二十二の使徒   作:海砂

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第八話

 私の家では母が正義だった。

 私の知識を育ててくれたのはスマホだった。

 どうやら家の外では、汚いことは悪らしい。

 それは前もって知っていた。

 けれど家では母が正義なので、飲む以外に水を使うことは許されなかった。

 タオルも、シャンプーも、母のためのものだった。

 どうやら外の世界では、父と母は一人ずつらしい。

 私にいたのは、一人の母と、数えきれないほどの父。

 食事は与えられた。何個か入った菓子パンを週に数回、決して少なくはない。

 炭水化物に偏った私の体重は醜く太った。

 太っていることも、この世界では悪らしい。

 ツーアウト。

 同級生に声を掛けられる。

 私はイエスしか言葉を知らなかった。それ以外を言うとひどい目にあったから。

 どうやらそれも悪だったらしい、スリーアウト。

 必然的に、私はいじめられた。

 

 いちどだけ、先生が家に来たこともある。

 母が金切り声で追い出した。

 扉を閉めた勢いそのままに私を殴りつけた。

 次の日に、顔を腫らした私を見た先生は、以降私に関わるのを辞めた。

 学校に行くのは当たり前。

 母に恥をかかせないのも当たり前。

 殴られるのも当たり前。

 お風呂に入れないのも当たり前。

 クラスメイトに犬の糞を擦り付けられるのも当たり前。

 教科書にウンコって書かれるのも当たり前。

 

『日本国民総中流』

 

 中流ってなに? 普通ってなに?

 私にはこれが普通。ただの日常。

 TVのアニメやドラマはフィクション。

 サザエさんもドラえもんもクレヨンしんちゃんもすべてフィクション。

 友達が欲しかった。でも出来ないことも分かっていた。

 

 母は時々泣きながら私に縋りつく。

 私はその頭をなでてこう言う。

 

「大丈夫だよ、おかあさん。だっておかあさんはこんなにきれいなんだもん」

 

 私と違って。そう言葉を続ける。

 それでいくばくか気分の良くなった母は眠る。

 母の寝ているときだけが私の幸せな時。

 

 誕生日は産んでくれた母に感謝する日。クリスマスもお正月も関係ない。

 でも一度だけ、たった一度だけ、何かの気まぐれで母が誕生日プレゼントをくれた。

 安っぽくて、ペラペラな、だけどとてもきれいな二十二枚の絵のタロットカード。

 欲しいと言った時には殴られたけど、欲しいと言ったことを覚えていてくれた。

 うれしいおかあさん、ありがとうおかあさん、わたしいいこにするよ。

 やけどだらけの手でカレーを作る。

 母はカレーが好きだから。

 毎日だと殴られるけど、ありがとうを伝えるために私はこの日カレーを作った。

 それから三日、母は帰ってこなかった。

 残してくれた菓子パンがあったから飢えはしなかったけど。

 手のつけられることのなかったカレーとご飯は腐臭を放っていた。

 

 母の眠っているときだけ、私はタロットカードを取り出す。

 絵の一つ一つに意味があるのだと、スマホで知った。

 私は一生懸命勉強するよ。母は占いが好きだから。

 だからきっと、私が占えるようになったらびっくりして、きっと褒めてくれる。

 これはウンコと書かれた教科書に載っていることよりもはるかにだいじなこと。

 

 綺麗な絵、大事な意味、表と裏、上と下、正と逆。

 何度も何度も繰り返し並べて、寝ている母のスマホを使って意味を頭に叩き込む。

 一番好きだったのは『恋人達』のカード。

 女の人の絵が少し母に似ていた。

 おかあさんにもこんな人が現れますように。

 おかあさんのところにキューピッドが訪れますように。

 おかあさんがしあわせになりますように。

 

 

 

 今ならばかばかしいと笑えるけれど、あの頃私の世界は母だった。

 そして今も私を、タロットという呪いで縛り付けている。

 それは力であり、勇気であり、苦痛であり、地獄。

 それでも私はタロットを愛している。

 タロットを使って、私は仲間(ともだち)を手に入れる。

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