警護の時間まで少し寝ておこうと控室に入ると、船がひとつ大きく揺れた。
以前の、家具がグチャグチャになるほどの大きな揺れではない。
しばらくおいて、もうひとつ。
団長さんたちがヒソカと出会ったのかもしれない。
もしそうだとしたら、想像していたよりも衝撃は少ない。
しばらくたって、もうふたつ。
第五層の方かもしれない。でも最後に調べた位置関係と時間的にはヒソカの方が可能性は高いと思う。
……寝よう。今私が考えても仕方がない。
結果はいずれ判明するはず。
「エイラ、まだ起きてるかい?」
私が横になっているベッドの横にマチさんがやってきて、小声で声をかけられた。
「はい」
「……あたしもあたしの能力をあんたに伝えておくよ。あたしの能力はオーラを糸に変化させる事」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「シャルとあんたの会話、聞こえてたよ。あたしはあんたに能力を遺すことなんて微塵も考えてないけど、保険は掛けておくに越したことはない。聞くだけ聞いておきな。能力自体はもう、見てるだろう?」
……マチさんまで。どうしてこうなった? 私はそんなこと望んでいないのに。
「糸はあたしの手を離れても存在するけど、強度は落ちる。長さを伸ばす程にも、強度は落ちる。そしてここからは、他の奴らは知らないあたしの能力」
私の原作知識でも、そこまでしか知らない。
「変化させた糸を指の数、つまり五本揃えてかき鳴らすことによって生み出す音『
私は、蜘蛛の仲間になったのだと思っていた。
でももしかしたら違ったのかもしれない。
無意識に蜘蛛を食らっているのかもしれない。
足を一本ずつ食らい尽くして、最後には何が残る? 私はまた、一人になる。
「これが、あたしの能力だ。いざという時は、あんたに託すよ」
返事が出来ない、息が詰まる。
私は蜘蛛にとって存在しない方が良かったんじゃないか。
「……エイラ?」
私は、いらない。私は、いない方がいい。蜘蛛の為に。
左手にカードを具現化する。『
『死神』はまだ発動できない。ならば『月』
『月』のカードを引く。右手のオーラが短剣の形をとる。
選ぶのは毒。私は、いらない。
自分に短剣を突き立てる。……その直前に、マチさんに止められた。
「バカか! 何やってるんだい!」
「私は……いらない……私なんかいらない……」
マチさんの手を振りほどこうとする。できない。さらに横から私を押さえつける手が加わる……これは、カラム。
「今エイラさんに死なれるのは困る」
二対一、自死すら選べない。私は『月』とカードを消した。
二人も私を縛り付けていた手を離してくれた。
「何があったのかは知らないが、今あなたに死なれるのはまずい。そうすると、私の首も危うくなってしまう。カミーラ様の気性は知っているだろう?」
ああ、そうか。
ここで死ぬとカミーラ王子はカラムに責任を取らせるのだろう、そのくらいはしかねない。
じゃあ、どこで死ねばいい? 私はどうやって死ねばいい?
