私は引きこもりではあったけれど、決して人間が怖いわけではない。
たまには外出して、店で買い物をすることもあった。
店員と雑談をすることもあった。それくらいは平気。
ただ、私は壊れていたから、その時目の前でその店員が誰かに殺されたとしても、おそらく大して何も感じなかっただろう。
前の世界に、思い入れのある人物はいなかった。
故に、眼前で死なれても何も感じない。
この世界に来て、私は初めて思い入れのある人たちを手に入れた。
しいて言えば母がそうであったかもしれないので、初めてではないのかもしれないけれども。
旅団とそのメンバー、私は彼らのために強くなる。
私は彼らのために自分を鍛え上げる。
彼らと対等になるために、彼らと並び立つために。
できるなら、私も旅団メンバーとなるために。
「ミィ」
小川に沿って山を登る。一つ目の山脈。
子猫には辛いであろう道のりを、ゲレゲレはよくついてきてくれると思う。
鳴き声が、ピィからミィへ進化した。
いずれはガオーになるのだろうか。それはちょっと見てみたい。
「ゲレゲレ、お昼休憩にしようか」
ツタで編んだ定置網に似たものを小川に仕掛けエサに道中集めたナッツを仕込み、私は火を起こす。
ゲレゲレは肉でも魚でも好き嫌いなく食べる。
内臓は主にゲレゲレに与えた。
前世で読んだ本の中に、猫に切り身だけ与えると栄養バランスが崩れると書いてあった気がするから。
もちろん内臓だけではなく、身も与える。
彼は喜んでそれらを炙って食べていた。
魚が捕まるまでの間、私は練の修行をする。
初めて練をした時は飛んで逃げたゲレゲレだったが、今では悠然と私のすぐそばに座っている。
ゲレゲレは今、常に纏をしているようだ。
私の練に触れても平気になったのはその為だろう。
自然に、ただ現在、己が居心地よくなるために、念能力を身に着けた子猫。
未来や過去に一喜一憂する私たち人間も、見習うべきところがあるのかもしれない。
仕掛けた網が激しく動く、どうやら魚がかかったようだ。
覗きに行くと、結構大きめのヤマメのような魚が2匹。
一匹ずつ焼いて食べた。私が残した内臓まで、ゲレゲレがきれいに平らげた。
それに加えて、キイチゴのような木の実。ゲレゲレは食べなかった。
ずっと山を登っているけれど、どこにも人間の痕跡はない。
多分秘境と言われるような奥地で、人は住んでいないのだろう。
ラーメンが恋しい。
都市部に着いたら最初に袋ラーメンを食べることを心に誓い、火を消した。
「行くよ、ゲレゲレ」
「ミィ」
不意に人の気配がした。
善人か悪人かはわからない。ゲレゲレはすかさず逃げた。
二人……いや、三人。一人は念能力の使い手だ。
大きな荷物を抱えている。網に入った……あれは、死んだキャンプタイガー?
「そこに誰かいるよね」
しまった、気付かれた。
逃げても捕まるかもしれないので、私は彼らの前に出る。
「通りすがりの者ですが」
「こんなところを? それに、こいつを見られちゃ生かしておけないな」
一人が親指でキャンプタイガーの死骸を指さす。密猟者か。
「というわけで、死んでね」
親指で指していた男がそのまま腕を私に向ける。放出系か?
大した力はなさそうだったので私は両腕に凝をして放たれた弾を防いだ。
「なんだ、お嬢ちゃんも『使える』のか、なら遠慮はいらねえやな。おい、お前らは手ぇ出すんじゃねぇぞ」
残りの二人にそう言って、彼はものすごいスピードで私に近寄ってきた。
おそらく足に攻防力移動、そのままその足で私にケリを食らわせる。
すべて見抜いていた私は両腕の凝を硬にして完全に防ぐ。恐らくこいつ本来は強化系だな。
「やるじゃん」
再び距離をとって私たちは向かい立つ。
私も『女教皇』を具現化するか? いや、どの程度使えるかまだ未知数だ、使わない方がいい。
再び男が地を蹴って私に接近する。
そこで互いに想定外の出来事が起こった。
「な……?」
男の背中から胸にかけて、一本の深く力強いオーラを纏った角が貫いていた。
男の口から血が吐き出される。
「ミィ!」
震える子猫。怯える子猫。
それでも子猫は逃げずに立ち向かった。私のため? ……それとも、もしかして。
「こ、この野郎!」
残りの二人が銃を取り出す。この二人は間違いなく念能力者ではないようだ。
ゲレゲレを狙っているみたいだが男に当たりかねないので迷っているらしい。
私は瞬時に彼らの元へ行き、腹部に強く当て身をして眠らせる。
ゲレゲレが貫いた男はすでに事切れていた。
「……ゲレゲレ?」
ゲレゲレの角を男から引っこ抜く。
彼は悲しそうな顔をして、倒れた男たちのそばに置かれた網の中のキャンプタイガーに近寄った。
猫にも表情はある。ゲレゲレとともに旅をして気付いた。
彼らの表現はとても豊かだ
そんな彼が、とてもとても悲しそうな声で、ただ一言ミィと鳴いて死骸にすり寄った。
「ゲレゲレ……お父さんか、お母さんなの?」
ミィ……もう一度小さく鳴いて、私の方へと戻ってきた。悲しい表情はもう消えていた。
子猫が一回り大きく見えた。それは、オーラのせいだけではないと思う。
死んだキャンプタイガーを土に埋めて、ついでにゲレゲレに刺された人も別に土に埋める。
途中で気付いた男たちは、取り上げた銃を向けたら散るように逃げて行った。
キャンプタイガーの墓に適当な石を置き、花を飾る。
「……行こうか、ゲレゲレ」
ゲレゲレは、元気にミィと鳴いた。
私たちは引き続き山を登る。そして下る。
小川は変わらず西に向かって流れていた。
水にも困らない。食べ物にも困らない。
もっときちんとあの二人にお礼を言っておけばよかったなと思う。
情報は何よりも重要。彼らはそれを気軽に提供してくれた。
世界は悪い人ばかりじゃない、知っている。
世界はいい人ばかりでもない、良く知っている。
それぞれにそれぞれの事情がある、わかってる。
それでも私はとうに壊れてしまっていたから、出来るなら全人類の滅亡を願った。
自分には出来ないことがわかっているから、幻影旅団に近付いた。
蟻の王に近付いた方が当初の私の夢は叶ったかもしれない。
けれど私はすでに、旅団に近付きすぎてしまった。
強い愛着、思い入れ、パクノダさん、団長さん。
私は旅団に依存する。己の夢の方向が少しずれたことを感じていた。
わかっている。本当は、私はただ
最初にマチさんがそれをくれた。そして、パクノダさんも。
パクノダさんの遺志を継ぐだなんて大それたことは考えないけど、少しでも役に立てればいい。
両手に凝をして、眼前の邪魔な岩を砕く。
一歩ずつ、私は前進する。
一つ目の山脈を越えて二つ目の山脈を登り始める。
少しずつ、私は前に進んでゆく。
「ミィミィ」
うん、ゲレゲレ、君も一緒だよ。私の大事な
でも危ないから使わない時はその角はしまっておこうね。
そういうとしょんぼりとした表情で、角を収納した。