二十二の使徒   作:海砂

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第七十二話

 1011号室に帰る時、少し遠回りをして1013号室の前を通った。

 扉は開きっぱなしで、中にはぱっと見誰もいない。

 そして、マラヤーム王子の念獣が中央に陣取っている。

 明らかに警戒はされている。こちらを見て目を合わせて低い唸り声をあげている。

 私たちは近づこうとはしない。

 ひとまず伝える情報も整理されていないので、ただただ前を通り過ぎた。

 

「あれも念獣か?」

 

「はい、第十三(マラヤーム)王子の念獣です。恐らく王子を含めたあの部屋の全員をどこか別の場所に隔離して守っていると思われます」

 

「ふうん……」

 

 それきりマチさんは黙ってしまった。

 

「……マチさんは、私が王位継承戦や王子たちについて色々知っていることが不思議ではないんですか?」

 

「それがあんたの能力なんじゃないのかい? 念じゃない、占い師としての。別に疑問には思わないよ。あんたが先のことを知っていたことは今までに幾度もあった。今更だね」

 

 マチさんも団長さんも、他の団員も、私の占いとはちょっと違った『知識』をすんなりと受け入れてくれる。

 敵対さえしなければ何の問題もないとでもいうかのように。

 ある意味、感情に振り切って寄った集団。蜘蛛が全て、それ以上でも以下でもない。

 行動原理はすべて蜘蛛を中心。道理よりも快不快を重視する。

 その偏った思考回路を理に近付ける頭脳が頭の、団長さんの役割。

 とはいえ団長さんもある意味ぶっ壊れて偏ってるのだけれど。まあそこはそれ。

 

 1011号室にたどり着く。途中で誰かと会うことはなかった。

『女教皇』を使ったのでしばらく『愚者』は使えない。

 その間は1011号室に引きこもろう。安全第一。

 戻ってすぐにハンゾーと交代する。

 

「おう、戻ってきたな。あの二人、スジ良くて面白かったからちょっとやりすぎたかもしれん、スマン」

 

 居間に入るとリョウジもバチャエムもぐったりと伸びていた。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「むり しぬ」

 

「かゆい うま」

 

 二人は駄目らしい。私とゲレゲレだけで王子を守ることになった。何の問題もない。

 ハンゾー、何やってくれたんだろう……。ちょっと興味はないこともない。

 

 

 夜。まだ日付は変わっていない。間もなく変わる。

 私はノックをして王子の寝室へと入る。ゲレゲレは王子のすぐそばに控えている。

 

「王子、今夜の検証はどうしましょうか?」

 

 私としては第五層に行って旅団メンバーと情報交換しておきたい。

 ただし愚者が使えないので居場所の特定ができない、のでこれは明日以降。

 トンネルについて検証しておきたいことってほかにあるかな。

 

「エイラさん、タイソン王子とマラヤーム王子を味方に引き入れることは可能でしょうか」

 

 お? 王子は晩餐会での二人の様子を見てきている。

 その王子が言い出したということはそれなりに勝算があってのことか。違うか。

 

「私はそのお二人を直接知らないので何とも言えません……が、マラヤーム王子の居室にはフウゲツ王子の念獣の力では訪れることができないと思います」

 

 多分だけどあのマラヤーム王子の念獣の前に放り出されることになっちゃうと思う。

 そしてそれは、とても危険。

 猛獣のオリの中に王子を飛び込ませるわけにはいかない。

 猛獣のゲレゲレはすぐ横にいるけど。

 

「それは、マラヤーム王子の念獣の力ですか?」

 

 王子の推察もだんだんと的を射るようになってきた。

 少しずつ、王位継承戦に関する理解を深めているのだろう。

 

「はい、おそらく。なのでトンネルを使って交渉を進めるとすればタイソン王子が適切かと思われます。しかしそれには危険も伴うでしょう」

 

「タイソン王子なら大丈夫だと思います、とてもお優しい方だし」

 

「タイソン王子ご本人が大丈夫であっても、その周辺もそうであるとは限りません」

 

「私の知る限り、周囲の私設兵の方々も優しい方ばかりです」

 

 ……粘るな。王子がそこまで言うのなら、挑戦してみる価値はあるかな?

 王子の念獣の能力がだいぶ外へと知れてしまったけれど、私たちがお守りすれば大丈夫。

 それに、危険なところ(ベンジャミン王子とかツェリードニヒ王子とか、第一・第二王妃とか)にはまだ知られていない。

 

「それでは今夜はタイソン王子の元へと赴くことにしましょう。ただし私が先頭に立ちます、それは変わりません。いいですね?」

 

「はい!」

 

 

 そして日付変更線。ロップがくるくると舞いながらこちらをチラッチラッと見てくる。

 

「ロップ、今夜はここ、タイソン王子のお部屋にトンネルを繋いでくれる?」

 

 地図で私が指さした場所を覗き込み、無言でこくこくと頷く。

 そして王子が願う前に扉が現れた。

 

「……王子が願わずとも、ロップにお願いすれば扉は現れるようですね。それってどうなの……」

 

「多分ですけど、私の意思がエイラさんのお願いと同じだってロップちゃんも理解しているんだと思いますよ」

 