「冷静になれ、エイラ。どうしてそうなるんだ。あんたが生きていることは、あんた自身はもちろん蜘蛛にとっても重要なことなんだ、それくらいもう理解しているだろう」
私は蜘蛛を食らいたくない……蜘蛛を自分の不幸に巻き込みたくない……。
マチさんは私の耳を引っ張って、大きく耳元で「わ!」と叫んだ。
右耳がキーンてする。
「蜘蛛をなめるなよ、エイラ。これはただの保険に過ぎない。蜘蛛はあんたごときに引きずられるようなやわな組織じゃない。もちろん、あたしもだ」
何様なんだろう、私。
わかってたはずだ、無理を道理として力で押し通す集団、それが蜘蛛。
そうだ、私ごときにどうこうされるような人たちじゃない。
「……蜘蛛」
カラムが呟いた。私たちが蜘蛛だということがばれてしまったのかもしれない。
別に構わない、無理に隠しているわけでもない。
「マチさん、カラムさん、ごめんなさい。もう、大丈夫です」
私は息を大きく吸って、そして、吐いた。同時にまた船が大きく揺れる。
「ちょっと、おかしくなってたみたいです。私は、私にできることをすればいい……それを忘れてました。カラムさん、このこと、カミーラ様には伝えないでいただけますか?」
「あ? ああ……私はわざわざ自分が不利になるようなことを報告しようとは思わない。これは私の心の内にだけとどめておくとしよう。無論王妃にも報告はしない」
「ありがとうございます」
そして今度はマチさんに向き直った。
「ごめんなさい。私は蜘蛛を過小評価していた。そうですよね、蜘蛛が私ごときに左右されるわけがない。けれど私も蜘蛛、蜘蛛の一員。私は私の果たすべき役目をこなします」
もう今日は眠れそうにない。私はベッドから起き上がった。
「私にできることは、鍛えること。蜘蛛の力となり手足となること」
全力の練を解放する。隣のベッドで寝ていたリョウジとバチャエムも飛び起きた。
円ではないけれど私の練のオーラの内部のことが手に取るようにわかる。
居間で警護をしているロデノイルが私に気付いたがそ知らぬふりをしている。
ハンゾーはぎょっとして、見えるはずもないのに周囲を警戒している。
二人のどちらか(あるいは両方)が円をするかと思ったが、それはないようだ。
そして目の前のマチさんとカラムは、私に引きずられるように、それぞれ練をしていた。
纏よりも多めのオーラ、そしておそらくは全開とはいいがたい控えめの、練。
私の練に適応できるだけの最小限の練。それは二人の実力が私とさほど変わらないことを意味する。
すぐに練を抑え纏に戻すと同時に控室に誰かが飛び込んできた。
あれは、従事者のイラルディアさん。
「あの、今のは……?」
私の練を感じた? もしかして、彼女はすでに念能力を身につけているのかもしれない。
「イラルディアさん、私です。少しお話を聞きたいのですが構いませんか?」
マチさんとカラムに頭を下げて、私は控室から出る。
目を丸くしているリョウジとバチャエムは置いていった。
「イラルディアさん……これが何か、見えますか?」
私は人差し指を出して、その上にオーラで9の数字を出して見せる。
「はい……9です」
やはり念能力を獲得している。
「イラルディアさん、1014号室で何があったのか、話を聞かせていただけますか?」
「はい……あの、自分でもよく理解できていない部分があるのでお話もあいまいになるところがあるかもしれませんが……」
「大丈夫です、それで構いません。今日、1014号室で何かあったんですね」
予想では、クラピカがその能力を使って1014号室での念能力教室の参加者に念を授けた。
そしてさらにこれも予想だが、使った能力は
「クラピカさんと、一対一でそれぞれに面談を行いました。それで……最初は何かわからなかったんですけど、気付いたら注射器のようなものを刺されていて……それを引き抜いて。そしたらオーラも見えるようになっていました。その後、それまで練習していたオーラを感じ取る方法、それで両手にオーラを集めるように指示されました」
やはり、
原作でもオイト王妃に使用した際に念能力を使用する準備が出来ていると言っていた。
つまり彼は参加者全員に
「それで……葉っぱを浮かせた水の入ったグラスにそれをかざすように言われて……葉っぱが、ゆっくりと回転しました」
つまりイラルディアさんは操作系。
前もってオーラを感じる修行をさせていたのは目覚めてすぐに水見式をさせるためか。
しかしそれだと才能のない人は間に合わない気もするけどな……どうなんだろう。
「今日は、そこで終わりですか?」
「はい。私以外も一人ずつ、同じようなことをしていたようです。一対一の面談なので、他の人の結果がどのようなものかまではわかりませんが」
「いえ、その情報で充分です、ありがとうございました。引き続き1014号室で念の修行をおこなってもらえますか? そして、私にもそれを教えてください」
「はい、わかりました」
これで1014号室に行っていた参加者が(個々人の才による差はあるだろうが)念能力を獲得したことになる。
どこまでもインフレしていくな、念能力者の数。
上層階に念能力者が増えることは、あまり好ましくはない。
とはいえ、この程度の人数なら今更のような気もする。
各私設兵にハンター協会員、すでに念能力者は山ほどいる。
私にできることは自らを鍛え上げること。……蜘蛛の力となり、手足となること。
得るべきは力と情報。とりあえずは水見式でもしようかね。
また、一度、船が揺れた。