私は事前に対戦相手の情報を仕入れることをしない。
何故なら実戦においては前もって相手の能力を知ることなど不可能に近いからだ。
とはいえ、天空闘技場で占い師なんて稼業をしていると、どうしてもお客様のうわさ話は耳に入ってくる。
なんでも、私がいない間に一階から無敗で勝ち上がり、すでにフロアマスターに王手をかけている男。
そんな奴が、次の私の対戦相手らしい。
ちなみに二百階以上では三人殺しているんだとか。
ヒィ、怖い。
「なぁに、アンタならいいセン行けると思うぜ、まあ勝てるとは言わねえがよ」
閉店後に店を訪れてくれたピンクモヒカンのマジリクさんが、そう言ってくれる。
マジリクさん、ついに店の行列のあまりの長さに並ぶのをあきらめたらしい。
彼だったら店と同じ価格で別に占ってあげてもいいんだけどな、そう伝えたが特別扱いは良くないと諫められた。
見た目に寄らず生真面目なオッサンである。
マジリクさんは一度だけその男の試合を観に行ったことがあるそうだ。
当然だが彼もすでに二百階闘士の先輩だ。
私と同じように準備期間をぎりぎりまでおいて登録しているため、彼自身もまだ二勝しかしていないらしい。
「あいつは強ェな。それは断言できる。この二百階でも上位クラス、そのさらに上澄みなんじゃねぇかな。フロアマスターどころかバトルオリンピアでもいいところまで行けると思うよ」
そんな強い人と戦うのやだなぁ……。
「それだけヤバい奴だよ、クロロ=ルシルフルって男は」
私はマジリクさんの襟首を締め上げていた。
「今なんて言いました?」
「おい、やめろって。クロロ=ルシルフルっつったんだよ。なんだお前さん、知ってるのか?」
マジリクさんに軽く振り払われる。
そりゃそうですわ、強いはずですわ。
三人くらい殺しますわ、当然ですわ。むしろ少ないくらいですわ。
「……私の師匠です」
マジリクさんが噴き出した。
「マジか! 師匠って……あんな奴を師匠に持つって、どういう神経してるんだお前さん」
「そういう神経ですよ、マジリクさん。私はあの頃どうしても、すぐにでも、強くなる必要があったんです。そんな時に彼が目の前にいた。ただ、それだけですよ」
あーあ、マジかー、団長さんかー。
本気出さないでくれないかなぁ、勝ち星は献上しても構わないから。
でもそんなこと言ったら逆に怒り出しそうだしなぁ。
……私の修行の成果を見せるチャンスだと思うことにしよう、そうしよう。
私のことは殺さないでくれると信じたい。
ボコられるのはすでに覚悟完了した。
選挙から帰還しての一か月の間に、私はもう二枚
『
空に浮かぶ三日月に見立ててオーラを刃状に変化し、相手を切り裂く。
変化系はどちらかというと苦手なので、それほど強くはない。
とはいえ『死神』ですでに鎌を具現化できているので、具現化系ではない何かの能力が欲しかったのだ。
それゆえ私は変化系を選んだ。
刃の大きさは、ギリシア神話でペルセウスがゴルゴンの首を切り落としたハルパーという短刀程度の長さ、まっすぐ伸ばしてもせいぜい三~四十センチだ。
それが三日月のように曲線を描いてゲレゲレの爪のようにカーブした鉤状に変化する。
そしてこの剣には二つの能力が付与されている、生と、死と。
この能力が付与されたのは、最初に形を見た時に、先述したハルパーを想像したからだ。
その結果自動的に付与されることになった。
ゴルゴンの首。
その流れる血からは名医アスクレーピオスによって二つの効能の薬が精製された。
ひとつは死者をよみがえらせる薬、そしてもうひとつは他者を殺すことのできる毒。
私は任意でカードを使用した際にその効能を切り替えることができる。
他者を殺そうとする毒か、あるいは治癒の力。
ただし、私のオーラは伝説級にはほど遠いので、レベルのたかは知れているのだけれど。
そしてこのカードを作っている間に、もう一つ能力が出来上がった。
こちらは全く意識していなかった。
『月』の能力を考えている間に勝手に出来上がった対の能力だ。
『
発動すると、石ころ大のオーラの流星群が相手に降り注ぐ。
こちらも放出系に当たるので、威力はそれほどない。だが目つぶしには多少有効だろう。
最初に二十二枚を具現化しておかなければならないし、それによって左手をふさぐリスクもある。
けれど一旦具現化さえしてしまえば何枚でも続けざまに使うことができる。
『星』で相手の目をくらませ近付き『月』で切り裂く。
『太陽』で相手をかく乱し『死神』で屠る。
……まあ、団長さんにはどれも通用しないだろうけど。
団長さんはおそらく私の
そこが、つけ目!
……いや、ムリムリムリ。勝てる気がしない。勝てるわけないって。
私は現実逃避のために帰宅し、ゲレゲレを思う存分モフった。
最近はゲレゲレパンチはかわすようにしている。
ゲレゲレの硬のネコパンチはもはや私にとって即死レベルだ。
もームリ。この愛は受け止めたら死ぬ。
ひらりひらりとかわしながら、隙を見て頭や胸をモフる。
それも一つの、私たちの間のゲーム感覚。
はい、おしまい、と言えばゲレゲレはそれに納得し、食事や睡眠など自分の用事へと戻る。
私と一緒に寝ることも多い。ベッドの大半は彼に占領される。
猫は夜行性だというがゲレゲレは私に合わせてくれているのか割と昼行性だ。
もっとも、私が留守にしている間はどのようにして暮らしているのか知らないけど。
一回監視カメラでもつけてみようかな。面倒だな、まあいいや。
私は現実逃避していた。ボコられたくないでござるるる。