 そうなのかなぁ。まあいいや、先へと進もう。

 マチさんを呼んでくる。

 カチョウ王子のお部屋に行った時と同じように、メモ帳とペンの準備をする。

 そして私が先頭、次にマチさん、王子、最後にゲレゲレの順にトンネルに入る。

 

 トンネルを抜けて出た先は居間か応接室だろうと思われる。人はいない。

 マチさん以下にはまだトンネルから出ないように指示した。

 円で監視されている気配もない。ざっと見た感じ監視カメラのようなものもない。

 私の円を部屋全体に張りめぐらせる。三人、いや、四人がこちらの円に気付いた。

 そしてまず一人が、続いて残り二人が私のいる部屋へとやって来た。一人は動こうとしない。

 

「何者だ!」

 

 彼らは一様に私に銃を向ける。だが銃に頼っているわけでもない。

 三人いずれも念能力者。それもかなりの腕前と見た。

 

「……」

 

 私は無言で両手をあげ、メモ帳を見せる。

 そこには『私はフウゲツ王子の使者です。この部屋にカメラ、盗聴器、念その他情報漏洩の危険性は?』と書かれている。

 円もすでに閉じ、私のオーラは絶状態。これで迎撃型(カウンタータイプ)だと誤認してくれればいい。

 銃のスピードであれば急所なら外せる。さすがに大怪我はするだろうけれど。

 お優しいタイソン王子とその仲間たち。フウゲツ王子の人を見る目を信用しよう。

 

「……王子は己の私設兵を他人に見られることをひどく嫌っておられる。よって室内の情報が洩れる可能性はない。念能力についても調べてある」

 

「了解しました、信じます。私はエイラ。あなた方は? お二人はハンター協会員のようですが」

 

 まず一人が、銃をおろした。

 

「第二王妃ドゥアズル様の所属兵リタリスだ。話はカミーラ様から伺っている」

 

 おっ? カミーラ王子、よその監視兵にも話を通しておいてくれたのね、有り難い。

 その後すぐに残った二人が同時に銃をおろした。

 

「オレはイズナビ、お察しの通りハンター協会員だ。アンタもそうだろ? 名前を聞いて確信した。パリストンの信頼する未来予知能力者」

 

「私はただの占い師です……占いは当たるも当たらぬも八卦。もうおひとりは?」

 

「オレはジュリアーノっス。同じくハンター協会員」

 

 ということは一人ここに来ていない能力者がおそらくベンジャミン王子の私設兵。

 

「タイソン王子はもうお休みですか?」

 

「ああ」

 

「でしたら伝言だけお願いします。フウゲツ王子はタイソン王子との休戦協定を希望しておられます。条件はカチョウ王子も共に休戦協定を結ばれること。及びこちらはチョウライ・ツベッパ・ハルケンブルグ・ワブル各王子とも休戦協定を結んでおられるので、ご希望であればそちらとの繋ぎも致します」

 

 私はトンネルの出入り口の方を向いて、二人を呼ぶ。

 フウゲツ王子が出てきたのには三人ともさすがに驚いたようだった。

 

「返事は電話で構いません。話が決定次第1011号室あてに連絡をお願いします。……王子」

 

 ひとつ頷いて、フウゲツ王子は一歩前に進み出た。

 

「私はタイソン王子との争いを望みません。タイソン王子も同様に考えておられると信じています。……よろしくお伝え願います」

 

 そして、ぺこりと頭を下げた。

 マチさんを除いたこの場にいる全員が慌てる。王子の頭はそんなに簡単に下げていいものじゃない。

 けれどフウゲツ王子にそのような無駄なプライドはない。

 

「わかりました、お顔をあげてください、フウゲツ王子。このことは明日の朝タイソン王子に私から直接お伝えいたします」

 

 あわあわしているイズナビがちょっと気の毒になるけれど、まあいいか。

 タイソン王子の目玉ジャクシはイズナビとジュリアーノには憑いているけれどリタリスには憑いていない。

 経典もらえてないんだな。タイソン王子はおそらく各王妃の所属兵を信用していない。

 経典唯一の禁忌ってなんだろね。気になるけど気にしても仕方がない。

 

「それでは私たちはお暇致します。夜分遅くに失礼しました」

 

 トンネルの中で待機しているゲレゲレを奥に押し込んで、私たちはトンネルを通り部屋へと戻った。

 

「あとは、向こうからの連絡待ちですね。うまく休戦協定の枠の中にタイソン王子も入ることができれば、かなり大きなアドバンテージになると思います」

 

「たぶん、大丈夫ですよ。晩餐会で休戦協定の話が出た時、タイソン王子からは焦りと孤立に対する恐怖が見えました。ご自分もその枠の中に入りたいと考えていらっしゃると思います」

 

 王子……あなたは、念能力者より占い師に向いているかもしれません。

 観察眼は占い師にとって必須事項。そして相手の不安をあおりつつ光への道筋を見せる、それが占い師。

 ……宗教家や政治家とやってることは大して変わらないんだけどね。手段が違うだけ。

 さて、トンネルを使用してお疲れの王子にはお休みいただくとして、リョウジとバチャエムは復活したかな?

 

「ふんぐるい むぐるうなふ」

 

「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!」

 

 あかん、まだ壊れてる。

 ハンゾー、何やってくれたんだろう。


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