響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
少し、涼しくなってきただろうか?
9月も後半に入り、そう感じるこの頃、蝉の声も少なくなってきた夕暮れの河川敷。まだひぐらしの鳴き声が聞こえるあたり、秋を感じさせる。
そんな心地の良い夕暮れの河川敷に、二人の少女が居た。一人は体育座りで川をボーッと見つめ、一人は仰向けに寝そべってボーッと空を見つめていた。
「………やられた?」
体育座りをしている少女。黄前が依然川を見ながら、隣で空を見ているに少女に対し問いかける様にそう聞く。
「……うん。一発KOって感じ」
何処か吹っ切れた様な、声でその少女、高坂麗奈はそう返す。
「……凄かったね。アッキー先輩」
「……そうだね。私、こうなるって何処かで分かってたんだと思う」
話題はオーディション。
結果は、秋川忍の圧勝。
「………はぁ、やっぱり、あの人って『特別』なんだな」
一つため息をついて、羨ましがる様に高坂はそう言う。
自分がなりたい。自分が辿り着きたいと心底願うその『特別』を今日、高坂は目の当たりにしたのだ。
「………やっぱ、悔しいの?」
心配そうに黄前がそう言うと、高坂はそれに頷く。悔しさは、もちろんある。でも、それ以上に______
「悔しいけど、清々しい感じ。あんな演奏聴かされちゃったんだもん」
それ以上に、悔しさすらも置き去りにされてしまう程、凄まじい演奏だった。
そういう高坂の表情には、悔しさ以上に憧れも混じっている様に見える。
「………いいなぁ……」
ポツリと、黄前がそう呟く。
「……何が?」
その言葉が何を意味してるのか分からず、高坂が聞き返す。
「いや、2人とも、違う世界にいるなぁって……」
「……はあ?なにそれ?」
「今日、二人の演奏を聴いてて一瞬で分かったんだ。『あ、こっちが麗奈で、こっちがアッキー先輩の音だな』って。……どっちもらしいって言うか、ちゃんと"自分の音"を持ってるんだなーって」
オーディションでは目を瞑っていてどっちが演奏してるのか分からなかった。その中でも、誰がどの音なのか、あの場にいた部員はほぼ分かっていただろう。
それ程に、出していた音はそれぞれ違った。
「……フォローしてくれてんの?」
「いや、そうじゃ無いけど……」
違いで言えば、"上手さのベクトル"とでも言えば良いだろうか?
兎にも角にも、忍の演奏を聴いて、高坂自身が"自分じゃ無くても良いや"と納得しているのは事実だった。
「はぁー……来年も、あの人いるのかぁ………」
だからだろうか、普段なら絶対に聞けないであろうセリフが、高坂の口から漏れた。
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「………決まったね」
「………決まったわね」
一方、こちらは公園。いつものベンチで忍がそう言うと、オウム返しの様に優子がそう返す。
「こういう時って、喜んだ方が良いのかな?」
オーディションは大差で忍に決まった訳だが、そもそももう一度ソロパートを吹くとは思っていなかったので、現実味があまり無いと言うのが忍の本心だった。
「いいでしょ。せっかく吹けるんだから、喜んどきなさいよ」
「あんまり現実味が無いのがなぁ……」
微妙な顔でそう言う忍に対し、優子は忍の肩を軽く押す。
「シャキっとしなさいな。……それとも、自分の納得行った演奏じゃなかった訳?」
「それは無い」
優子がそう聞くと、忍は即答する。そしてオーディションの演奏を思い出す様に、ベンチの背もたれに寄りかかる様、忍は上を向いた。
「最高だった。今までの演奏の中でも一番だと思う」
「……じゃあ、なんでそんな淡白なのよ?」
「言ったでしょ?現実味が無いって」
益々分からない。
最高の演奏をして、最高の手応えだったのならば、もっと喜んでもいいのではないだろうか?
「じゃあ、どうしたら喜ぶ訳?」
「うーん、そうだねぇ……」
優子の問いかけに腕を組んで、忍は考える。
ふと思い出してみると、オーディションが終わってから今までなにも特別な事をしてない事に忍は気付いた。
「俺、喉とか乾いたかなーって」
自販機を指差して揶揄う様に忍がそう言うと、その言葉が意外だったのか、優子は少し噴き出した。
「何?ご褒美寄越せって?」
「飲み物じゃ無くても良いぞ?」
「偉そうにしてんじゃないわよ」
軽く笑いながらそう言って、再び優子は忍の肩を小突く。
「そうねぇ……」
しかし、ここまで忍が四苦八苦している様を、優子は間近で見ていた。
ならば、それ相応のご褒美というものを用意してあげなければ。
「……忍、こっち見て?」
少し甘えた、何処か艶っぽい声で、優子は忍の名前を呼ぶ。
「ん、何?」
言われるがままに、忍が優子の方を見た瞬間_________
唇に、柔らかい感触が伝わった。
正に不意打ち。身構えていなかった忍は、一瞬大きく目を見開く。
互いに無言。それは一瞬の出来事で、状況を理解する前に、その時間は終わる。
「…………いきなり過ぎ」
ポツリと一言、真っ赤な顔で、なんとか平静を装いながら忍はそう言う。
「………不満?」
綺麗な水色の目を揺らして、してやったりと言った表情で、薄く微笑んで優子はそう返す。しかしうっすらと、その白い肌が仄かに紅潮していた。
「ううん、大満足」
それに照れながらも満面の笑みを返して、忍はそう返す。
「自販機の飲み物よりは、良かったでしょ?」
「いきなりはずるいかなーって」
「それじゃつまらないでしょ?アンタのそんな顔なんて、滅多に見られないんだから」
さらに揶揄う様に優子がそう指摘すると、忍の顔が更に赤くなった。
「………あー、そんなに俺、酷い顔になってる?」
「私にとっちゃ魅力的よ」
「も、もういい。分かった。分かったから……」
何度も言う様だが、忍は恋愛において責められるのに滅法弱いのだ。
それを理解してこんな事を言ってくるあたり、確信犯である。
しかし、やられっぱなしでは忍の性に合わない。
「因みに、ファーストキスだからね」
「それは良かった。私もファーストキスよ」
だが優子の見事なカウンターパンチに、再び忍は項垂れる。もう、どうにもこうにも後手に回る。優子って、こんなに強かっただろうか?忍の中ではそんな疑問符ばかり浮かんでいた。
「ねぇ、忍?確認」
すると、優子は真っ直ぐ忍を見据えて、真剣な口調でそう聞く。
「な、何?」
次は何をされるのだろうか。身構えて、忍は次の言葉に耳を傾ける。
「私は、アンタにとって特別よね?」
「……そりゃ、もちろん」
優子の問いかけに、本心で忍はそう返す。
それを聞いて、満足そうに優子は微笑んで立ち上がった。
「そう、良かった。聞きたかったのはそれだけ」
夕日に照らされながらそう言う優子の笑顔は、見惚れるのには十分過ぎるものだった。