寄っている様に感じた。
そしてそれを一通り見て、忍は再び用意された座布団に座る。
しばらくすると、かなり早いペースの足音が居間に近づいて居るのが分かった。佳子さんが戻ってきたのだろうか?
「待たせたね。じゃあ、早速話を聞こうか」
襖を開けて入ってきたのは、透さんの方だった。しかも何故か妙に上機嫌だ。
忍と対面になる様に座り、少し忍をジッと見つめる。
「……君、吹奏楽部の子なんだって?」
「え、あ、はい」
恐らく佳子さんから聞いたのだろう。忍は素直に返事を返す。
「……手、見して貰えるかい?」
「ど、どうぞ?」
透さんに言われるがままに、忍は両手のひらを前に出す。そして医者が触診する様に、透さんは忍の手を触る。
「……君、トランペッターだね?」
「え、分かるんですか?」
ズバリと当てられ、忍は驚きの表情に変わる。
「左手の親指と薬指の腹の皮膚が硬くなっている。ここはトランペットを吹く人間が良くマメやタコを作る場所だからね」
流石と言うべきか、手のひらを見ただけで何の楽器を吹いてるかを当てられるとは。過去に何度も北宇治を全国に導いたその慧眼は健在らしい。
忍は、不思議と目の前の男。滝透と言う男に心を開きつつあった。それは北宇治の名顧問だったからだろうか?それとも手を見ただけでトランペットを吹いている事を当てられたからだろうか?
今日初めて会った人間なのに、どうも自分の心が見透かされている様な気がする。
そう感じさせる程のものが、目の前の男性にはあると忍は感じた。
そしてその心すらもお見通しと言わんばかりに、透さんは口を開く。
「……君は、どうしてあの場所に居たのかな?」